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小さな国だった物語~  作者: よち


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177/218

【177.弔い②】

都市城門の南側。

雪の舞う白い大地を前にして、トゥーラの王妃とリャザンの王子。加えてリャザンの尚書が先の戦いに散った英霊を弔っていた――


「ここが、例の落とし穴か?」

「そう。春になったら、ロイズが花を植えるみたい」

「それは…良い事だな…」

「……」


二人の会話の傍らで、リャザンの王子は瞳を伏せて沈黙を保っていた。


「弔問。ありがとうございます」


トゥーラの王妃はグレヴィの方に向き直ると、右手を胸にして一礼をした。


「当然のこと。リャザンの民を代表して、私は礼を言いたかった」

「…ですが、グレヴィ様。…リャザンを守った者たちは、城内で眠っております。ここで眠っているのは、スモレンスクの侵略者です」

「……」


戯れではない。

動きの止まった王子の前で、リアの琥珀色の瞳は動かなかった――


「これは…人が悪い。トゥーラを襲った…愚か者への皮肉とは…」


朧気ながら意図を読み解いて、グレヴィは冷笑を浮かべながら両の手のひらを広げた。


「ここで眠っている人は、愚かと言われるのですか?」

「……」


雪はますます強くなっている。

白が貼り付く赤髪をそのままに、王妃は視線を大地に向けたあと、再び上目遣いを送った。


「そ、そうだな…彼らは、トゥーラを簡単に落とせると思っていたのではないか?」

「…かもしれませんね。でも、グレヴィ様。それ以上に愚かな者が居たのです」

「……」


一瞬だけ口元が緩んだか。それでもリアは再び視線を強くした。


「それ以上に…」


答えが浮かばない。

眼下の可愛らしい姿が意志を伴って、リャザンの王子は固まった。


「愚かにしたのは、誰なのですか?」

「……」

「リア…」


先の言葉を察すると、ワルフが口を挟んだ。


「今、グレヴィ様は、同じ立場に居るのです」

「リア!」


諫言は、薬になるとは限らない――


背景を理解しながら、主張を重ねて叫ぶ姿には、辟易を招く要素がある――


例え、正論だとしても――


「言い過ぎました。申し訳ありません」

「いや…」


萎れるリアを前にして、グレヴィは瞳を丸くした。


懲罰の対象となる発言。

出陣する将を前にして、士気を挫く振る舞いは慎むべきである――


「父上が…そして尚書が、あなたに惹かれる理由が、少しだけ分かった気がします」


リャザン公である父親から、野心を含む話を聞いたことはない。


何度も聞かされたのは、子供の頃の逃避行。そして奪還戦の残虐行為を前にして、戦場というものを忌諱するようになったということ――


それでもアンドレイの要求に、息子を戦場に差し出した――


忸怩たる思いは幾ばくか。

息子も感じるところであったのだ。



「リャザンは、どうあるべきだと思うか?」


城門を潜って北側の城壁を目指す中、グレヴィが赤髪の王妃に見解を尋ねた。


「スーズダリ…少なくともアンドレイとは距離を置くべきです」

「……」

「アンドレイにも言い分はあるでしょう。でも、やっている事は侵略行為です。キエフに続いてノヴゴロド。大人とは思えません」

「……」

「手厳しいな」


返答に、グレヴィは黙って耳を傾けて、ワルフは苦笑いを浮かべた。


「たかが肉のことでキエフをこんがり焼いて、言い分が通らないからってノヴゴロドに手を上げる。こんなの子供がやることでしょ?」

「確かにな…」


リアの視線がやってきて、ワルフの心に温かなものが広がった。

過去に描いた場景が、まさに現実となっている――


「だが、キエフもアンドレイの一族に渡って、もはや逆らう者はいない。お前ならどうする?」


手段が全く浮かばない――

ワルフは立ち寄った一番の理由を口にした。


「そうね…この出兵も、首謀者が居ないんだから、勝手に軍を退くこともできないしね」

「八方塞がりか?」

「うーん…そうでもないかな。布石は打っておかなくちゃ。スーズダリから首謀者(アンドレイ)が出てこないなら、やり易いでしょ」

「……スモレンスクと、密約を交わすのか?」


浮かんだ一案を、ワルフはリアに披露した。


「そうね…そこまでは要らないかな。スモレンスクはロマン公が出るって話だから、馬を並べるだけで良いんじゃない?」

「ん? ロマン公が出る? どこで聞いたんだ?」

「ん……言わない」


カプスの想いを利用した…

濁った心を吞み込んで、リアは視線を前にした――




北側に足を置く。改めて慰霊を終えてから、一行は城へと戻ることにした。


「キエフは…揺れると思うか?」


雪はまばらに舞っている。

ワルフは起こるであろう未来を口にした。(*)


