表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
小さな国だった物語~  作者: よち


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

15/218

【15.河原にて】

「それではまた、お会いしましょう」


晩餐会の翌日。前日の酒が残った為に遅めの朝食を終えたトゥーラの一行は、早々にリャザンを離れる事にした。


現有勢力の国王派。次世代を視野に入れている王子派。

晩餐会に参加した顔ぶれや政治状況を考えると、長居をしたなら面倒な疑惑を招きかねない。


これは晩餐会の壇上で、息をひそめたグレヴィ王子から提案があり、ロイズが承諾をしたのだ。


行動を素直に図るなら、王子に強い権力欲は無いように映った――


「是非」


5メートルはあろうかという深い堀の上、リャザン城に架かる大きな石橋の中心で、端正な顔立ちのロイズと、小柄なグレヴィ王子が握手を交わした。


「ワルフ、いろいろとありがとう」

「いやいや、両国の為です」


続いて、ロイズが恰幅の良い幼馴染と握手を交わした。

親し気な態度はいらぬ疑念を生みかねない。周囲の視線を気遣って、二人は外交上の礼節に留めた。


「ワルフ様。今後のご活躍、期待しております」

「ありがとうございます。お二人のこと、頼みます」


続いて、細身のラッセルとワルフが握手を交わした。


ラッセルの脳裏から昨夜の違和感が外れる事は無かったが、それを問い質すような時間は無い。

快い別れを演出するつもりは無かったが、励ましの言葉が無意識に口から飛び出した。


「さて、それでは行きますか」


やがて3名が、馬上の人となる。

ロイズが声を上げて十数人の見送りに背を向けると、無風の晴天の下、青いマントを揺らして愛馬の足を進めた――



「グレン将軍」

「は。何でしょう?」

「一日予定が空いた。今日は、早めに休む事にしましょう」

「そうしますか」


本来ならば、リャザンにもう1泊する予定であった。

リャザン公国の都市城門を抜けてしばらく、右を向いたロイズが「分かっているな?」 といった視線を送ると、四角い顔の将軍が表皮を緩めた。


「その前に、ひとつ頼まれて欲しいのですが……」

「なんでしょうか?」


グレンが答えると、馬を寄せたロイズは何やら耳打ちをした。


「ところでラッセル。この辺りに、良い釣り場はあるか?」


往路で共にできなかった負い目がある。

続いて左に顔を向けると、ロイズはリャザンに長く住んでいた薄い顔の尚書に尋ねた。


「ありますよ? でも、良いのですか? 私が、有利になりますが……」


ラッセルも、当然その気である。

口角を僅かに上げると、勝ち誇ったように猫背を真っ直ぐに伸ばした。


「ハンデだよ」

「おっと。それは私が言うべきセリフですよ?」

「む?」


都会育ちは引き下がれ。見下したようにロイズが言い放つと、グレンが割って入った。


「ははっ」

「ははは」

「はははは」


トゥーラの代表としての初仕事。

場違いな状況下で緊張を強いられて、政治的な思惑もあって発言にも気遣った。


諸々の条件から解放されて、頬を緩めて笑い合う。


それは歳や身分といった、普段から胸に燻っているものが全て除かれた、穢れのないものであった――


「少し行った左に、よいところがありますよ。野営もできます」

「じゃあ、今日はそこまでにしよう」


ラッセルが右腕を伸ばすと、薦めに応じたロイズは後ろに続く兵士たちへと振り向いて、軽やかな足取りを確かめた――



起伏の緩い大地が一斉に陽光を求めると、濃淡の緑たちが短い夏を謳歌する。


愛馬で先頭を進んでいたロイズは、正面に樫の木の集った場所を認めると、右手をゆっくりと掲げた。


「今日は、ここまで」


察すると、グレンが手綱を引いて愛馬を止めた。

