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小さな国だった物語~  作者: よち


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197/218

【197.一閃】

(前回まで)

1170年の暮れ。 キエフ大公グレープの病を聞きつけて、ブグ川下流の遊牧民が略奪遠征にやってくる。

グレープの命を受け、キエフの守護者ミハルコが迎え撃つ。


(登場人物紹介)

ヴワディスワフ:キエフの軍司令官

フセヴォロド:スーズダリ大公アンドレイの異母弟。後の大巣公。


冬の曇天の下。緩やかな下り傾斜を利用して、ヴワディスワフの錐陣が、遊牧民(ポロヴェツ)の薄い横陣を突き抜いた。


異教徒の数は、不明である。

しかしながら、夜明けからの正攻法は、大軍であろうと予測した。


「両側から来ます!」


配下の声。左右に目をやると、土煙が上がっている。

横陣は目くらまし。突破されたところを、挟撃しようというわけだ。


「敵ながら、良い策だ」


呟くと、ヴワディスワフは軍旗を掲げる者に合図して、左へと隊を導いた。


「突破するぞ!」

「なぜですか? 正面に、敵は居ませんよ?」

「伏兵が居る!」


並走するフセヴォロドの発言に、キエフの司令官は視線を前にしたままで答えた。


「あの旗を目指せ!」


続いた声。前から迫る敵の背後に味方が取り付いて、軍旗が翻っている。

槍を握る初陣の若者は、右手に力を宿した。


地鳴りの中で、交わる人馬。


金属質の音は生まれずに、やがて踏み荒らされた雪原を挟む形で、お互いが味方と合流を果たした――


「……」

「不思議に思うか?」


胸の鼓動が収まらない。

命を覚悟した。しかしながら、結果は槍を交えることすら無かった――


「動きが鈍ったら、お互いに背後が潰される」

「……」


司令官が呟くと、フセヴォロドは冷静を待ってから、戦況を頭に描いた。


混戦を招いては、消耗戦となる。双方が、望む形ではない。


最初の横陣を抜いた後、左を選択しなければ、今頃は包囲されていた―—


技量は勿論、圧倒的に経験の足りない現状に、フセヴォロドは途方も無い道程を感じざるを得なかった――


「お前ら、軍旗が円を描いたら、左右に離脱しろ!」


馬の脚も休まったころ、ヴワディスワフは一つを全軍に伝えた。


「来るぞ!」


雪原を間に挟み、お互いの軍勢が呼吸を合わせるように馬頭を向ける。


どちらともなく、馬の前脚が大地から離れると、北からはベレンディ人。南からは異教徒(ポロヴェツ)が、互いの面子を賭けて飛び出した。


北からの風に乗る。

速度を増したキエフの軍勢は、寡兵であっても錐の陣を崩さずに突っ込んだ。


スーズダリ大公の異母弟は、陣の中央で守られている。


「怯むなよ! 突き抜けろ!」


ヴワディスワフが鼓舞をする。


先陣となる矢羽が一斉に空気を切り裂くと、やがて金属音が鳴り響き、両者の勢いは削られて、一つの大きな密集陣形が現れた。


「囲め!」


数に勝る異教徒の声が伝播して、包囲戦へと移行する。


後方のキエフの軍勢は馬体を翻し、混戦覚悟の円陣を作った。


「止められた……」


錐の陣は勢いこそが肝心で、混戦となっては分が悪い。

陣の中心で動きを封じられ、若い指揮官(フセヴォロド)は焦りを覚えた。


「頭を出すなよ! しっかり狙え!」


ヴワディスワフが叱咤する。円の陣形は4重となって、外周の二列手前には弓兵を配置した。

当然ながら精鋭で、味方の合間を縫った矢羽は近付いた異教徒を確実に追い払った。


それでも異教徒は、闇雲な突進を断続的に繰り返し、槍を交えては離脱した。

疲弊を狙っているのは明らかで、弓への対処も過怠がない。


「矢が尽きます!」


曇天の向こうの太陽が、天頂への道のりの半分を消化する。

円陣の中心に、外周からの焦りの声が届いた。


補給は無い。

遠距離武器の喪失は、いよいよ敗退への道を促した。


異教徒の目的は、女性や子供。金目の戦利品。

一部が北へ向かって、キエフの陣営に達すると、雪原に残った幕舎の中から甲高い声が轟いた。


荷馬車を用意して、縛った女を放り込む。


満載となっては駆け出して、氷結したブグ川を下っていく。


「順調ですぜ」

「よし。このまま動きに合わせて包囲しろ!」


包囲網の完成に、異教徒の族長は頬を緩めると、続いて円陣の中心に向かって侮蔑を叫んだ。


