【24.作戦会議】
キエフ・ルーシ諸公国の東側。
トゥーラは移民の流入によって大国への道を歩むリャザンから分岐した、人口1500人ほどの要塞国家である。
特徴は30人の近衛兵を擁する事。
加えて戦いが起こるたび、他国と同じように男衆が兵士として召集されるのだ。
故にトゥーラの兵力だけでは、どう頑張っても800人。
だからこそ王妃は専守防衛を打ち出して、最大限の対抗を図ろうとしている――
「じゃあ、始めようか」
昼下がり、ロイズはグレン、ライエルの両将軍と、尚書のラッセルを二階の広間に集めて、対スモレンスクの作戦会議を開いた。
この場所は国王夫妻の寝室の下。
南側に設けられた二つの上下窓が、外からの光を取り込んでいる。
窓の外側には十字の鉄格子が設けられていて、侵入者を阻む仕様となっていた。
4人は光の中で、四角いテーブルの上に周辺地域が描かれた図面を広げて、四方それぞれに足を置いていた。
この4名が中心となって、国家を司っている――
グレンとライエルの両将軍は、当然ながらそのような認識を持っていた――
「先ずは、近衛兵を四方に分けます。西はグレン将軍。南はライエル将軍に守って頂いて、私とラッセルは遊軍となって、他の二方向。及び、援護に回ります」
「はい」
「承知しました」
端正な顔立ちに光を浴びた国王が、図面の上で指揮棒を動かしながら指示を与えると、二人の将軍が頷いた。
真っ先に固めるは、スモレンスク方面の西側と、唯一の都市城門が在る南側。
経験豊富なグレンを南西の見張り台に置く布陣で、さすがに異論は起こらない。
「次に民兵ですが、先ずはそれぞれの特化した持ち場に配置して、残りは待機。増援を送る判断は、私かラッセルが担います」
「宜しくお願いします」
「分かりました」
会議に先立って、ラッセルにはリアも交えて作戦の詳細を伝えてある。
細い瞳が二人の将軍を見やると、ライエルが頷いた。
「この戦いの鍵を握るのは、弓兵です。見立てはどうですか?」
練兵は、二人の将軍が担っている。
グレンが先導しているが、弓の扱いは若い方が優れているらしい。
そんな噂を耳にした国王が、敢えてライエルに尋ねた。
「指示通り、最近は射撃の訓練ばかりです。正直に言って、皆さんかなりの腕前になりました。狩りの時間が短くなって、感謝されています」
「わはは。そりゃ結構だな!」
左右の金髪から覗く整った顔立ちが自信を示すと、グレンが笑いを起こした。
ロイズの赴任前から、トゥーラの男子は10代半ばで軍事教練が義務付けられていた。
ここ数年。小競り合いは頻繁に起こって、トゥーラの男衆には戦う意識。兵士としての下地が概ね備わっている。
「問題は、相手の数ですが……どう思います?」
相手を最も知る男。
ロイズは表情を崩した四角い顔が落ち着くのを待ってから、冷静に尋ねた。
「そうですな……少なくとも1500。多くて3000。又は、それ以上といったところでしょうか……」
「3000!?」
挙げられた数字に驚くと、ラッセルが数字を繰り返した。
人口の倍。兵数の4倍以上の敵が攻めてくる。臆するのも無理はない。
「私も、そのくらいかと……」
「え?」
「そうだよねえ……」
「ええ!?」
しかしながら、ライエルもロイズも平然を繰り返した。
「ちょっと待ってください! 3000ですよ? さすがに、多過ぎではないですか?」
薄い顔に焦りが浮かぶ。
尚書は両の手のひらを腰の高さに上げながら、3人に迫った。
「多くない!」
狼狽するラッセルを、最年長のグレンが窘めた。
「3000とはいかずとも、わし等は、それなりの数を相手にしてきた。なあ?」
誇らしく言い切って、グレンはライエルを見やった。
「そうですね……」
「え? そうなのですか?」
「別に、城を出て戦う訳じゃないからね」
経験者の会話に尚書の動きが止まると、ロイズが口を開いた。
「向こうは渡河をして、四日も掛けてやってくる。それだけでも、有利でしょう」
「そうですね。この城が耐えてこれたのは、消耗戦に持ち込んだ結果ですから」
若い将軍が、ロイズの言葉を補足する。
「それに、今回は準備も整いました。きっと大丈夫です」
端正な顔立ちが自信を放つと、グレンとライエルが頷いた。
「大体あなたは、情報に疎すぎます。過去の記録も見ている筈なのに、なんでいちいち驚くんですか!」
