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小さな国だった物語~  作者: よち


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32/227

【32.狼煙】

村から漏れ出した細い隊列が、東に伸びてゆく。


「出たようだな……」


遠くカルーガを覗く森の中。

オカ川の(ほとり)で休んでいる鳥たちが飛び立って、侵略者の始動を報知した。


「いかがしますか?」

「まあ、待機だな。鳥が戻ったら、狼煙を上げるとしよう」


白樺の幹に登った小柄なメルクが、眼下の問いに答えた。


天気は良好。

殆ど風は無かったが、狼煙を上げたなら、トゥーラからでも確認できるだろう。


「トゥーラに報告は?」

「それは無理だな。見つかる可能性が高い。遊撃隊としても、今から戦う理由はない」


東には広々とした草原が横たわる。

幹を伝ってするするっと地面に降り立つと、メルクは待機を命じた。



「よし、狼煙を上げるぞ」


2時間ほどが経った頃。

数羽の鳥が東の方からカルーガに戻ってきたのを確認すると、メルク達が動いた。


「ん?」

「狼煙が上がったぞ!」


トゥーラの城壁。南西の見張り台。

青空に立ち昇る薄い白色(はくしょく)を認めた衛兵が、それぞれに声を発した。


カーン

カーン


正午以外に鐘が鳴る。

すなわち、緊急事態を告げる合図――


「用意はできてるよ!」

「先ずは、食べなきゃな!」

「……」


とある家庭。妻が用意した昼食に、先ずは夫が手を伸ばす。


緊急の鐘が響いたら、先ずは腹ごしらえ。加えて禁酒。

これは国王の名で、トゥーラの全戸に通達しておいたものである――


「なんだ? 食べないのか?」

「なんか、緊張しちゃって……」

「頼むから、食ってくれ。食えない奴から、死んでいく」

「……」


正面で、母親が真っすぐな眼差しを向けている。

隣では、父がパンを貪っている。


「食べて、残りは持っていきなさい」

「……」


正面の声にうなずくと、少年は網籠に手を伸ばした――



「さて、行ってくるよ」


昼食を食べ終えた総大将(グレン)が、銀色の甲冑を纏った姿で立ち上がる。

同時にガチャッという、異質な鈍い音が食卓に響いた。


「はい。ご武運を」

「おう」

「パパ。頑張ってね!」

「任せとけ!」


妻からの励ましに瞳を合わせると、続いた愛娘の言葉には、腰を屈めて細い髪の毛を手のひらで優しく擦った。


「……」


繰り返す行為。

アンジェの胸に両腕で抱かれていたメイも手を振るようになり、自力で立つようになり、たどたどしい言葉で励ますようになって、今では父の仕事を理解できるようになった。


大人になっても尚、見送りを受けるのか――


しかしながら常態化している巨大な意志たちを、小さな砦の将軍ごときが止められるものではない。


自問自答を浮かべても、答えを出す前に、先ずは無事に帰ってこなければならない――


「アンジェも、無事で」

「はい」


女性陣のリーダーとして、妻も戦いに向かうのだ。


「メイ。絶対に外へ出ちゃ、ダメだからな」


上目遣いの大きな瞳。片手で掴めそうな小さな頭から手を放すと、膝を曲げ、メイの両肩に手を置いて、グレンは視線を合わせた。


「うん。お留守番だよね」

「そうだ」


胸の前で小さな両手が丸まった。娘の笑顔に目尻を下げて頷くと、最後にグレンはポンと右手を小さな頭に置いてから、ゆったりと膝を伸ばした――



「ごちそうさま」


グレンの家から北に100メートル。

木組みの家の食卓で、普段は左右から垂らしている前髪を後ろで縛った美将軍(ライエル)が、正面に座る細身の母に感謝した。


「もういいのかい?」

「うん。あまり食べ過ぎても、動けなくなるから……」


普段通りを装った。木製のスプーンを戻して口を開くと、椅子を鳴らしてライエルが立ち上がる。


「気を付けてね」

「うん。母さんもね」


戦場へと向かう、一人息子を見送る――

最初はぎこちなかったが、いつの間にか様式のようになった――


扉がパタンと閉まったら、親子の時間も閉じるのか。

不安は付き纏う。できることなら変わってやりたい。見送る側は、いつも辛い――


しかしながら、子供が為すべきと決したら、気丈に支える事は使命である。


齢40に届いた母親は、いつだったか、十字架を両手に握り締めて息子の安全を祈念した際に、神の啓示を聞いた気がした――


「じゃあ、行ってくる」


