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小さな国だった物語~  作者: よち


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【17.専守防衛】

「んが……」


同盟調印式(リャザン)からロイズが戻った次の日。

小さな王妃は普段と同じく、子供のように手足を投げ出して、幸せそうに口を開いてベッドの上で眠っていた――


そんな寝室の下。2階の広間では、重臣や住民の代表が車座になって丸太椅子に腰を下ろし、薄い顔立ちをした尚書から式の報告を受けていた。


「……」


ロイズは敢えて輪の中には入らずに、しかし一同の話は十分に届く位置から、意見交換の様子を同じ丸太の椅子に座って静かに見守っていた――


「それでは……今までと、特に変わる事は無いと?」

「そういう事になります。スモレンスクに不穏な動きがあれば、急いでリャザンに援軍要請を。リャザンにとってもトゥーラ(ここ)は重要な砦ですから。潰す訳には行かないのです」

「まあ、そうでしょうな……リャザンからすれば、トゥーラは防御壁みたいなもんですから……」


将軍(グレン)とラッセルのやりとりは、誰もが認識するところ。


トゥーラが堕ちたなら、リャザンは直接スモレンスクと国境を接する事態となる。

リャザンとしては、緩衝材の役目を果たすトゥーラを見捨てる訳にはいかないのだ。


「では仮に、リャザンに不測の事態が起こった時は、どうなるのですか?」

「それこそが、今回の同盟のキモです。自治権と、統帥権もこちらに移譲します。要請一つで手薄になる訳にはいかないと、強く要望したところです」


一人が意見を述べると、尚書が切り返した。


ここに居る住民の代表は、戦いに於いては部隊長。内政に於いては兵糧の管理、武具の保管、修繕などを担うのだ。

小さな城市では、彼らの指示のもと、総ての民が何らかの役割を担っている。


「つまり、先ずはスモレンスクに備えると……」

「そういう事です。スモレンスクは遠からず、必ずや攻め入って来ます。これを防ぐ事しかできない。それが、我々の置かれた現状です」

「……」

「専守防衛。歯がゆいですな……」


空気の淀む発言に、グレンが顎先を触りながら割って入った。


「ですが、こちらから攻めるとなれば、リャザンを頼らなければなりません。勝算があるなら、その機会もあるでしょうが……」


架空の提案を口にして、ラッセルが細い瞳をロイズに向ける。

すると一同の窺いの眼差しが、揃って国王の方へと向けられた。


「え? いやいや……さすがに無理でしょう。兵の数も物資も足りない。リャザンが兵を起こして、こっちが乗るって話なら、別だけどね」


不意に浴びた視線たち。丸まっていた背中を正すと、ロイズは右手を前に翳して抗った。


「ですな……」

「……」


奇策は無い。武力に対しては、抗うのみ。


国王と将軍の意見が一致して、議論は結論を迎えた――


「となると、やることは一つですよ!」


声を発したのは、左右に垂らした前髪の間から整った顔立ちを覗かせるライエルであった。


副将を務めても、若年を理由に会議の場に出席する事は無かったが、ロイズが着任して早々に、出席を促されたのだ。


「これまではリャザンに頼っていましたが、これからは我々だけでスモレンスクを止める。それしかないでしょう!」


あれこれと惑う時。明確な指針を一つでも掲げると、打開を図る楔となる。


普段は物静かな青年が力強く締めた一声は、皆の納得を得るに十分なものであった――




「お疲れさま。どうだった?」


ロイズとラッセルが3階の居住区へと戻るなり、リアの声がやってきた。


寝るのが得意でも、太陽が天頂に届く前には起きるらしい。

毎朝あちこちにハネている髪の毛も、いくらか整えられている。


「現状の確認です。異論は無かったですよ?」

「それなら良かった」


ラッセルの回答に、王妃はちょこんと腰を下ろしたいつもの席で安堵した。


「ところで……」

「何?」


リアの元に足を運んだラッセルが、伺いを立てるように口を開いた。


「ワルフ様の事ですが……」

「……」


尚書にとっての本題は、ここから。


リャザンの重臣の名前が飛び出すと、お昼の穏やかだった執務室の空気が、たちまち緊張に包まれた――


「聞くわ……」


大きな瞳を上にして、リアは落ち着いて続きを促した。


「やはり気になるのは、トゥーラ独立の企図です。リャザンの情勢を考えると、確かに悪くない。しかしそれによって、グレプ公とグレヴィ王子の間に軋轢が生まれている……これを意図したものだとすれば、権力欲に駆られたと言われても、仕方がないでしょう」


