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小さな国だった物語~  作者: よち


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19/228

【19.わたぐも】

小さな領地(トゥーラ)は、リャザン領であった頃から、民衆による自治制度が根付いていた。(*)


質素倹約を旨にして、戦費は事前に貯めておく。

争いが起こる地域では、おしなべて重税を課す例が顕著だが、トゥーラに於いてはリアですら驚くほどの適正な税制となっていた。


民が逃げ出すほどの搾取では、防衛どころではなくなる。

前任者が悪政を敷いていた訳ではないのだ――


新たな上役が次々と新しい制度や律令を発しては、混乱を招きかねない。


住民の安堵を誘うため、ロイズが赴任してからも、トゥーラの財務を担当する文官はほぼ同じ。基本的な律令や税制も、殆ど変える事はしなかった――



トゥーラ城は灰白色。レンガ造りの3階建て。

都市の真ん中に南向きに建てられて、2階までは立方体。3階の国王居住区は、南北の方向に階下の半分の面積で、西側に設けられていた。


元来が西に備える突貫工事。

余計な装飾は見当たらず、非常に簡素な造りであった――


城の周囲には、幅10メートル、深さ5メートルにもなる深い壕。

リアの意向により、赴任時から比べると1メートルほど深くなり、当初は壕の内側だけであった石垣は、両側ともに築かれている。


城門は三か所で、正門が南側。

普段は閉まっているが、東西には、非常用の門が備えられている――



子供っぽい朱色の上着と白地のスカート。そして鍔の大きな白い帽子。


少々目立つ格好で城を抜け出した小さな王妃は、南の城門から壕に架かる幅3メートル程の石橋を渡ると、強い日差しに降参をして、西側から北に向かった――


「あれは……子供?」


北側に足を向けると、正面の城壁上部に違和感を認めた。


自身よりも小さな人影に、リアは好奇心を持って駆け出した――



城の北側に、住居は無い。

乾いた土地は整備され、練兵場として使われていた。


要塞都市であるトゥーラの住民は、当然ながら定期的な軍事教練が必須で、この日は弓隊の訓練を行っていた。


「良いか! 太陽を背にして戦う時は、太陽から矢羽が降り注ぐように、常に角度を意識しろ!」


四角い顔の大声が、乾いた空気を伝播する。


普段着の者。本番さながらに甲冑を着込んだ者。

それでも揃って真剣な表情となった男衆は、一列に並んで弓を構えると、灰白色のトゥーラ城の中腹辺りに掛けられた、幾つかの的に向かって次々と矢羽を放ち始めた――


そんな彼らを見下ろして、白い帽子が滑りゆく――



トゥーラを囲う都市城壁は、敵の侵入を防ぐため、外側は垂直に。内側は補強も兼ねて、60度くらいの傾斜が設けられている。


「何してんの? 危ないよ?」


傾斜に沿って架かる梯子は、10メートル以上。

子供の頃を棚に上げ、梯子の先を見上げる二人の女の子を捉えると、腰から曲がったリアが目線を合わせた。


「大丈夫だよ。お姉ちゃんも、登ってみる?」

「え?」


突然声を掛けられて、二人はキョトンとしていたが、やがて年上と思われる、髪を左右で結った女の子が口を開いた。

想定外の提案に、リアの瞳は大きくなって、思わず上を見た。


「……」


三人の居る場所は、市中に建てられた射撃塔を兼ねる住居の影に入って薄暗い。

それでも梯子を見上げると、暗いのは壁の半分までだと認知した。


初夏の太陽に照らされて、白に輝く城壁が、青空に映えて美しい――


そんな眩しい輝きに、黒い塊が(うごめ)いた。

恐らくは、遠くから見えた男の子―—


「の、登れるかな……」

「大丈夫だよ。私でも、登れるもん」


リアが不安そうに呟くと、けろりと声が戻った。


今でこそ王妃だが、男子に負けじと野山を駆け回っていた自負がある。


「じゃあ、登ってみる」


見た目10歳ほどの、都市に住む女の子に言われては、引き下がる訳にはいかなかった。


「お兄ちゃん! お姉ちゃんが登ってみたいって! 良い?」


口元に右手を当てながら、頭上の兄に向って妹が呼び掛けた。


「ええ? ちょっと待ってろよ!」


子供は概ね大人の侵入を阻むものだが、意外にも快い返事がやってきた。

上から見ると、白い帽子で隠れたリアが、大人には見えなかったのかもしれない。


「今日は、これだけだな」


