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小さな国だった物語~  作者: よち


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30/228

【30.備え】

小さな要塞国家(トゥーラ)を外部と繋ぐ唯一の都市城門は、荷車と人々が濁流となって行き交っていた。


「どいたどいたぁ!」

「わぁ!」


見た事もない混雑に立ち止まったラッセルが、背後から迫った荷車に轢かれそうになって声を発した。


荷車に積まれた木柵は、直径15センチ程の丸太をクロスしたもので、加えて先端には、供出された農具の金属部分が(やいば)となって備わっている。


そんな防御柵が、次々とトゥーラの城外に運ばれて、城の外周。弓矢の射程距離に設置されてゆく。

加えて木柵の外側には、深さ2メートルほどの壕が設けられていた。


弓の有効射程は100メートル。

かなりの柵が作られた。

これもまた、ロイズが赴任した冬の初めから、準備をしていたものである。


周囲に林が点在するトゥーラは、材料に事欠かない。

城内に置けなくなると、トゥーラの都市城壁の外側で、風雨で劣化しないようにと薄い板や麻布で覆い隠された。


「通ります! すみません!」


ラッセルは、車列の間をすり抜けて、ようやく都市城壁の外側へと至った。


「……」


彼の細い(まなこ)に飛び込んだのは、蟻の行列のようになった荷車の姿。

開拓された農地の先端付近では、数人がかりで荷車から柵が下ろされている。


空になった荷車は前を進んだ車輪の轍をなぞって、農地を迂回して城へと戻ってくるのだ。


「ラッセル殿。馬を」

「あ、ありがとうございます」


感嘆の表情を浮かべるラッセルに、衛兵が栗毛の馬を届けた。


都市城壁の外側ともなると、さすがに徒歩で回るのは難しい。

感謝を述べたラッセルは、早速馬に跨って、農地の脇へと駆け出した――



日の長い季節。

一番星がうっすらとその姿を現しても、屋外活動は可能であった。


「ライエル様。柵の設置、終わりました」

「ありがとう。次は、こっちを手伝ってくれますか?」

「は!」


都市城門を備える南側。

住民総出となって耕した農地と防御柵との間で鍬を持ち、乾いた土を掘っていたライエルが、兵の報告に次なる指示を送った。


「皆さん! あとひと踏ん張りです! できるだけ、多くの穴を掘って下さい!」

「はいよ」


前髪は後頭部。

整った顔立ちに玉の汗を浮かべたライエルの、背筋を伸ばした励ましに、真っ先に応えたのはウォレンであった。


率先して働く理解者は、後続を導く(かじ)となる――


「助かります」

「なに、お互い様だよ」


感謝の声に、浅黒い顔の表皮が微笑みを浮かべた。


以前は世間の風から外れ、こうした共同作業の現場に出向くことなどなかった男は、晩秋にロイズが赴任してからの、とある政策によって自治への興味を灯した。


そしてグレンやライエルといった将軍までもが住民と働く姿を目に入れて、行動するようになったのだ――


「適当に、掘ればいいのか?」

「そうですね。足場を悪くするのが目的です。『間は狭く、なるべく小さく深く』 でお願いします」

「了解」


快く答えると、(くわ)を肩に担いだウォレンは西側へと歩みを進めた――


「これから、何をするんです?」

「落とし穴を作るのさ」


彼に続いた男が不安そうに尋ねると、短い金髪を備えたウォレンは男に視線を向けながら、悪戯っぽい微笑みを浮かべるのだった――



やがて城内での作業を終えた男たちが、続々と農具を片手に集まってきた。

並べた防御柵の内側に、新たな壕を掘る為だ。


攻め手から眺めると、防御柵を挟んで二つの壕が控えることになる。

更に東西では、無数の落とし穴が設けられている。


落とし穴の材料は、都市城壁の脇で防御柵を保管するために用いた、薄い板や麻布が使われた。

掘った穴をそれらで塞いで、石の重しを周囲に置いたあと、上から土を被せるのだ。


「よく見ると、バレちゃいますね」


しかしながら、どうしたって違和感が出る。

