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小さな国だった物語~  作者: よち


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153/219

【153.依頼】

前回のあらすじ キエフが燃えました。

引き連れた遊牧民、バスチィの裏切りによって捕らえられたミハルコの身柄は、キエフの北方15キロ、初春を迎えたドニエプル川を眼下に望むヴィシェゴロドの城市に移されていた――



「ミハルコ殿、反乱軍を率いたアンドレイの息子が、面会を申し入れてきました!」


高台に築かれた、レンガ造りの城の2階。

ドニエプル川のゆったりとした流れを覗くことができる東側の小部屋に幽閉された男の元に、ポーランド出身のキエフの司令官、ヴワディスワフが飛び込んできた。


「来ましたか…」


虜囚になったとはいえ、ミハルコはキエフを襲った首謀者の弟であり、反乱軍を率いたムスチスラフの叔父である。


穏やかな人柄で、双方から慕われている朴訥な男は、地下の牢屋に放り込まれる事も無く、客人としての扱いを受けていた。


「どうされますか?」


黒褐色の髪色を備えたキエフの司令官は、戻って来る答えは一つだと理解をしながらも、普段に倣って尋ねた。


「……」


キエフに齎された惨状は、夜中になっても赤い不気味な濃淡が揺れ動く、東側の窓から察した――


今後を想えば、久しぶりに会話を交わす甥の口からどんな言葉が飛び出すか、彼には想像することが可能であった――


「捕虜の立場で、断ることはできないですね」

「……」


最大限の配慮が伺える――


太い眉毛に縮れた金髪を備えたスーズダリ大公の弟は、観念したように口を開くと、氷結が崩れてところどころで黒い水面が覗くドニエプル川を眺めていた奥目の瞳を静かに塞いだ――



「ミハルコは、落胆していますか?」


ヴィシェゴロドの城内にある階段を上りながら、キエフに攻め入ったムスチスラフ(スーズダリ大公の次男)は、叔父の側近を務めるキエフの司令官に尋ねた。


「しているとは思いますが、終わった事だと、今となっては受け入れているようにも見えますね」


ミハルコを案じてキエフを離れていたために、ヴワディスワフは直接の難を逃れた。


キエフの危機を伝える伝令の背中を追ってみたが、友が捕らえられたと耳にして、両者の交渉役を申し出たのだ――


「そうですか…」


ヴワディスワフの発言に、スーズダリ大公の息子は幾らかの安堵を灯した――


キエフに足を延ばせば会えると思っていたが、まさか敵同士。

それも自分は総大将。もう一方は敗軍の将として会う事になるとは思いもしなかった――


「……」


父親のアンドレイと叔父のミハルコ。

どちらにも言い分があって、どちらも恐らくは正しい。


しかしながら、キエフの現状を鑑みれば、誰かが立て直すべきだろう――


侵略者となったスーズダリ大公の息子は、父を蔑むような立場には無い事を自覚しながらも、捕虜となった叔父の力を借りるべく尽力しようと決心をした――



「ミハルコ、入っていいか?」

「私には、断る権利などありませんよ」


キエフの司令官を背中に従えたムスチスラフが、木製の扉の向こう側に声を求めると、懐かしい声色が尖った口調でやってきた。


「……」


1161年。父であるユーリー・ドルゴルーキーの逝去から4年後。

キエフの支配から外れる意思を示してスーズダリ大公を称したアンドレイが、反対する父親の重臣たちは勿論のこと、父の後妻、幼い血縁を帝都コンスタンティノポリスへと送ったとき、10代半ば、後妻の子であるミハルコは、兄の横暴には従わず、キエフに赴いて士官を求めた――(*)


「3年ぶりかな」


敗れたキエフの従士は二人。勝ち鬨を上げたスーズダリの従士は総大将ただ一人。

それでも帯刀をしているのは後者だけという状況で、二人は陰影を含んだ表情で顔を合わせた。


「ミハルコ。キエフを…救ってくれないか?」


背後の扉は開いたままで、10メートル四方の小部屋に一歩を踏み出すと、スーズダリ大公の息子は単刀直入に用件を伝えた。


「私に…ですか?」


即答はできない。

背中を翻して窓の外へと視界をやってから、ミハルコは皮肉を含んで訊き返した。


「すまない。俺の力不足だ…」


説得を試みるスーズダリ大公の息子は、素直に現状を訴えた――


「私に頼むということは…スモレンスクも、キエフを襲ったのですか?」

「……」


ヴワディスワフから、あらましは聞いている。

背中を向けたまま、ミハルコは確認をした――


「ああ…バスチィを見て、続いたんだろうな…」

「……」


両手の親指を無意識に隠して、ムスチスラフは残念そうに呟いた。


キエフとスモレンスクの絆は強固であった。

名君モノマフは若い頃、スモレンスクの公であったし、先代のキエフ大公は、スモレンスクを拠点に活動していた。


故にキエフの市民には受けが良い。

襲撃が成功した暁には、十字架接吻の誓いを交わした上で、此度の襲撃の発端となったダヴィドとリューリクの兄である、スモレンスクの公ロマンをキエフに据える考えもあったのだ――


