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小さな国だった物語~  作者: よち


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23/228

【23.覚悟】

女性陣が小屋の外に片付けに向かうと、丸太小屋の中央には将軍(グレン)国王(ロイズ)が残された。


王妃に皿洗いなんてさせられないとアンジェは拒んだが、強引にリアがついて行ったのだ。

それを愛娘が追い掛けると、小さな左手が王妃様の衣服の裾を掴んだ。


「男同士で、話すこともあるでしょうから……」

「そうですね……」


松明を左手に持ったリアが呟くと、アンジェは瞳を開いて同意した――



「本日は、お招きありがとうございます」

「いやいや。お口に合いましたかどうか……」


二人残った丸太小屋。

ロイズがテーブルを挟んで腰を下ろす将軍に、改めてお礼を述べた。


「いや、ほんとに美味しかったです。僕らは普段、二人だけなので、こういった家庭的な夕食は久しぶりで……」


トゥーラに赴任して以来、食事はリアと二人が殆どだ。

日々の会話から、国の未来の話まで、お互いが好き勝手な意見を交わすには、食事の場は好条件。


たまの例外は、厨房横の食堂で食べる時。

リアが通り掛かった女中を呼んで、加わることもあった。


「そう言って頂けると……」

「リアも楽しそうですし……連れてきて良かったです」


四角い顔が微笑むと、手にしたマグが傾いた。

ロイズもマグを手にすると、安堵の声を吐き出した。


「王妃様は、ほんとに可愛らしい方ですな。メイとも仲良くして下さって、ありがたい事です」


グレンが男としてのロイズを評価すると、手にしたマグをテーブルに戻した。


「その……リアの事ですが……他言無用でお願いします。あいつは、今までと変わらずに、自由にさせてやりたいのです」


ロイズが静かに訴える。

信用する将軍の誘いだからこそ、連れて来たのだと釘を刺した。


「承知しました。あの方の姿が街から消えたら、アンジェやメイに怒られますからな」


それだけは、御免被りたい。


背中を椅子に預けた一家の主は、家庭内での立場を自虐した――



食堂で二人の談笑が続く中。足音が近付いて、赤みの入った癖のある髪を揺らしながら、リアが一人で戻って来た。


「あれ? 一人?」


リアの背後を確認して、ロイズが意外そうに尋ねる。


「アンジェさんは、メイちゃんを預けに行ったわ」

「そっか」


王妃が椅子を引いてロイズの隣に腰を下ろすと、続いてパタパタとした足音がやってきた。


「お待たせしました」

「そんなに、急がなくても……」


ふっくらとした身体が現れる。

胸に左手を当てて呼吸を整える伴侶に、グレンが呆れたように口を開いた。


「だってあなた、こんな機会、滅多にないんですよ?」

「まあ、そうかもしれんが……」


小さな国でも、国王夫妻を自宅に招くなど、そうそう出来る事ではない。

グレンは妻の返答を認めるも、戸惑いを返した。


「じゃあ、私達で招待すれば良いのよ。ね?」


一番の懸念は、夫妻で並ぶ姿を目撃されること。


たまに見かける小さな娘が王妃だという噂は、あっという間に広がるに違いない。

リアが左に視線を移すと、解決策を自ら提示した。


「そうだね。アンジェさんにも、いろいろ聞きたい事があるしね」

「あら? 私ですか?」

「はい。今日は、それもあって来たんです」

「え? なんでしょうか……」


ロイズが端正な顔立ちを真っすぐに向けると、アンジェが態度を改める。

カタッと音を鳴らして椅子を引き、臀部を座面に預けて国王夫妻と向き合った――


「僕らがトゥーラにやってきて、三カ月。知らない事も多いので、色々と、教えて頂きたいのです」


ロイズは言いながら、テーブルの中央に置かれた燭台を右手で掴むと、隅に移動した。


彼が提供した話題は、事前にリアから絶対に聞き出してほしいと頼まれたものである。


「そう言われましても……何を話したらよいのか……」

「例えば……僕らの前の城主は、どんな方でしたか?」


戸惑うアンジェの姿を前にして、ロイズが単刀直入に尋ねた。


前の城主は、急な病によって亡くなっている。


「それは……主人に訊いた方が、宜しいのでは?」

「いや。僕が知りたいのは、トゥーラ(ここ)に住んでいる人たちが、前の城主をどう思っていたかです。税や暮らしに問題があったようには思えません。正直、僕らが赴任をせずとも、良かったんじゃ無いのか? とも思っているくらいです」