出来上がりを眺めた男は、残念そうに呟いた。


「なに、バレても良いのさ」


ウォレンは膝を屈すると、土を両手に盛って、地面にバラっと撒いてみた。


「これだけでも、足が止まるだろう?」

「おう。こりゃあいいや」


ダミーである。

得意気なウォレンの説明に、男の表情は明るくなった。


「これなら、子供でも作れるな」


良案が浮かんだと、短い金髪はライエルの元へと向かった。


やがて都市城門を抜けてきた子供たちがウォレンから説明を受けると、彼らは遊び感覚で働き始めた。


「ダミーばかりじゃ、意味ないぞ!」


ウォレンが叫ぶ。子供達に負けるわけにはいかないと、今度は大人たちが頑張る。


陽が落ちても松明が灯されて、差し入れが出たりして、住民総出の落とし穴作りは、日付が替わる頃まで続けられた――



方々に灯っていた篝火の灯りは、か細いものになっていた。


「ウォレン、ありがとう」


満天の星の下。作業を終えて、精根尽き果てて城壁に背中を預けるウォレンの元に、鍬を肩に引っ掛けた、上半身裸のライエルがやってきた。


「やるこた、やったよ……」

「そうですね……」


混乱が生じたり、どこかで事故が起こったりする事もなかった。想定通り。いや、それ以上の出来栄えである。

声量は無くとも、充実感に満ちた友人の呟きを、ライエルも認めた。


「さあ……」


帰りましょうかと口を開いたライエルだったが、首を(かし)げて寝息を立てているウォレンを認めると、口をつぐんだ。


「……私も、休みますか」


後ろに縛った前髪を(ほど)いたライエルは、温かな表情になってウォレンの隣に腰を下ろすと、心地よい疲れと夜風の中、薄い麻の衣服を肩から掛けて、隣の男と同じようにして、深く穏やかな眠りに就くのだった――



「ん……」


夜明け前。


東の空が白やんで、西の星々も輝きを隠す頃、人の気配を察したライエルが薄目を開いた。


眠りに就いて3時間。さすがに瞼が重い。


(あれは……グレン様と、ロイズ様?)


柵の手前に設けた壕の付近。おぼろげに二人の姿が見て取れた。どうやら、視察に来ているようだ。


(……もう一人?)


加えて、麦わら帽子を被った少年のような姿が窺える。

確認しようと一瞬だけ浮かんだが、疲れて身体が動かない。


(まあ、いいか……)


二人と一緒に居るのだから、危険な人物では無いだろう――


思考を緩やかに消しながら、ライエルは再び眠りへと落ちていった――



「ん?」


それから数時間後。

再び目を覚ましたライエルの眼前に、パンの盛られた丸い網籠が現れた。


<お二人へ。ご苦労様でした>


パンの間に一枚の紙片。右手を伸ばして両手で開くと、綺麗な字体で一言が添えてあった。


「……」


恐らくは、上司かロイズ様が私達に気が付いて、女中に運ばせたのだろう――


ライエルは一つの推測を立てながら、早速いただきますと腕を伸ばそうとした。


「お? なんだ? 朝食が置いてあるじゃねえか!」


突然目を覚ましたウォレンが、嬉々として声を発した。


手にしてがっついた丸パンには、ほんのりと温かさが残っている。


「ん? なんだそれ?」

「あ」


続いて紙片に気が付くと、了解も取らずに指から引き抜いた。


「女の字だね」


中身を確認した浅黒い男は、冷静に見定めた。


「持ってきたの、誰?」

「さあ……目を覚ましたら、置いてありました……」

「かぁ~。誰か分かれば、お礼に行けるのになぁ……」


残念な返答に青空を仰ぐ。気付かず寝ていたことを嘆くと、ウォレンは背中全部を城壁に預けた。


「あの……」

「なんだよ」


ライエルが声を掛けると、ウォレンは口を尖らせた。


「若い女性とは、限りませんよ?」

「……」


冷静な見解がやってきて、言葉に詰まる。


「いいんだよ! 別に。想像するのは、勝手だろ!」


苦し紛れに発すると、ふいと正面に顔を戻したウォレンは、大きく口を開いて丸パンを頬張った――

お読みいただきありがとうございました。

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