「キエフの司令官とやら! ミハルコが居なきゃ、能無しか!?」


途端に嘲笑が沸き起こる。


「くそっ!」

「言われっぱなしですぜ!」

「司令官!」


囲まれた上に屈辱に晒されて、キエフの陣営には怒りが灯った。


「おい! 俺たちだけでも、出るぜ!?」

「ダメだ!」


血気盛んな遊牧民を、ヴワディスワフが戒めた。


「宝が逃げていくだろうが! このまま日が沈んだら、追いつけねえ!」

「勝てるのか?」

「当たり前だ!」

「……分かった。100で行って、槍を三つ交わしたら、戻ってこい。絶対だぞ!」

「聞いたか! 我慢ならねえ奴は、付いてこい!」


許しを受けて、大柄な男が飛び出すと、慕う仲間が続々と追い掛けた。


「ちょっと! 殆ど行っちゃいましたよ!?」


円陣の一部がごっそりと抜け落ちて、唖然としたフセヴォロドは遊牧民の後ろ姿を指差した。


「想定内だよ」


涼しい顔。キエフの司令官が言い放つ。

簡単には聞き入れない。分かった上での指示なのだ。


しかしながら、数は200弱。突撃は、無謀の極み。


当初は面食らった異教徒も、下がることなく受け止めた。


「挨拶に来てやったぜ!」


駆けるキエフ側の部隊長。

重たい槍が突き伸びて、馬上で対峙した異教徒の腹部を深く抉った。


「ぐはっ!」

「こいつ、強いぞ!」

「怯むな!」


白銀に踊り落とされて、男の身体が雪の粉を纏った。


「どけどけ! 俺が相手をしてやる!」


包囲戦では昂った心が収まらない。戦いの場を求めた腕自慢が、我こそはと名乗り出た。


「手出しするなよ!」


異教徒(ポロヴェツ)の偉丈夫は仲間を制すると、一騎打ちの場を雪原に求めた。


「やれやれい!」


時間稼ぎの一興は、多勢の側こそ望むもの。

闘技場のような盛り上がりとなって、キエフの司令官(ヴワディスワフ)も苦笑した。


「いざ!」


二つの人馬が速足で近付くと、同時に槍が弧を描き、空気だけを切り裂いた。


続いた打突の応酬に、観衆の目は動くことを放棄した―—


「……」


北側で聳える3つの軍旗。そのうちの一本が、左右に揺れ始めた。


徐々に北側へと移ったキエフの部隊長は、薄曇りの空から注ぐ陽光に、一瞬だけ視界を奪われた。


「くあっ!」


同時に異教徒の打突が左肩を掠めた。


思わず声を発すると、だらんと左腕が下がった。男は堪らず後方へと馬を導いて、距離を稼ごうとした。


「おいおい、もう終わりか?」


勝ち誇った異教徒が、馬の脚を前へと進めた。


「ちっ!」


分が悪い。馬頭を北に向け、部隊長は一目散に駆け出した。


「逃げるぞ! 追え!」


キエフの円陣は一群が飛び出して、抉られたような隙がある。

檄を飛ばした異教徒は、敵陣の破壊を目論んだ。


「来たぞ!」


陣の中心で、声を発したのはフセヴォロド。


既に三本の軍旗は、天に円を描くように舞っていた。


「なに!?」


異教徒の目が見開いた。


東側がフセヴォロド。ヴワディスワフが西側に。

掛け声と共にキエフの円陣が、神話のように真っ二つに別れた。


追いかける集団は、開いた道を真っ直ぐに進みゆく。


「構うな! 突っ込むぞ!」


後続は勢いに乗っている。変化は難しい。


ポロヴェツの偉丈夫は、迷うことなく右手に持った槍を掲げた。


「族長! 前を!」

「む?」


割れた円陣を突き抜ける。

部下の声に視線を上げると、正面では砂塵が舞っていた。


「ちっ。真っすぐに突っ込むぞ!」


左右に分かれたキエフの軍勢が、後方へと回り込む。

統率された動きを察すると、異教徒の族長は冷や汗を隠して鼓舞をした。


隊列を曲げたなら、正面の敵に側面を突かれてしまうのだ。


「大丈夫だ…」


それでも男は思った。新たな敵も、寡兵である。


勢いがついた者同士。適当に槍を交えながら交差して、改めて軍を整える――


思った刹那。敵の一閃が、男の首を貫いた。


圧倒的な技量の差。悟ることもなく、異教徒の身体が大地に転がった。


「ひぃぃ!」


統率を失って、勢いが鈍った。


すかさず左右に分かれた一団が、両側面を衝いてくる。


更にはヴワディスワフが加わって、うろたえた異教徒たちは逃げ場を失った。


「み、ミハルコだ!」


夜明けと正午のど真ん中。北から追いついた行軍は、計画通りであったのだ――

お読みいただきありがとうございました。

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