それなのに…

キエフの市民にとって、スモレンスクの赤い旗印に襲われたことは衝撃だったに違いない。


「スモレンスクは、トゥーラを落とせなかったですからね…」


ミハルコは、遠因の一つを呟いた。


小国に跳ね返された悔しさと、目論んだ収奪の成果を、彼らはキエフに求めたのだ――



「それで、私をどうするつもりですか?」


左肩を開いて甥の方へと顔を向けると、緑を含んだ奥目の瞳が鋭くなった。


「キエフたぃ…」

「無理ですね」


ムスチスラフが口を開いた瞬間に、ミハルコがぴしゃりと遮った。


「兄に従った諸侯は10人以上。敗軍の将が統治して、ダヴィドやリューリク、ロマンが納得すると思いますか?」

「……」

「彼らはキエフを焼いたのです。暫くは、足を踏み入れることすらできないでしょう。その間に私が治めようとしても、協力はおろか、妨害してくるに違いない。内憂外患の状態で私をここに置いたとして、あなたはどこへ行くつもりですか?」

「……」


スーズダリ大公の息子は、押し黙ってしまった――


丸投げをしてトンズラすると思われても、仕方がない。


しかしながら彼自身は、報告のために父親の元へと戻らなければならないのだ――


「…手順を踏みましょう」


縮れた金髪を備えた男は、結局キエフを想って口を開いた。


「兄の了承を得た上で、狼藉に加わったルーシの諸侯に誓いを求めるのです。私がスーズダリに戻ったあと、改めてキエフに赴くなら、ダヴィドやリューリクも納得をするでしょう」

「な、なるほど…」


良案である。

ミハルコの進言を耳に入れたムスチスラフの顔色は、途端に明るいものへと変わった。


(まったく…)


部屋の入口で二人を見守っていた上級士官(ヴワディスワフ)は、やれやれと目尻を下げると同時に、お人好しの振舞いに口角を僅かに上げるのだった――




新たなキエフ大公の椅子には、アンドレイの弟でありミハルコの兄であるグレープが座った。


当然ながら、暫定措置である。


彼の甥であるスーズダリ大公の息子(ムスチスラフ)が事情を説明したうえで、平身低頭となって認めさせたのだ――


「絶対に、戻って来いよ!」


領地(ペレヤスラヴリ)からキエフを見守ってきた自負はある。

20歳以上年下の甥に対して吐き捨てるように言い放つと、彼は大役を受け容れた。


そして空いてしまったペレヤスラヴリの公位に、若干12歳の息子を配置した。


後先を考えずにキエフに攻め入った者たちは、単なる幼稚な破壊者であったのだ――



キエフに足を踏み入れたグレープは、(ミハルコ)の助言に従った。


即ち兄であるアンドレイには逆らえなかったこと。

スーズダリ陣営に馬を並べたが、キエフの城市には手を出さなかったこと。


これらを洞窟修道院の上級司祭ポリカルプと協力して、キエフの市民に弁明したのである。



兄をキエフに据えたミハルコは、ポーランド出身の司令官ヴワディスワフを供にして、甥のムスチスラフと共にスーズダリを目指した。


「一先ず、安心したよ」


白い大地を進む馬上のムスチスラフが、並び立つミハルコに安堵の声を吐き出した。


「私は、全く安心できませんけどね…」

「……」


対してミハルコは、膨らんだ目袋の上、緑を含んだ奥目の瞳を厳しいものにした。


「キエフ市民の兄に対する支持は脆弱で、洞窟修道院の蓄えだけでは、キエフを戻すことは難しいでしょう」

「……」


先立つものが無ければ、市民の協力は得られない――


だからこそ市井の人々は、強固な地盤と富を備えた公を求めるのだ――


「それでも、人は強い。寒さも和らいで、誰もが動き始めるでしょう」


友の悲観的な見解に、キエフに長く仕える司令官は楽観的な見通しを口にした。


「そうですね…兄さんなら、余計なことはしないでしょうから、案外上手くいくかもしれませんね」


ヴワディスワフの発言に、少しだけミハルコの心は(ほころ)んだ。


「それでも、兄さんだけにキエフを任せるのは申し訳ない。私たちは私たちで、やれる事をやりましょう」


こうしてスーズダリに向かう一行は、道中の城市や集落に在る教会を訪ねては、キエフに対する寄付を願い出た――


「……」


交渉に当たっている二人の姿を、離れた位置から眺めるしかない侵略者の息子は、いっそう肩身を狭くした――


* コンスタンティノポリス=宗教上の帝都。アンドレイはキリスト教の信奉者。


リューリク朝 略系図②

挿絵(By みてみん)


お読みいただきありがとうございました。

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