四方を囲う樫の木が、互いに遠慮をしている空白地。

木漏れ日が降り注ぎ、川の流れが微かに鼓膜を揺らしている――


「赤い布が付いた荷車を曳いている者は、私と来るように!」


グレンが一部に指示を送ると、薪でも拾う為だろうか、一団は奥手にある白樺の林へと馬を進めた。


その後を、麻布で覆われた、リャザンで調達した数台の荷車たちが、悪戦苦闘をしながら続いていった――


「さて、残った者は野営の準備! 終わったら、自由時間です!」


太陽は天頂を過ぎた頃。ロイズの発言に、ワッと笑顔が広がった。


「釣竿なら、たくさんありますからね。夕食を豪勢にしたい人は、使ってください」


誰もが腕に覚えがある。

国王自らが、煮炊き用の石積みを組みながら放った勧誘に、部下たちの士気はどうしたって上がるのだった――



「終わりました!」

「こっちも、大丈夫です!」


次々と、完了報告がやってくる。

結果、普段の半分ほどの時間で野営の準備が終わった。


毎回こんな調子なら、一日の行軍距離も伸ばせるが、それは語ったところで無駄である。

遊びに行く時は早起きに。そういうものなのだ――


「よし。じゃあ行くか。ラッセル、案内してくれ」

「はい」


腰を上げたロイズが指示を送ると、ラッセルを先頭にして、ぞろぞろと一行が樫の木の向こう側へと足を踏み入れた。


「おお。良さそうなところだな」


やがてロイズの眼前に、太陽の光を浴びてキラキラと輝く湖面が現れた。

面積は、トゥーラの城下と同じくらいか。


「そうでしょう?」


左手を腰に当てたラッセルが、ふふんと背中を真っ直ぐに伸ばした。


「よし、先ずはエサ捕りだな」


ロイズは言いながら真っ先に湖畔へと走り出し、浅瀬から水の中へと入って行った。

細かい水しぶきが陽光に照らされて、七色の光をキラキラッと放った――


「俺も、手伝います!」

「冷てえ!」


国王の姿に感化されたのか、一人の男が駆け出すと、他の兵士たちも水しぶきの中へと飛び込んだ。


湖底に両手を突っ込んで。或いは水草の茂る湖畔を掻き分けて。

エサとなる虫を探すため、皆が童心に帰った――


「これは、楽しそうですな」


そんなところへ、一仕事を終えたグレンの一行が戻った。


「では、私も手伝いますか」


湖畔には、兵士の靴や麻の衣服が散らばっている。

グレンは衣服を脱いで裸になると、緑の一角に衣服を投げ捨てて、最年長とは思えない軽やかな足取りで水を求めた。


どれだけ年を取ろうとも、男は容易に少年へと戻るのだ――



「一番の大物を釣った奴は、リャザンの土産、持って行って良いぞ!」


それからは、全員参加の釣り大会。それぞれが思い思いに竿を出す。


やがて魚がスレてくると、初夏の暑さも手伝って、水遊びに興じる者が出現し、完全に無礼講の自由時間となっていた。



「しかし……ロイズ様もラッセル殿も、随分と体つきが変わってきましたな」


鮮やかな新緑の上。

心地良い風と日差しに任せて身体を乾かす二人の裸に、水から上がって水滴を払うグレンが結構なことだと労った。


いかつい体には、勲章でもあろう、大小の傷跡が刻まれている――


「農作業は、身体を鍛える目的もあったみたいですよ」


想えば住民総出で行った開墾作業では、グレンに随分としごかれた。

膝を抱えて座るラッセルは、苦笑いを含んだ。


それでもロイズの身体は細いまま。ラッセルに至っては、貧弱としか形容できない――


「なるほど。さすがはロイズ様ですな。槍の一突き、刀のひと振りだって、違ってきますからな」


左手を腰に当てがって、四角い顔が満足そうに微笑んだ。


(俺じゃないけどね)

(リア様ですけどね)


ロイズは視線を上にして。ラッセルは膝頭に顎を乗せ。


二人は心の中で同様の返答を浮かべるのだった――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