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小さな国だった物語~  作者: よち


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【3.国王様?】

北方のスーズダリ(*1)。西側のスモレンスクを意識した、リャザン公国の西端に位置する要塞都市。トゥーラ。


逆U字に蛇行するウパ川を北に置き、起伏の緩やかな草原に、白樺の木々と樫の木がところどころに茂る緑の中に建てられている――


トゥーラから、東へおよそ150キロ。茶褐色のレンガ造りの塀で囲まれた、リャザン公国。

ほぼ中心に建てられた公邸内。地階の大広間には、総ての臣下が集まっていた――


「陛下、スモレンスクの此度の蜂起は、『トゥーラで退けた』 との事です!」


壇上の玉座に国王がゆったりと腰を下ろすと、待ってましたとばかりに一人が進み出て、石床に広げられた朱色の絨毯の上に片膝を落とした。


「おお! トゥーラは確か、雪の降る前に、城主を替えたところでは無かったか?」

「仰る通りです」


喜ばしい報告に、玉座の背もたれから背中を離した国王は、記憶を辿って口を開いた。



リャザンを統べるのは、グレプ・ロスチスラヴィチ。

若くしてリャザンの地を北東に位置するムーロム公の父親から与えられるも、至って凡庸な人物であった。


彼が公位に就いた翌年のこと。

北方に位置するスーズダリの侵攻が始まって、彼は父と共に東方へと逃げ落ちた—―


リャザンの東はポロヴェツと呼ばれる遊牧民の支配地域であったが、父であるムーロム公ロスチスラフは、危機に備えていたのか、彼らの中で虐げられることなく再起を図り、3年後、見事にリャザンの地を奪還。