夜ふけまで、星明かりの下で丹念に磨いた甲冑の後ろ姿を、母はただ、食卓から動くことなく黙って見送った。



「ラッセルさん。そろそろ行かないとですよ!」


トゥーラ城の食堂で昼食を食べていた細身の尚書に、膨らんだ身体にまるっこい顔つきの、茶褐色の髪を肩まで伸ばした女中から声が掛かった。


男はリャザンから単身でやってきて、食事の殆どを城の食堂で賄っている――


「ああ。はい」


ラッセルの手元に置かれた木皿には、楕円形のパンが残り二つとなって佇んでいた。


「相変わらず、食べるの遅いですね。他の人、居なくなっちゃいましたよ?」


10分前には30ほどあった人影が、彼一人となっていた。

ラッセルの頭上から、木製のお盆を胸に抱えた女中が急かすように口を開いた。


「ごめんマルマ。これ、包んでくれないかな?」

「持って行くんですか?」


ラッセルが口に含んだものを水で流し込むと、呆れた声が返った。


「ダメ? かな?」

「ダメです! ラッセルさんは指揮官でしょ? そんな人が戦いの合間にパンなんか(かじ)ってたら、士気に関わります!」


マルマは茶褐色の細い髪の毛をふるふると揺らした。


「これは、預かっておきます!」

「あ……」


そして二つのパンを木皿ごと引き取ると、続けて言葉を発した。


「だから、無事に帰って来てください!」



朝の光が昇る東側――


「じゃあ、行ってくらあ」


藁ぶきの屋根。地面が膝まで掘られた住居から姿を現した、麻の服にかたびら一つを纏った浅黒い肌の男が、普段と変わらぬ発言の中にも緊張を含んで振り向いた。


「にいちゃん! がんばれ!」

「おう」


戦時の空気は子供達にも伝わっている。

家の中から小さな甥と姪が見送りに出てきて励ますと、短い金髪のウォレンが短く応じた。


「今日も……おみやげ、持ってきてね……」

「お、おう」


高級なパンだったり果物だったり。

最近は外出する度に何かを手にして帰ってくる。

それが4歳になったばかりの姪っ子には、楽しみで仕方がないらしい。


純真な瞳を向けられて、ウォレンは戸惑いながらもがっかりさせない返答をしてみせた。



「じゃあ、頼んだよ」


四角い簡素な造りのトゥーラ城。

居住区の厚い扉と防音扉との間で、両肩の突起に30センチ程の紅い布を縛り付けた帷子(かたびら)を纏った国王が、小さな王妃に信頼の声を渡した。


「うん。任せて」


赤みの入った癖毛を背中に流したリアが応えると、屋上に通じる梯子の前へと足を進めた。


登った先は、都市全体が見渡せる、トゥーラで一番高い場所――


「よっ」


足首までを隠した衣服をたくし上げると、リアは梯子に足を掛け、一段ずつを軽快に上り始めた。


「下着、見えるよ」


つま先がロイズの目線を超えると、丈を短くした茶褐色の裾がふわりと浮いた。

構わず上っていく伴侶に向かって、ロイズが微笑んだ。


「バカ。早く行きなさい!」

「上に行くまで、待ってるよ」


頬を赤く染めたリアが見下ろすと、ロイズの目尻が一段と下がった。


緊張感を削るやりとりを、敢えて行った。


昨晩。胸の中。

細かく震えてなかなか寝付けなかった小さな身体を、彼だけが知っている――



西からトゥーラへ迫る、スモレンスクの軍勢。

先頭を進むのは、頭髪を綺麗に剃り上げた大将(バイリー)だ。

最も多くの兵卒を抱え、トゥーラの城壁に唯一存在する、南の都市城門攻略を請け負っている。


「ん?」


馬上の右後方。異変を感じて振り向いたのは、カルーガを出発して4時間にもなろうとした頃だった。


「おお?」

「狼煙か?」

「なんだ?」

「狼煙だな……」


真っ直ぐに昇る白い煙。動揺の声が後方にも広がった。

やがてそれは大きなうねりとなって、隊全体を支配する。


「狼狽えるな!」


対してバイリーは、馬の歩みを緩めずに、首だけを大きく回して一喝をした。


「敵の数は、多くて一千! 城を出て、戦う訳がない! あれは、我らの進軍を知らせる為のものだ!」

「そりゃそうか!」

「そうだよな!」


歴戦の大将の見解に、安堵が拡がった。


「……」


敵が現れないとは限らない。

例え軍が勝とうとも、自らの命を失いたくはない――


人間心理とは不思議なもので、多数の中で少数となる事は、どうしても避けたいと思うらしい。


― 士気 ―


これこそが、二つの戦力差を大きく縮める要素だった――

最後までお読み頂き、ありがとうございました。

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