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小さな国だった物語~  作者: よち


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188/218

【188.蜂蜜②】

ギクシャクした原因は、どちらにあるのか…


一昨年の冬。マルマが美将軍の家に派遣され、女中たちの噂話が耳に届いてラッセルは委縮した。

灯した恋心は確かでも、告白した結果はどうなるか…


周囲からの冷やかしは当然で、考えてしまっては羞恥を振り切るだけのものにはならなかったのだ。


肩を落として歩く後ろ姿。

助けることもなく、彼は自身の未来をマルマの心に託した――


時の経過が二人の関係を戻すだろう。

期待を含めるも、マルマには外遊の同伴任務がやってきた。


加えて美将軍が護衛役。

ますます女中たちの噂話は咲き誇り、彼女との距離が遠のいた――



リャザンから戻った彼女は、以前と変わらないように思えた。


執務室は地階に移動済み。王妃が子供を産んで戻った事には驚くも、王太子の世話に奔走するマルマを見かける機会が増加して、彼の心は安堵した。


「夜中とか、手伝えることあったら…手伝うよ」

「あ、うん」


隣国(スモレンスク)との停戦協定が結ばれて、城内の衛士は不在となった。


夜中には殆どが帰宅して、城内には国王夫妻とマルマだけ。

勇気を出して、(よこしま)な感情も含んで口を開いたが、素っ気ない返事に沈黙せざるを得なかった。


考えてみれば当然で、男手なんてものは不要。

必要な時はロイズ様が居る。誰かを呼ぶなら女中頭を呼ぶ筈だ。


実際に、夜中に城門を開いて入城する、ふくよかな体を何度か見かけた――



「当たって砕ける勇気もない癖に、恋なんて100年早いわ!」


トゥーラへの赴任前。幼馴染への告白は、友人に相談したことが切っ掛けだ。


恋愛の先輩は傍にいる。大人の意見も訊いてみようとなった末。彼の父親が笑顔で言い放った。


更には母にも尋ねると、溜息交じりに答えが戻った。


「ずっと好きでいる方法なんて、ずっと片想いで居ることくらいじゃない? それでいいの?」

「……」


結果、勇気を出しての告白は、轟沈となって幕を閉じたのだ――


しかしながら、後悔している訳では無い。

「嫌いだった」 と言われては、時間の浪費を防いだとは言えまいか—―



マルマの第一印象は、素朴な女の子。


「はじめまして。女中頭をしております。アンジェと申します。こちらは、城住まいのマルマリータです。鍵番としても、お使いください」

「は、はじめまして! よろしくお願いします!」


落ち着いたふくよかな女性が軽く頭を下げると、親子と言われたら納得しそうな体型をした女の子が緊張を表しながら頭を下にした。


「何でも、言いつけて下さい!」

「もちろん。動いてもらうわよ」


3階の居住区に入るなり、緊張の解けない彼女が口を開くと、言葉通り好き勝手な要求が公妃から告げられた。


夜中まで続いた家具移動。4人は螺旋階段を何度も行き来した。

高価な食器や金銀の装飾をあしらった椅子などは全て倉庫に運ばれて、女中が使う木皿や支度部屋で佇んでいた椅子やテーブルが代わりに設置された。


「なんで、初日の夜中に?」

明日(あす)頼んだら、面倒な人たちって思われちゃうでしょ?」


一段落しての休憩時間。4人が集った食堂でラッセルが公妃に尋ねると、未来のためだと答えが戻った。


「私たちを迎えるために、丁寧に掃除をしてくれた。そうよね?」

「はい…」


公妃が尋ねると、新任の側仕えが頷いた。


「でもね。私たちには不要なの。せっかく用意してくれたのに悪いから、せめて私たちで動かすの」

「…それで、移動したものは、倉庫の肥しですか?」

「いざとなったら売ればいいわ。不作の年に麦を買ったり、怪しい動きがあったら武器を買ったりね」

「なるほど…」


尚書が疑問を挟むと、治世の為だと明答されて、納得の空気に包まれた。


「コイツは偉そうに言ってるけど、俺の提案だからね?」

「あ、余計なこと言わないでよ!」


城主が得意げな伴侶を茶化すと、一同には温かな笑みが広がった――


「どう思う?」

「…素晴らしいと思います」


4人で行った荷運びは、結束を高めるためでもあったのだ。

マルマとラッセル。初めての会話は、彼女に同意を促すものだった。


同じ空気に潜り込もうと、ふっくらとした身体は緊張の中で呟いた――




午後の時間。トゥーラの都市城門から東に向かった一行は、アビリとマルマを案内役に、少し離れてウォレンとライエルが続いていた。


「ねえ、ラッセルさんの、どこが良いの?」


マルマの左側。真顔のアビリが前を向いたままで単刀直入に尋ねた。


「え? そんな…良いなんて…」

「無いの?」


茶褐色の髪が垂れ下がると、アビリが呆れて視線を横にした。


「だったら、ライエルさんの方が格好いいし、信用あるし、絶対守ってくれるでしょ?」

「……」