この場に於いて最年少のライエルが、背筋は真っ直ぐで口を尖らせて、年上の尚書を 窘めた。
「すみません。リャザンでは、戦いの準備などしなかったもので……」
猫背を更に曲げたラッセルが、面目ないと謝罪した。
なにしろ戦いの準備は未経験。ロイズの了承は得た上で、経験豊富な他の文官たちに任せた。
しかしながら、作戦会議の場において、尚書が過去の資料や帳簿を読み返していない事態は、怠慢と言われても仕方がない。
細身の身体に薄い顔。ラッセルは、リャザン公国でロイズと出会い、誘われるがままにトゥーラへとやってきた。
任務は予算の編成、物資、兵糧の管理など。財務全般という話だったが、何故だか最近は、鍬を持ったり荷車を曳いたり、果ては剣技を磨いたりしている――
しかし当の本人は、想像とは全く違う現在の状況を受け入れていた。
王妃の存在が大きいのは勿論。何よりも、リャザンに居た頃とは、日々の充足が違うのだ。
「まあ、そうだよね。ラッセルと僕は、初めての実戦だからね。頼りにしないで欲しいかな……」
「それは、困ります」
ロイズが軽い感じで擁護を挟むと、ライエルが率直な思いを吐き出した。
普段は物静かにしているが、言うべき時は相手が誰であろうと発信をする――
これこそが、グレンが若くとも彼を将軍に推挙した理由の一つだ。
尤も、これは将軍に彼の発言を受け入れる度量が備わっているからで、ともすれば、ただの生意気な小僧となり、疎まれる存在となっていたかもしれない。
生かすも殺すも、指し手次第――
幸運にもライエルは、上司に恵まれたと言えまいか。
「将を見て、兵士は戦います。常に気丈に振る舞うようお願いします。勿論、前線に出る必要はありません」
「うん。それは了解」
「……」
グレンが補足する形で口を開くと、ロイズは小さく頷いた。
軽い感じの返答に、グレンは眉をひそめたが、相手は国王である。
言葉に変換することは、ひとまず控えることにした――
「次に、 兵具だけど……準備はどう?」
「はい。最低限の数は揃えました。後は、どれだけ増やせるかですね……」
「そうだね。敵のやってくるのが遅いほど、僕らには有利って事だからね。明日からは柵と強弩、あと、弓矢の作成だけやっていこう」
「はい」
ロイズの発言に、ライエルは任せて下さいと頷いた。
「相手の動向は、カルーガからの連絡待ちですか?」
「そうですな。カルーガには、常に数名が常駐しております。動きがあれば、報せが入るでしょう」
ロイズが話題を移すと、四角い顔が口を開いた。
「了解。ただ、早馬ではどうしても察知が遅れるんだよね。今回は、狼煙を上げてみようと思うんだ」
「狼煙……ですか?」
「でも、天気によっては使えないからね。あくまでも補足で。だから、偵察の人数を少し増やして欲しい」
「承知しました」
「それで、そのまま別動隊になってもらいたいんだけど、できそうかな?」
「別動隊……」
「うん。こっちは人数が少ないからね。狼煙が上手くいったら、そのまま潜んで、後方から相手を攪乱してほしいんだ」
「なるほど……」
ロイズの提案に、四角い顔の将軍が目線を下げると、下顎を右手で触りながら考える。
「ですが、何をするにしても、さすがに人数が少ないと思うのですが……」
10人にも満たない人数で、何ができるのか?
顎を上げた将軍が、丸い眼をロイズに預けた。
「難しい事はしません。ただ、追手から逃れる技量を持った人選は、必要だけどね」
「そうですか……」
煙に巻かれた返答も、先の戦いを思えば認める以外にない。
軍務を司る男はゆるゆると顎を触って、適当な人選を行った。
「居るかな?」
「そうですな……騎馬戦になる可能性は、無いですか?」
グレンは一つを尋ねた。
浮かんだ人物は、馬の扱いは秀でても、武芸には劣るらしい。
「使うにしても、威嚇や囮くらいかな。突撃なんてことは、ありません」
「それであれば、選りすぐりの者を集めましょう。普段から遊撃隊を指揮する事の多い、メルクという者が部下に居ります。彼なら、適任でしょう」
ロイズの返答に、グレンは一人の名前を挙げてみた。
「グレンさんの推薦なら、間違いないでしょう。あとで足を運ぶよう、伝えて下さい」
「承知しました」
伏し目になった将軍は、快く了承の言葉を口にした――
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