更には二年後。自身の治めていたムーロムの地を再度手中に収めたのだ。


そんな知略と勇猛に長けた父には敵わないと悟ったのか、グレプは父からリャザンの地を再び与えられると、努めて平穏な日々を望んだ。


穏やかな水面を、波を立てずに小舟で進み、向こう岸という名の次代へと引き渡す――


「歴史にこの名は残らなくとも、悪名として残るよりは良い……」


30代半ばのリャザン公は、父ロスチスラフの葬儀の席で、心の内を静かに語った――



「城主の交代を、進言したのは誰だったか?」

「は。そこにおられる、ワルフ殿です」


グレプが尋ねると、臣下は一人の名前を口にした。


「おお。ワルフか。その名前は最近、とても耳に届くぞ」

「身に余るお言葉です」


壇上からの発言に、恰幅の良い男が一歩を踏み出ると、国王に向かって一礼をした。


膨らんだ腹回り。10歳は見た目を上乗せしているが、実際の年齢は20代。

人脈作りの為とはいえ、毎晩どこかで行われる酒宴の席に奔走していては、減量は無理だと諦めの心境を宿していた。


「褒美を取らせる。また、トゥーラにも、相応のモノを送るように」

「ありがとうございます。ですが……」


労いが届くと、右手を胸に当てたワルフは改まって一つを願い出た。


「此度の勝利は、トゥーラの民、兵士のおかげでございます。私に対する褒美など、過分でございましょう」

「……」


露骨な点数稼ぎと思ったか。列する中には、彼の言動に対して苦々しい表情を浮かべる者もいた。


「ふむ……そうか……」

「そこで、褒美の件。私に任せて頂けないでしょうか?」


玉座の困惑に、ワルフはすかさず代案を示した。


「ほう。そんな事で良いのなら、グレヴィ(息子)と共に決めるが良い」

「ありがとうございます」


恩賞の辞退に加えて仕事を求められては、断る理由がない。

壇上の袖に立つ王子を示した国王は、ワルフの提案を快く受け入れた――



「恩賞なし?」

「はい」


上奏の場から一時間。

木製のテーブルが一つだけ置かれた質素な小部屋では、驚きの表情でワルフを問い質す、第一王子(グレヴィ)の姿があった。


中肉中背。麻色の髪を持つ男。歳はワルフより3つ若い。

国王グレプの息子らしく、政敵は作らないよう意識して、周囲を窺う日々を送っている――


「何故だ? トゥーラの城主は、昔からの馴染みだろう? 君の推薦だ。僕はてっきり、君の分を上乗せするのだと……」

「グレヴィ様。良いのです」


ワルフは父の意向を(ないがし)ろにするのかと憤る声を右手で遮ると、瞳を見据えて言い切った。


「いや、しかし……トゥーラの者達は、納得しないであろう?」


ワルフの瞳を見上げながら、グレヴィは再び両腕を開いた。


「大丈夫です。代わりにトゥーラの城主には、一言だけお伝え下さい。但し、陛下の名で」

「父の名で?」

「はい。ですので、グレヴィ様。王子であるあなたが、是非とも陛下にお頼み下さい」

「いったい、何を頼めと?」

「トゥーラの独立です」

「独立!?」


思わぬ提案に、グレヴィの声は大きくなった。


「はい」

「あんな城で独立? 出来るわけがない!」


グレヴィは、更なる声で訴えた。


「ですので、自治権と統帥権を与えたうえで、リャザンと同盟を結ぶのです。我が国も、急激な移民の増加によって備蓄は減っておりますし、先代を助けてもらったポロヴェツへの恩賞も与えていかねばなりません。あんな小競り合いでいちいち褒美を与えては、この先どうなるか……お分かりでしょう?」

「確かに、そうだが……」


言い分には、一理ある。


それでも褒美の分量を決める場で行われる、褒美そのものを無くそうという提案には、戸惑うしかなかった。


「もう一つ、理由が御座います」

「な、なんだ?」


男は続けると、肉付きの良い人差し指を王子の眼前に翳した。


「私の幼馴染は、柔軟な発想こそが武器なのです。リャザンの顔色をいちいち見ていては、能力を削がれます。仮にそんなものの為に敗れては、私は万死を試すでしょう」

「……友の……為でもあると?」

「はい」

「……わかった。そういうことなら、進言するとしよう」

「ありがとうございます」


材料を与えられ、グレヴィは落ち着き払って了を送った。


「じゃあ、早速行ってくるとしよう」

「お願いします」


グレヴィが、右手を上げる。

部屋を後にする背中に向かって膨らんだ腹部を折り曲げると、ワルフは眼光鋭く、心の中で呟いた――


(リア。お前も、この方が良いだろう?)




――数日後、トゥーラの城内――


「リア!」


勢いよく居住区へと続く扉を圧し開けると、城主(ロイズ)は一目散に伴侶の元へと駆け寄った。


傍らには、薄い顔立ちをした細身の臣下(ラッセル)の姿。

小さな城内。移動も煩わしいという理由から、国王の居住区は執務室をも兼ねていた。


「今日は、なに?」


西側の小窓から光が差し込むいつもの席で、両手で支えた白い丸椀を口元に運んでいた公妃が、上目遣いで尋ねた。


「国王から、書簡が来たんだよ!」

「書簡?」


定期文ではない。

(かしこ)まった単語に違和感を覚えた公妃は、スッと右手を出して書簡を受け取った。


「何と?」

「早い話が、独立しろって事みたいね……」


歩み寄った尚書が尋ねると、書簡を閉じた公妃は呆れたように口を開いた。


「え?」

「独立?」


耳に届いた発言に、ロイズとラッセルの二人がそれぞれの反応を示した。


「緩衝地帯を作ろうって魂胆かな? トゥーラだけでやっていけって事みたいね」


椅子の背もたれに小さな背中を預けると、リアはリャザンの思惑を口にした。


「でも、独立なんて話、言った記憶は無いんだけどな……」

「待ってください! 独立って事は、国王が居なきゃですよね? どなたか、赴任してくるのですか?」


精一杯に細い目を大きくさせたラッセルが、思わず両腕を開いた。


リャザンから意気揚々とトゥーラへとやってきて、半年も経っていない。

城主が変わっては、早くも職を失う事になる――


危機感の灯った男の脳裏には、故郷で嘆く母親と、呆れる父親の姿が浮かんだ。


「書いてないわね」

「え? それじゃあ……」


短い返答に、ラッセルがそのままの瞳でロイズを見やると、再び口を開いた。


「ロイズ国王?」

「ええ? 無理無理! 城主でもどうかと思うのに、国王なんて絶対無理!」

「うるさい!」


傍らで狼狽する伴侶に、リアが大きな瞳を見開いて、大きな声で一喝をした。


「城主も国王も一緒! あんたのやる事は、変わらないの!」

「えー、ほんとかなあ……」

(そんなわけないでしょ……)


納得しようとする国王に、尚書は怪訝を浮かべたが、当然、言葉にするのは控えるのだった――




それから三日経った夕刻――


「もう少し、抑揚をつけて! あと、腕の動きはもっと機敏に! 明日の正午に、間に合わないよ!」


足を組んで椅子に座ったリアを前にして、ロイズが立って身振り手振りを交えながら、羊皮紙に記された出来上がったばかりの原稿を読み上げていた。


「こ、こうかな?」


居住区の防音改装を命じた理由は、情報漏洩を防ぐ為。(*2)


