【22.夜の会食②】
軍務を司るグレンの招待を受けた王妃と国王は、城にほど近い将軍の自宅にて、夕食を愉しんでいた。
メイン料理は、川魚の香草焼き。
長期保存なら塩漬けにするところ、リアの見立て通り、アンジェがこの日の為に陰干しをしておいたのだ。
数種類のハーブとスパイスで味付けされた、こんがりな焼き色と青い香りが鼻腔を擽った。
アンジェの手によって、それぞれの皿に盛られていく。
ロイズの皿に乗せられたのは、調印式の帰りに釣り上げられた、一番の大物であった。
勿論、釣ったのはロイズではない。
テーブルの中心には、リャザン土産の高価なワインが、誇らし気に立っていた――
「あ、美味しい……」
川魚へナイフを通すと、ふわっとしたレモングラスの仄かな香りが湯気と共に広がった。
温かい料理を口にして、リアが思わず声を発した。
「ありがとうございます。王妃様の口に合うか、心配したんですよ……」
「私は、なんでも大丈夫です。でも、今日の料理は格別です!」
「あら、嬉しい」
「はい!」
養父の元では厳しく育てられ、好き嫌いを口にできる環境ではなかった。
努めて明るい表情を浮かべた王妃は、さも当然のように語った。
「メイも、見習って欲しいわ……」
アンジェの左側。白湯の入った木製カップを両手で支え、口元に運ぼうとする娘を見やりながら、母が困ったように呟いた。
「嫌いなもの、多いんですか?」
アンジェの表情を窺って、リアが心配そうに尋ねた。
この時代、当然ながら食材の種類は乏しい。
長い冬を迎えると、同じような食事になりがちで、作る方も苦労する。
「そうですね……まだ、小さいから仕方ないかな、とは思うんですけど……」
タマネギのスープを小さな木製スプーンで掬っては口に運ぶメイを見やりながら、アンジェが心配そうに呟いた。
「メイちゃん。何が食べられないの?」
上半身を乗り出して、リアが明るく尋ねた。
「えー……さかな?」
「そうなの? 美味しいのになあ……」
意外な答えがやってきて、リアは寂しそうに肩を落とした。
「なんで? 美味しくないの?」
「骨が、痛いの……」
「なるほど……」
小骨の感触が、小さなメイには気に障る。
改めて視線を移すと、彼女の前にメイン料理は配膳されていなかった。
「じゃあさ。お骨。食べちゃおう」
明るく告げると、リアは自分が食べた骨だけになった川魚の頭を外して尾っぽを指先でつまむと、立ち上がって松明の先端に乗せるようにして、先っぽだけを翳した。
途端にパチパチと音がして、先ずは先端の小骨たちが、紅く燃えては消えていく――
「王妃様、危ないですよ」
心配するアンジェに構うことなく、王妃は子供の頃を思い出しながら、炙る炎を大きな瞳に映した。
「お?」
香ばしい匂いが漂って、グレンが真っ先に鼻孔を開いた。
残った肉片に火が通って、凝縮した旨味が際立ってゆく。
骨周りが美味しいのは、魚も同じである。
「もう、いいかな?」
頃合いだと見極めて、王妃は炙った骨の先端をぱくっと口にした。
「熱っ」
「早すぎるだろ……」
炙り立て。伴侶の声に、ロイズが呆れて目尻を下げる。
「でも、美味しいよ」
ポリポリとした食感が面白い。
海水魚とは違って、骨が硬すぎるという事も殆どない。
「いただいて、よろしいですか?」
「どうぞどうぞ。先の方だけですよ」
王妃が魚の骨を齧るなど、想定外。
ぽかんと口を開いたアンジェが、再び骨を炙りはじめた王妃に催促をした。
「あら、美味しい。お酒に合うわコレ」
意外といった表情で、アンジェの顔が綻んだ。
「メイ、食べてみる? お姉ちゃん、美味しいって」
「んー……じゃあ、食べてみる」
ふっくらとした身体を曲げてアンジェが優しく尋ねると、メイは微笑むリアを見やってから、抑揚の無い声を発した。
