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小さな国だった物語~  作者: よち


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25/219

【25.戦の気配】

短い夏の昼下がり。


作戦会議を終えた二人の将軍が席を離れても、二つの窓から光が射しこむ石畳の広間には、国王ロイズと尚書のラッセルが留まっていた。


「なんだか、いよいよって感じがしますね……」


薄い顔の尚書はテーブルに広がる周辺図を眺めると、静寂を破った。


決戦の日は近付いている。


肌で感じている筈なのに、国王(ロイズ)の言動や表情には、殆ど変化が見られない。


リャザンに居た頃は、共に一介の役人であった。

今でこそ一国を預かる立場だが、役職は違えどトゥーラへとやってきて、同じ時間を過ごしているのだ。


「そうだね……」


端正な顔立ちにやるせない表情が浮かんで、ロイズも地図に視線を落とすと、どこか他人事のように呟いた。


「……」


現在(いま)住んでいる穏やかな空間が、数週間後には戦場となる――


親の世代は北方の勢力(スーズダリ)からの侵攻を受け、一時(いっとき)リャザンから離れたが、ラッセル自身は戦場の空気を嗅いだことが無い。


物心がついた頃。復興の手助けをした記憶は残るが、それらは紛争が終わった安堵の中で行われる共同作業であり、子供ながらに有意義な時間であった――


「ロイズ様は……怖くないのですか?」


今度ばかりは、破壊の中に留まる事となる――


戦いが終わった後のトゥーラの姿は、どんなだろうか……


そもそも、命が残るのか……


不安に襲われたラッセルは、同じ境遇に置かれた者同士の安寧を求めるべく、胸の内を探った。


「怖く無いと言えば嘘になるけど……そんな事、言ってられないからね……」


端正な顔立ちはそのままに、ロイズはおもむろに、地図から視線を外さずに、言葉を選んで口を開いた。


「まあ、そうですよね……」


返ってきたのは、全くの正論である。

諦めから灯った仄かな覚悟を、尚書であるラッセルは確かに汲み取った。


「だって……僕が怖がったら……誰が付いてくるの?」

「……」


姿勢は変わらずに、佇んだ国王は静かに問い掛けた――


対してラッセルは、同意を挟むことすらできなかった――


同僚であった目の前の人物は、赴任を命じられた時点で、恐らく覚悟を決めていた。

先頭に立って、民を動かして、やるだけの事はやってきたという自負もあるのかもしれない。


「……」


比べてどうなのか。

当初は並び立ち、一翼を担うと得意気になっていた。


しかし実際は、未来に対する覚悟も無く、己の保身を窺っている……


風上に向かい立つ、彼の背後で身を潜め、様子を窺っているだけではないのか?