「それに比べて、ラッセルさんは…なんだか冴えないし、信用は…一部かな。頼りには…ならないわね」

「で、でも…あの人、頑張ってるじゃないですか…」


容赦ない比較を耳にして、マルマは口を尖らせた。


同意できるところはあろうとも、指摘されては抗いたかったのだ。


「そうかもね。でも、ライエルさんだって、頑張ってるから今の地位があるんでしょ?」

「それは…そうですけど…」


認めざるを得ない。

兵卒の鍛錬は勿論のこと、自身の鍛錬も毎朝の日課となっている。


比べてしまっては、貧相な男に勝ち目はない。


「…まあ、好きになるって、そういうもんか」

「す、好きじゃありません!」

「じゃあ、なんなのよ…」

「気になるっていうか…」

「あのね。世間じゃ、それを恋って言うの!」

「……」


後ろを歩く男が本命であるべきなのに、抗っている心を見透かされている…


尤も、本命というのは周りの評価であって、彼女のものでは無いのだが――



蜂蜜の採取は、二時間ほどで終わった。

アビリとマルマの案内で(うろ)を確認すると、全身を麻布で覆ったライエルが、斧を振るって松の根元を震わせた。


行き交っていたミツバチたちが、一斉に暴れ出す。

一針を狼藉者に浴びせようと、ライエルとウォレンの身体に取り付いた。


「ひいぃ。あれ、大丈夫なんですか?」


襲い来るミツバチの群れの中。二人の男ががむしゃらになって斧を振るっている。


数メートル離れた木の裏で、籠の入った麻袋を手にしたマルマが凍り付いた。


「わかんない」

「わかんないって…」

「刺されたら、毒を抜いて水で洗うこと。それでも腫れるけどね」

「……」

「言っとくけど、私たちも行くんだからね」

「おーい。いいぞ!」

「は、はい!」


アビリが覚悟を発したところでウォレンの声が聞こえると、二人が飛び出した。


「はやくはやく!」


女性の4つの手指が麻袋を広げた。

やがて黄色い巣蜜が闇色の洞から現れて、袋がズンと重たくなった。


「あ、痛い! 入ってきた!」

「我慢しろ!」

「え?」

「もう一つ。広げて!」

「は、はい!」


アビリが訴えるも、ウォレンが非情に促した。


腰を据えたアビリの姿勢に、一同は強い結束を表した――



麻布で覆われた4つの人影が、急いでウパ川に足を置く。


ミツバチの逆襲に遭ったのは、マルマを除く3名で、男女に分かれて治療を行った。


「背中にもありますね…」

「はやくして!」


衣服をまくり上げたアビリの白い背中を眺めると、マルマが呟いた。


刺された箇所を指でつまんで、毒素を体外へ。

初春の冷たい水で洗い流すと同時に、毒素が巡るのを防ぐため、刺傷箇所を水で濡らした麻布で塞ぐのだ。


「めんどくせえ!」


ライエルとウォレンは女性陣の上流で。

四肢の至る所に赤みが現れて、ウォレンは素っ裸になって背面から川に倒れ込んだ。


「気持ちいい…」


青空を見上げながら、彼は呟いた。


どんぶらこ。

川の流れに身を任せ、素っ裸の男はやがて女性陣の足下へと流れ着いた。


「よう」

「ぎゃああああああ!」


男が右手を掲げると、アビリの悲鳴が響き渡った。

マルマは呆気に取られて動かない。


「何してんですか!」

「治療」

「あほか! 服着ろ!」

「あ、見える…」


右足を大きく掲げると、アビリはウォレンの下腹部を踏みつけた――



城への帰り道。麻袋を抱えたマルマが城壁の上から覗く四角い城に目をやると、一つを思った。


(そういえば…なんの用だったんだ?)


朝のこと。螺旋階段を地階まで降りたところで、貧相な男が午後の予定を聞いてきた一件である。


(あとで聞くか…)


蜂蜜採取。猫背の男は笑いを提供してくれそうだ。


今度は誘ってみようと心に灯して、マルマの頬は綻んだ。



「網籠から全部、出しちゃって」

「はい」


都市城壁の南側。アビリの声に、マルマは底に沈めた網籠へと手を伸ばし、黄色い巣蜜を取り出した。


「あ……」


巣蜜に埋もれた黒色(こくしょく)は、必死に抵抗した憐れな姿…


「ごめんね…」

「……泣いて、いるのですか?」


マルマが動きを止めて呟くと、仕分けの網籠を持ってきたライエルが、光るものに気付いて声を送った。


「なんか、可哀想だなって…」

「……」

「必死に、守ったんですよね…」


流れるものを認めたら、止まらない。


茶褐色の髪は垂れ下げて、口を開くと、右の上腕で涙を拭った。


「ハチミツ、大事に使わなきゃですね」


続いてライエルに視線を預けると、精一杯に恩愛を伝えた。


「……マルマリータさん」


瞳には、光るものが滲んでいる。ライエルの心には、かけがえのないものに映った。


「私と、一緒になってくれませんか?」


春風が泳ぐ中。見上げるマルマに視線を合わせると、ライエルは想いを伝えた――


「あ、はい…」


春の午後。柔らかな陽射しの中で、マルマは彼の求愛を受け入れた――

お読みいただきありがとうございました。

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