ラッセルが、自らの思考を一気に吐き出した。


ワルフの野心的な一面を知ってしまっては、黙っているわけにはいかなかったのだ――


「確かにね……あの人が、それを分からないとは思えない……」


リアの背後。石壁に背中を預けて腕組みをしていたロイズが同意を挟むと、ラッセルが頷いた。


「『リア様に勝ちたい』。酔った勢いとはいえ、あの方は言いました。リア様と同じ舞台に立って、競う事を望んでいるのです」

「……」


尚書の発言に、小さな両手に支えられた白い丸椀が口元で止まると、柔らかな唇に触れる事も無く、テーブルへと戻された。


「競うって……そんなつもり、無いんだけどな……」


虚無に襲われて、リアの視線が下がった。


「私も、その様に申しました。ですがあの方は、リア様と一緒なら、スモレンスクの向こう、キエフにも届くと……」

「無理よ」


冷淡な声色で、リアが遮った。


「はい……あの方は、分かっております。暫くは、国力を蓄える時期だと申されました」

「……ということは、将来ならあり得る?」

「……私は、そう受け取りました」


ロイズの発言に、細い視線が交わると、思ったままを口にした。


「ふう……あの人も、あまり変わっていないわね……」

「……そうみたいだね」


暫くの時間を置いてから、呆れた王妃が一つの溜息を吐き出すと、ロイズが見下ろしながら同意した。


人は早々には変われない。


彼女の発言は、未来への脱皮を望むもの。


小さな背中を追い掛ける青年は、果たして背中の向こう側。彼女が見ている景色を想像できるのか――


「……」


そしてラッセルは、自身が感じた恰幅のよい男の人柄が、幼馴染の二人が描く姿と、それほど離れていない事に安堵した――


「他には?」


目線を再び上げると、大きな瞳になってリアが訊く。


「そうですね……これは全体的な話ですが……トゥーラの独立に関しては、意見が割れているようでした」

「そりゃ、そうでしょうね」

「はい。グレプ公の承認を、覆そうという動きもあったとか……」

「そうは言ってもね……いつかは王子が国政を担うのよね。世代間の争いなんて、遅かれ早かれ起こる筈だからね」

「そうですね……」


相槌を挟んだラッセルが、一つの不安を口にした。


「ちょっと思ったのですが、ワルフ殿が、乱を起こしたりはしませんよね?」

「え?」


唐突な見解に、リアの瞳が大きくなった。


「さすがに、それは……」

「無いですか?」


困惑に、重ねてラッセルが問い返す。


『うーん……』


リアとロイズ。二人は同時に腕組みをして、同じように首を傾けた――


「考えても仕方ない。ただね、私は反逆者と一緒に戦って、汚名を着るつもりは無いからね!」


無言の時間が流れると、リアが吹っ切るように言い切った。


「ワルフは慎重に動く人。反乱なんて起こしても、後始末に時間が掛かる。折角蓄えた国力を、内側に向けるなんて愚かな事は絶対にしない。きっと王位を移すにしても、あの人なりに上手く時間を使って、禅譲という形を目指す筈」

「そうだね……」


小さなテーブルの上。リアが白に塗られた丸椀に右手を触れて話すと、ロイズは組んだ腕を解きつつ、やれやれといった感じで同意の言葉を送った――


「それよりも、問題は西側でしょ」


紅茶を口にして、白い丸椀をテーブルに戻すと、リアが話題を改めた。


「こないだの戦いで士気は削いだけど、戦力を削いだ訳じゃない。必ず、またやってくるわ」

「そうですね……」


ラッセルが同意して、ロイズが小さく頷いた。


「リアとしては、犠牲を出したくないんだよね?」

「なるべくね……だから、守りを固めたいんだけど……間に合うかな?」

「防御壁のことですか?」


ラッセルが、リアの不安に訊き返す。

城から打って出る戦いは、彼女の頭には無いらしい。


「それも一つね。ロイズ(この人)を通して、いろいろとライエルに指示を出しているんだけど……どうかな?」

「だいぶ出来てるみたいだよ」

「そう。よかった……」


ロイズの回答に、リアが安堵の表情を浮かべる――


専守防衛に徹するならば、城壁強化は最優先。

例え背丈の高さでも、敵の足を()げるのだ。


「後は、兵の訓練ね。一ヶ月で仕上げなきゃ」

「一ヶ月ですか?」


リアの発言に、ラッセルの瞳が開いた。


「トゥーラに新しい城主が就いて、お手並み拝見と攻め入って惨敗。今度は本気で来るでしょ? こっちが守りを固める意図は分かってるだろうから、一ヶ月でも長いくらいよ」

「確かに……」


根拠としては十分で、ラッセルが同意した。


「本当はね……スモレンスクの状況が知りたいんだけど……」

『駄目です!』


故郷(カルーガ)への単独行を目論んだあの日の上目遣いは、即座に却下。


「はい……」


敵の情勢を知るのは大事だが、許しが出る筈もない。


肩を窄めて瞳を落とした王妃は、小さな声で観念を表した――

お読みいただきありがとうございました。

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