ラッセルの胸の内側を、踏み出すことのできなかった現実と、勇気を逸した劣等感が貫いた。


「それに……」


更には自身にも言い聞かせるように、ロイズが呟いた。


「僕が降りたら、リア(あいつ)を認めない事になるからね」

「……」


ラッセルの、時間が止まった――


信じる深度の違いを、改めて思い知ったのだ。


彼女自身だけではない。目の前の男は彼女の立場をも守ろうとしている――


「……」


カルーガへの外遊。

王妃様(あの人)を守ると誓ったあの日の感情は、決して嘘ではない。


しかし結局は、薄っぺらな覚悟であったのだ。



「何をしてるんですか?」

「は?」

「努力の欠落は、後悔を生みますよ?」

「……」


前日のこと。槍術の鍛錬中。年下の美将軍(ライエル)が発した言葉が脳裏を過った。


怠惰を見抜かれて、男は反論すらできなかったのだ。



足下の灰白色を見つめながら、ラッセルは己の不甲斐なさを恨んだ。


「……」


脳裏に焼き付いている彼女の仕草。魅せられた表情の数々。


認めた才能が紡ぎだす、一緒に成そうと誓った未来に、愚かな男は改めて思いを巡らせた。


「くそ……」


同じ舞台にすら立っていない。


ラッセルは置いて行かれた現実。沸々と湧き出してくる憤懣(ふんまん)に、瞼を閉じて、ぎゅっと拳を握った。



「ロイズ様、メルクという者が、来ております」

「入ってもらって」


扉の向こうからの報告。

ロイズが応じると、ギィと音が立って、ゆっくりと木製扉が内側に開いた。


「騎馬担当メルク、入ります!」


小柄な男が姿を見せると、ピシッと踵を揃えて敬礼をして、意図した鋭い声を室内に響き渡らせた。


年は30歳くらい。

小柄で重心の低い体形でありながら、腕は太く、将軍の推薦に足る人物だと一目で納得をした。


「なんだか、新鮮ですね……」

「そうだね……」


トゥーラの首脳陣は少数で、慇懃(いんぎん)な挨拶は珍しい。

素直な感想をラッセルが漏らすと、ロイズも同意した。


「ご苦労様。こちらへ」

「は! 失礼します!」


敬礼したまま直立している男にロイズが促すと、小柄な男は素早く手を下ろし、カッカッと靴音を立てながら、真っすぐに足を進めた。


彼の姿から、グレンによる日々の鍛錬が見て取れる。

戦いは、槍を交える前の振る舞いや陣容で、相手を圧する事もできるのだ――


「手短に話します。10人程を率いて、偵察と陽動隊をやってもらいます。部隊の人選は、グレン、ライエルの両将軍と決めてください」

「は!」

「先ずは偵察隊ですが、カルーガに潜んで、敵の出発を狼煙で知らせて下さい」

「狼煙? でありますか?」


珍しい指令を耳にして、メルクが思わず訊き返す。


「僕らには、余裕がありません。監視の兵も含めて、十分な休養を取って挑みたいのです。確認が取れたら、城からも狼煙を上げるので、早馬は引き返してください。天気次第ですけどね」

「引き返すのですか?」


メルクの声が、高くなった。

長い距離を駆けてくる早馬は、休ませるためにもそのまま入城させるのが常である。


「引き返すというよりは、潜むと言った方が正しいかな。背後に回ってほしい」

「はあ」

「ここからは、陽動隊としての仕事です。戦いが始まったら――」

「承知しました。お任せください!」


小柄なメルクは作戦の概要を聞き終えると、直立となって敬礼をした――



夕刻。螺旋階段を上ったロイズがゆっくりと重厚な扉を開けると、部屋の中心に半身で立って、癖のある赤みの入った髪を背中に回して微笑むリアの姿が飛び込んだ。


「お疲れ様」

「ただいま」


柔らかな声がロイズを迎えると、和らいだ表情が伴侶に返った。


幾度となく繰り返す温かな瞬間を重ねて、安心感と居心地の良さを築いていく。


務めを終えたロイズが扉を開けると 姿が覗くように。


小さな王妃は日頃から努めているのだ――


「ちょっと、空気が変わった気がするね……」


やり切れない思いを抱える王妃は、西側の小窓に目をやって、迫る不安を口にした。


彼女はここ数日、外出を控えて、戦いへと挑む心を整理すべく、静かな時を刻んでいた。


外から聞こえてくる子供の高い声が減ったり、すれ違う女中の表情から微笑みが消えるなど、否が応でも開戦前の雰囲気を感じるのだ――


「そうだね……」


憂いの表情を消すために、ロイズはリアの正面に足を置いた。


「あ、偵察隊は、早速向かったみたいだよ」


続いて華奢な右肩に左手を添えると、耳元の柔らかな髪の中へ右手を滑らせた。


「うん……」


今は、報告なんてどうでもいい――


届いた声を敢えて避けるように、小さな王妃は目の前の広い胸に、おもむろに頭を寄せていった――

お読みいただきありがとうございました。

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