「文面、おかしなところない?」


傍らに立って見守るラッセルに、リアが右手で原稿を渡した。


「……大丈夫かと。後は、ロイズ様次第ですね」


細い瞳が文字を捉えると、やがてラッセルは、掲げた右腕の角度を気にしているロイズを心配そうに見やった。


「だそうよ。という訳で、もう一度」

「え? 休憩しようよ……」


脱力した国王は、端正な顔立ちを崩した。


「通しで、もう一回やったらね」

「……」

「あのね。立札を立てるだけ。文面を、読み上げるだけ。それで、良いと思うの?」


改めて、新米王妃は行為の意味を語った。


「私たちの政策を、目に訴えるの? 耳に訴えるの?」

「それは……」

「違うでしょ? 心に訴えるんだからね!」

「……」


こうして王妃の指導は松明が灯されて、日付が変わる頃まで続いた――



「もう、疲れたよ……」

「お疲れさまです」


身体を清めたロイズが寝室に戻って天蓋ベッドに腰を下ろすと、白いシーツを口元まで被り、既にベッドで仰向けになっていた鬼嫁が、大きな瞳を覗かせた。


「明日の、正午だよね」

「です」

「国王か……務まるかな……」


仄かな月明り。離れた一本の松明の火に照らされたロイズの横顔には、疲れもあってか、臆するような表情が浮かんでいた。


トゥーラ(ここ)を守るだけ。難しく、考えないで」

「……」


赤みの入った髪を肩先で揺らして、リアがゆっくりと起き上がる。


「でもね、弱気な顔が出来るだけでも、あなたには、資質があると思う……」

「……」


続いて、優しい声音で語り掛けた。


経緯はどうあれ、出世である。

抜擢に浮かれて覚悟を抱えない者が多い中、責任を自覚できるだけでも、人の上に立つ資質は、大いにあると言えるだろう――


「不安?」

「少しね……」


だとしても、ロイズ自身には分からない。

問い掛けに、男は正直な思いを吐き出した。


「大丈夫よ。理由もあるんだから」

「……どんな?」

「ふふ。だってあなたは、城主になる時も、そう言ったもの」


小さな身体を広い背中へと預けながら、両の肩越しに細い腕を伸ばすと、リアは耳元で優しく囁いた。


「……そういえば、そうだったね」

「そうよ」

「ありがと……」


ロイズは励ましに応えると、左の肩越しに伸びた細い手首を右手で掴んで、強く手前へと引き寄せた。


「あっ」


驚きを含んだ声と一緒に、小さな身体が前のめりになる。


「んっ……」


同時にロイズが頬を寄せると、二人は唇を合わせた――


「正午なら……時間あるよね?」


灯った愛欲は、止められない。


大きな瞳と視線を合わせると、ロイズの低い悪戯っぽい声が小さな耳へと届いた。


「え? その前に、もう一度、通すわよ?」

「そんなの、分かってるよ」


琥珀色の瞳が更に大きくなって、焦りながら訴える。

男は構うことなく彼女の細い左肩を右手で掴むと、仰向けにベッドへ引き倒そうとした。


「ちょ、ちょっと待って!」

「……」


明日の失敗は、絶対に許されない――


更に眼下で訴えると、ロイズは一瞬だけ動きを止めた――


「ダメなの?」

「え?」


やってきた、寂しそうな声。

こんな響きには、双方が弱い――


明確な拒絶を示す事が、リアにはできなかった。


「あ」


次の瞬間、リアの体がふわっと浮いた。

やがて腰から背中、そして頭へと、優しくベッドに身体を預けられると、赤みの入った柔らかな髪たちが、白いシーツの上に均等に広がっていった――


「じゃあ、途中で待とうか?」

「え?」


リアの上、両腕で上体を支えたロイズが意地悪そうに口を開くと、今度はリアの動きが止まった。


「そ、それは、嫌……」


大きな瞳と赤くなった頬を背けると、彼女は唇を震わせた――


「大丈夫。上手くやるよ」


期待を裏切るつもりは毛頭ない。

リアの長い睫毛に掛かった髪を指先でそっと(すく)うと、赤くなった耳元に唇を近付けて、ロイズは絵筆で撫でるように囁いた。


「んっ……」


瞼を閉じたリアの(まなじり)に、深い皺が浮き上がる。


そんな反応も愛おしい。


全てを委ねてくれる小さな身体の温もりを、男は丁寧に求めることにした――

*1 スーズダリ

1168年当時、現在のロシアの首都モスクワの建設者、ユーリー・ドルゴルーキーの子息達が統治していた地方

*2 情報漏洩

聴衆に訴える演説の効果は、歴史が証明している。

最たるものは、ナチス政権のそれであり、彼らは目的のため、何度も原稿を修正し、繰り返し鍛錬を重ねた。


お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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