「……いえ、それは違います」


謙遜している訳では無い。

本心から述べたロイズの見解に、アンジェは冷静に口を開いた。


「前の城主。ブルンネル様では、この砦を守ることは出来なかったと思います」

「……それは、何故?」


アンジェのハッキリとした見解に、ロイズは更なる理由を尋ねた。


「戦いが起こる度に、疲弊していくからです。私は主人の愚痴を聞いているので、余計にそう思うのかもしれませんが……」

「……」

「主人の話では、リャザンの指示を仰ぐあまり、反撃の機会を失ったり、堅固な城壁に頼って兵の訓練を怠って、結果、不手際から敵の侵入を許した事もあったそうです。小さな土地ですから、悪い噂はあっという間に広がります。そんな状態でしたから、あのままでは遅かれ早かれ、スモレンスクに敗れていた……いいえ。もしかしたら、寝返っていたかもしれません」

「……」

「見知った誰かが、戦いが起こる度に亡くなっていくのは……辛すぎます。平和な時代でしたら、あのような方で良いのでしょうけど……」

「……」


内政が良好でも、外圧を防がなければ滅ぶのみ――


厳しい現実に、二人は黙って耳を傾けた。


「そういう意味では、ロイズ様は素晴らしい」


突然に、グレンが割り込んだ。


「城主が亡くなって、不安が広がっているところに、あの戦いですからな!」


賞賛を続けると、四角い顔の将軍は酒を喉に流し込んだ。


「ロイズ様が赴任して、一番に喜んだのは、恐らく主人です。練兵の話をご相談したところ、『全て任せるから』 と仰られたと嬉しそうでした」

「そんな事、言ったかな……」


アンジェの発言に、ロイズは僅かに首を傾けた。


「ただ、同じことを今言われても、僕ならお任せしますよ。任せられることは、任せた方が楽ですから」


未熟な者が出しゃばって、現場に混乱を招く例は、枚挙にいとまがない。

信頼の置ける者が居るのなら、専門外の事案は任せた方が上手くいく。


しかしながら、前提がある。


上に立つ者は、任じた責任を同等以上に負う事を忘れてはならない――


「以前は、4日に1回だった訓練を、今は、ほぼ毎日やっていますからな」


グレンが得意気に口を開いた。


スモレンスクの侵攻が近いと悟った王妃が、全体での演習を減らして、各部隊、各方面毎に特化した練兵を行うよう指示したのだ。


ロイズを介した発信により、訓練自体は毎日行われているが、一回の参加人数は少なくなり、結果として民兵の負担は減っていた。当然、好評を博している。


「女性の皆さんは、どうでしょうか?」

「え?」


リアの小さな身体が前に乗り出すと、意外だったのか、アンジェの声が思わず詰まった。


たまに出歩いて市中の雰囲気を感じても、実際に生の声を聞いている訳ではない。


戦う意思は存在するのか――

認識に差異があるのなら、正しておきたかったのだ。


「だって……女性の声って上がってこないですよね? そりゃ、戦場に出るのは男性でしょうけど、食事の用意も大変で、昼夜を問わず看病をして……眠れない事もある。その辺り、どう思ってるのかなって……」