「そうね…キエフに執着してる人は、少なくとも3人。二人は近くにいるからね…」

「ムスチスラフと、ジミルヴィチ?」

「うん。どちらかは、動くと思う…」

「そうだよな…」

「でも、アンドレイにとってはチャンスなんだよね…」

「ん? どういうことだ?」


話の行方が変化して、ワルフは赤髪の頭頂部を眺めた。


「私だったら、背後を狙うから…」

「……」


アンドレイの思惑は、二正面作戦――


才媛の見解に、二人の足は思わず止まった――


「そっちが、本命ってことか?」

「でも、陣容がね…」

「陣容?」


続いた質問に、リアは違和感を語った。


「アンドレイを信奉してる陣営なんて、殆どいないのよ。誰が背後を衝くの? あるとしたら、息子くらいでしょ?」

「……」


一年前の遠征と比べると、陣容は薄いものとなっている。

カプスの便りによると、キエフと繋がりの強いスモレンスクの領主は動きそうにない。


「という訳で、分かった?」

「は?」


突然に瞳が向けられて、恰幅の良い身体から困惑の声が上がった。


「分からないか…でもまあ、その時になれば分かるでしょ」

「……」


信頼を口にして、幼馴染は少女の頃と同じように勝ち誇った――




翌朝を迎えると、国王ロイズが加わった一行は、トゥーラの北側に足を置いていた。


キリスト教徒のグレヴィが、朝の礼拝を行う為である。

小さな平屋の木造家屋。三角屋根に、木製の十字架が掲げられている。


「おはようございます」


一行に声が掛かって視線を向けると、金髪を背中に伸ばしたライラが母親と共に頭を下げていた。


「ライラ。おはよう」

「え? 王妃様も、礼拝に?」

「いいえ。私は、付き添ってるだけ」

「そうですか…残念です」


ライラは敬虔なキリスト教徒である。

母親の影響で布教活動に勤しむ事もあったが、女中として働くようになってから、布教に従事することは無くなった。


「ごめんね」

「いえ…」

「そなたは神に、救いを求めないのですか?」


リアの姿勢を訝しんだグレヴィが、不思議そうに尋ねた。


「そうですね…私は小さい頃、悪魔と罵られましたから…」

「……」


赤い髪は異端の証――

心無い発言に瞳を落とす彼女の姿を、ワルフは何度も見掛けている。


悪魔と呼ばれた少女が、神を名乗る悪魔に(くだ)るのは、耐え難い事であったのだ――


「お前は、私たちを、トゥーラを救ってくれた。神に救われなくとも、俺たちが、又は誰かが、お前を救ってくれる筈だ」

「…そうですね」


幼馴染が幇助して、側仕えのライラは理解を示した。

続いてグレヴィが口を開く。


「あなたが導いた結果も、神の助けによるものです」

「……そうかもしれませんね」


信徒としては、真っ当な声なのだ――


神様の御心と悪魔の所業。

総てを関連付ける教えに辟易としながらも、異端の王妃は宗主国の王子を立てるのだった――




朝の礼拝を終えて一時間後。都市城門を潜ったところで、ロイズは馬上のグレヴィと別れの挨拶を交わした。


「ご武運を」

「帰還の際に、寄るかもしれません」

「是非」


一方で、赤髪の王妃は幼馴染の元へと足を進めた。


「ワルフ。アンドレイが息子を総大将に据える意味、解ってる?」

「ん?」


解ってくれている()()()――


信頼はしていても、相手は己の分身ではない。

確認を怠って後悔しないように、思い直したリアは見上げる形で問いかけた。


「隠居しているって話だろ?」

「……」


今更といった感覚に、小さな王妃は肩を落として大きな溜息を吐き出した。


「な、なんだよ…」

「あのね。隠居なんて嘘に決まってるでしょ。敵が多くて出てこれないだけよ。ロマン公にグレヴィ王子。会談の機会を逃すなんて、あり得ない。今後を考えても、不自然すぎるでしょ」

「……」

「だから昨日も言った。あなたは、布石を打つこと。分かった?」

「…分かった」

「……」


物足りない返答であったが、リアの唇がそこから動くことは無かった――



「それでは、また」


二つの人馬が背を向ける。


並び立ったトゥーラの国王夫妻は小さく手を振って、戦場に向かう彼らを見送った――

*第173-174話参照


お読みいただきありがとうございました。

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