「ちょっと、待っててね」
程よい温もりが、より美味しい。
半信半疑の回答に、リアは魚の背骨をもう一度、松明の炎に潜らせた。
「はい。一口だけね」
椅子から降りた王妃は、メイの足元で両膝を床に着けると、魚の背骨を彼女の手元に差し出した。
「……」
少女は得体の知れない植物でも触るように、差し出された魚の尾っぽを恐る恐る小さな指先でつまむと、焼き色のついた骨の上部を、ゆっくりと口に咥えた。
「どう?」
身体を寄せたアンジェが、心配そうに尋ねる。
「……美味しい」
「あら」
「おお!」
思わず頬を緩めて恥ずかしそうな愛娘に、両親が驚きの声を発した。
「美味しい部分だけ、吸っちゃダメだからね。ちゃんと噛んでね」
「はぁい」
得意気になってリアが促すも、少女は言葉だけ。
噛むような素振りは全く見せず、骨をちゅうちゅうと吸い続けた。
「大きな一歩だわ」
それでも腰に手を置いて、アンジェは安堵した。
「骨だけ食べるようになったりして」
「あら。それは困ります」
「はっはっはっ」
ロイズが軽口を叩くと、アンジェが微笑んで、グレンはそれに釣られて四角い顔を崩した――
「お母様に、教わったのですか?」
トゥーラもリャザンも、魚類は豊富。
リアが席に戻ったところで、アンジェが尋ねた。
「いえ……私の両親は、小さい頃に亡くなりまして……」
「あ、すみません。大変失礼な事を……」
「いえいえ」
アンジェが頭を下げると、王妃は胸の前に右手を差し出した。
「小さな村で、養父に育てられたんです」
「それは……どんな方なのですか?」
しんみりとなった空気を払うように、グレンが声を発した。
「そうですね……よく、小突かれたなあ……」
「そうなのですか?」
視線を上にして、リアが子供の頃を語ると、驚いたアンジェが口を挟んだ。
「勿論、行き過ぎた事をしたり、悪い事をしたりが原因なんですけどね」
「そうだね……」
一部始終を何度も見てきたロイズが、炎に照らされた小さな横顔を眺めながら微笑んだ。
「でもその人、女の子の頭を薪で叩くんですよ! コンってだけでも、めっちゃ痛いんだから!」
「その時に持ってるモノが、武器だったよね」
「そうそう! 藁の束で叩かれた時なんか、後片付けが大変だったんですよ!」
「藁?」
「そうです。振り下ろした時に、紐が解けて藁がバッって舞っちゃって、家中を掃除する事になったんだから!」
「なんだか、楽しそうですね」
手振りを交える王妃を前にして、アンジェが笑顔を浮かべた。
「そうですね……楽しかったです」
「そうだね……」
前のめりになったリアの身体が落ち着いて、ロイズが穏やかな相槌を送った。
「魚の頭も乾燥させて、砕いて粉末にしたり、山でキノコや山菜採りに行ったり、ピクルス作ったり……算術なんかも、教えてもらいました」
「……」
「物を大切にするって事も、教えられましたね。メイちゃんくらいの時は、ピクルスがどうしても食べられなかったんですけど……その時に言われたんです。『食べられなくても、作った人の顔は忘れるな』 って……」
「素晴らしい方ですね」
「そうですね。尊敬してます」
アンジェの賞賛を耳にして、リアは瞼を落とした。
「あの帽子も、長いこと使ってるもんね」
「そうだよね……帽子の作り方も、教えてもらったよね……」
棚に置かれた麦わら帽子に目をやって、辿った日々を思い出す――
「博識な方ですな……」
「そうですね……」
グレンが関心を寄せると、王妃はしみじみと言葉を結んだ――
「生きるってことを、教えてくれました」
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