思うところを、小さな王妃は口にした。


「こりゃ、参りましたな。王妃様の仰る通りです。兵がどれだけ強かろうと、兵糧が無ければ戦えません。その兵糧は、誰が用意しているのかって話ですな」


陶器のマグに手を伸ばしながら、グレンが感服を表した。


「そうです! 後方だって、戦場なんですよ!?」


女性の労苦を思い知れ――


小さな王妃は、半ば憤慨するように吐き出した。


「だいたい、女性は迷惑してるんです! 戦争を始めるのは、いつだって男なんですから!」

「……そうだね」

「ですな……」


ため息交じりにロイズが意見を認めると、グレンも伏し目となって、王妃の訴えを是認した。


「それで、どうなのだ?」

「え? そうですね……」


グレンが促すと、王妃の発言に呆気にとられていた伴侶は困惑を浮かべた。


「言い(にく)い事でも、構いませんので……」

「お伝えしなさい。貴重な機会だ。国王様も、それを望んでおられる」

「そうですね……」


ロイズの声に、夫であるグレンが再び促すと、アンジェは(おもむろ)に口を開いた。


「今は……少し大変です」

「というと?」

「ちょっと……労役の負担が重くて……小さな子供が居たり、男手が足りない家庭は特に……」

「……なるほど」


敵に備える士気を感じる一方で、一定数存在する、疲弊を覚える者たちを置き去りにしている――


独立の宣言から、普段は城壁の外側で防御壁造りに農作業。雨の日は屋内で、防御柵や弓矢の作成と、兵は勿論、女性や子供たちも毎日の労役に繰り出している――


勿論、強制している訳ではない。

しかし、使命感や義務感が全体の空気となり、強制力を持ったなら、それは自由参加と言えるのか?


アンジェの発言に、リアとロイズは少なからず、思慮の軽薄を認識せざるを得なかった。


「ただ……誰かが死ぬのは見たくない。そのためだと思えば、今が大事なのは(みんな)分かっています。ですから、不満は出しません」

「そうだな。俺たちが守るべき、場所だからな……」


自身にも言い聞かせるような妻の発言に、夫が一言を加えると、アンジェは伴侶と目を合わせ、小さく頷いた。


「お二人は、私達(トゥーラ)の為に尽くして下さいます。今はどうぞ遠慮なく、やりたいように命じて下さい」

「……」


皆の努力や想いを、決して無駄には出来ない――


アンジェが二人に瞳を捧げると、指揮と前線に赴く三人は、強い決意を改めて心に刻んだ――



有意義な会食は、深夜まで続いた。

国王夫妻はグレンとアンジェに見送られ、幌馬車を使って城に戻る事にした。


幌馬車の中。左肩をロイズにぴたりと寄せて、リアが小さく揺れている――


「玄関に、大きな槍が置いてあったね……」

「うん」

「最初は殴って、石を握って、刀になって……その先は、どうなるのかな……」

「……」


現在と未来を吐きながら、リアは伴侶の大きな手の甲に重ねた細い指先を、しずしずと骨ばった指の間に潜り込ませた。


「ちょっとね……怖いの……」

「……」


リアの華奢な指先は、少し震えているように思えた。

やがて起こる戦いの行く末が、小さな双肩にかかっている。


普段から指示をして、気丈に振る舞っている彼女だが、実は繊細で臆病なのを誰よりも知っている……


「うん……」


ロイズは細い指先を静かにほどくと、今度は小刻みに震える小さな左手を、上から優しく包み込んでみた。


「なんでなの? みんな、誰かと一緒に居たいだけなのに……」


リアが顔を上げると、潤んだ瞳が訴えた――


「大丈夫……」


受け止める事しかできない。

仄かに赤みを帯びた儚げな表情が、ロイズの胸に突き刺さる――


自身にも言い聞かせるように呟くと、男は端正な顔をそっと近付けて、細かく震えるリアの唇を塞いだ。


「大丈夫だよ……」


続いて左腕を伸ばした。

愛しい伴侶を包むように引き寄せると、もう一度、覚悟を持って誓うのだった――

お読みいただきありがとうございました。

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