一段一段。梯子をゆっくりと降りてきた少年の手には、立派に育った瓜が一本握られていた。


少年は地面に足を着けると妹に向かって報告をして、手にした瓜を妹の隣で佇んでいる、5歳くらいの女の子が下から両手で支えている網籠の中へと届けた。


「増えた」


籠の中身が幾らか増して、女の子の頬が思わず綻んだ――


「こんにちは」

「あ、こんにちは……」


歳はカルーガに住んでいるウィルと同じくらい。

リアが微笑むと、思った以上に大人だったからなのか、少年は少し(かしこ)まった挨拶を返した。


「登っても、いい?」


恐怖心と好奇心は、後者の方に振れている。

瞳を大きくさせると、リアは細い指で梯子を示した。


「いいよ」

「ありがとう。あ、ごめんなさい。帽子、持っててもらえるかな?」

「あ、はい……」


快い返答に、鍔の大きな白い帽子を外すと、リアは少年へと手渡した。

受け取った帽子からは柑橘系の甘い香りが漂って、少年の鼻腔をくすぐった。


ふるふるっとリアが頭を振ってみる。同時にさあっと風が流れて、赤みの入った髪の毛が、ふわっと広がった――


「……」


透き通った白い肌。赤みの入った長い髪。コントラストに、少年の心が奪われる。


続いて彼女は気合を入れるべく、(くるぶし)まであるスカートの丈を、膝の上まですすっと捲り上げてみた。


背丈や服装で少女のように見えても、中身は大人。

立ち上がったリアが梯子を見上げると、ちょうど彼の目線に胸と白い首筋がやってきて、仄かに日に焼けた少年の頬が、更に赤へと染まった――


「よし」


緊張感と高揚感。

童心に帰った王妃は梯子を右手で掴むと、気合を入れて踏みざんに足を置き、一段、また一段と梯子を登り始めた。


「……」


胸の高鳴りは、梯子を踏み外す恐怖を含む。

しかしながら、地上で見上げる3人の手前、引き返す選択肢は浮かばない。

退路を断った決断は、進む勇気を生むのである――


(何か、置いてある……)


射撃塔の影の中。呼吸音を耳にしながらひたすら登ると、やがて長方形の木箱が並んでいるのに気が付いた。


少年がどうして瓜を手にして戻ってきたのか――

全容を望むころ、リアの全身も、強い日差しの中にいた――


「なるほどね……」


傾斜を設けた城壁の、石の隙間に杭を打ち込んで、その上に木箱を置いて作物を栽培中。

梯子の先端にも杭を打ち込んで、麻ひもで固定されていた。


これならば、勇気と体力さえあれば、女子でも登ってこれる。


「へえ……」


瓜。トマト。葡萄。

容易に栽培できるものが植えられている。

数日で食べ頃を迎えそうなものも、散見できた。


「気持ちいい……」


両手でバランスを取って身体を反転させると、城が(そび)える南側を除いた、トゥーラの都市が一望できた――

眼下での訓練は、まだ続いているらしい。


少し癖のある、赤みの入った髪の毛が心地よい風に触れ、さらっと泳ぐ。

まくり上げていたスカートの裾もすっかりと(ほど)かれて、ふわりと舞った――


思わぬ場所で、久しぶりに味わう解放感。


リアはしばし、青空の中で優雅に浮かぶ綿雲になって、小さな身体を委ねた――



「お姉ちゃん」

「なに?」


地上に足を戻したところで、網籠を持った5才くらいの女の子に声を掛けられた。

梯子を右手で掴んだ状態で、リアが大きな瞳を覗かせた。


「下着、見えてた」

「……」


三人を見下ろして、手を振った。少年だけは、すっと顔を背けた――


羞恥がやってきて、リアの頬は赤に染まった――


「帽子、ありがとう」

「……」


平静を装って声を掛けると、俯いた少年が、書状を渡すように帽子の鍔を両手で掴んで差し出した。


「梯子は、この一本だけなの?」


帽子を受け取って、リアが両手で頭に収めながら少年に尋ねる。


「こんな長い梯子、ここにしかないから……」

「そっか……」


城壁で野菜を栽培できたなら、自給率は上がる筈。


良策が浮かんだら、すぐ実行――


残念そうに答えた少年に、小さな国の王妃は手助けを決した――

* この時代、民会(ベーチェ)と呼ばれる民衆の意見集約、並びに自治制度が、キエフやノヴゴロド、その他のルーシの諸侯国で、ごく普通に行われていた。


お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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