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小さな国だった物語~  作者: よち


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12/218

【12.再会】



「ふあぁ」

「なんだ? 眠そうだな」


リャザンに向かう二日目の朝。出発直後に右手を口元にしたラッセルに気が付いて、青いマントを羽織ったロイズが口を開いた。


「あまり、眠れなかったんですよ……」


細い目を無くしたラッセルが、右手で頭を掻きながらぼやいた。


「そうなの?」

「ちょっと、緊張してるんです……」

「え? なんで?」


意外だな。声を高くしたロイズが思わず訊き返した。


「なんでって……グレプ様に謁見するんですよ?」


ラッセルにしてみれば、半年前には雲の上の存在だった人物だ。

勿論、ロイズにとっても同様の筈である。


「え? そんなの、俺だって国王なんだろ?」

「まあ、そうですけどね……」


スグに潰されそうな、できたてほやほや、守ってもらう立場の弱小国家と、移民を積極的に受け入れる度量を示し、ルーシの東を守る存在感といったものを放つ大国とでは、比べるのもおこがましい。


自分が変奇なのかと錯覚するほどに、ロイズの態度に変化は見られなかった。


「全く、あなたはお気楽ですね……」


んーっと両腕を青空に向け、馬上で伸びをする上司に対して、薄い顔立ちに呆れた表情を浮かべたラッセルは、届かないであろう皮肉を口にした――




二日目の行程も順調に進んで三日目に入ると、いよいよリャザンの領内へと足を踏み入れる。

尤も、元は同じ領地であったので、明確な国境も無い。加えて、定める予定もない。


「確認ですが、先ずはグレプ国王に謁見。調印式を行って、夜は晩餐会の予定です」

「晩餐会は、楽しみですな」


一行の先頭。ロイズの二馬身先で尚書がグレンに声を掛けると、四角い顔は右手で顎を触りながら、にんまりとした笑顔を浮かべた。


「グレン様、前を」

「お?」


兵卒の声に目線を上げると、地平線に人馬の姿が覗いた。


リャザンからの出迎えらしい。

足を止めた一行の元へ、二人の騎兵が速歩(はやあし)となってやってくる。


「出迎え、ご苦労」


一完歩を進み出て、グレンが労いの声を発した。


「ようこそ、リャザン公国へ。ここからは、我々が先導致します」

「よろしく頼む」


グレンが応じると、一団の先頭にリャザンの騎兵が並び立った――


(目印でも付けるか……)


兵装に違いが見られない。

国が違うなら、率いる軍隊も別である。


リャザンからやってきた兵士の後ろ姿を眺めながら、軍事を担う男は先々の戦いを見据えるのだった――



「やはり、大きいな」


オカ川を左手に眺めながら馬を進めると、白樺の木々の向こうから赤褐色の都市城壁が現れて、グレンが感嘆の声を漏らした。

高さは変わらずとも重厚な造りで、何より奥行きがトゥーラとは比べ物にならない。城の大きさは人口に比例して、即ち国力とも言えるのだ――


ムスチスラフⅠ世の崩御を発端としたキエフ大公を巡る争いにより、戦禍を逃れた民衆は東への移動を余儀なくされた。


リャザンより東側はポロヴェツと呼ばれる遊牧民族が支配する地域であり、移民の足は東端で留まる事になる。


元はトゥーラと同程度。人口1500人ほどの小さな領地であったが、過去には北方のスーズダリからの侵攻を受けて国を一時(いっとき)離れるほどの境遇となり、戦禍の民の苦しさを知るグレプ国王は、親交を結ぶ遊牧民の支配地域への流入を防ぐ目的もあって、移民を快く受け入れた。


貧しい者は、道中にて斃れる。

無事に流れ着いた移民達は、有能な者が多かった。


陶磁器、左官、木工細工に武具の修繕――

足を休めたそれぞれの土地で、培った腕を頼りに路銀を稼ぎ、東へと歩んできたのだ――


結果としてこの頃のリャザン公国は、ポロヴェツとの間に長大な城壁を築き、およそ50ヘクタールにも及ぶ広大な面積を有する一大国家となっていた――


凡そ四半世紀の間の大発展。

十字軍を始めとする当時の紛争が、如何に残虐非道であったのか。如実に(あらわ)す事象である――



「何年ぶりですか?」

「5年は……経っているな」


馬上のラッセルが尋ねると、姿勢はそのままでグレンが答えた。


「それはまた、長いですね……」


生まれた土地で一生を過ごす事も珍しくない時代だが、将軍ともなれば多少の異動があっても良さそうだ。

意味するところは、スモレンスクと対峙するトゥーラにとって、絶対に必要な人材だという事実である。


「ロイズ様が到着された旨、お伝えするように!」

「はっ!」


一行が赤褐色のレンガ造りの城門で立ち止まると、トゥーラでは一生お目にかかれないであろう威勢の良い伝達が飛び交って、やがて城門の下へと進んだ。


(なかなかに、強固だな……)


改めて視線を巡らせた将軍は、造成の細部までを観察し、攻守の場面を思い描いて、軍を率いる立場ゆえの、興味本位の思索(しさく)を重ねるのだった――


「独立した、トゥーラの領主らしい」

「強そうだねぇ」


城への道中。青草の生える大地を進んでいると、見物に訪れた民衆から感嘆の声が上がった。


どうやら先導役の騎兵に続くグレン将軍を、トゥーラの国王だと認識したようだ。


「……」


それでもロイズは耳へと届く会話を正すような素振りもなく、人々の視線にイレこんでしまった愛馬を宥めるために、前のめりになったりしていた。


背中に羽織ったマントが、今にも外れそうである――


(威厳が無いのも、考えものですね……)


神輿が貧相であれば、担ぐ者の士気はどうしたって下がる。


うだつの上がらない上司の背中を眺めると、ラッセルはやるせない想いを吐き出した――



小さな要塞国家とは違って、リャザンの道は整然としたものではなかった。


人口の急増に伴って、構えた都市城壁の外側に家屋を建てる形で、城壁の移設を繰り返した結果である。

故に家屋も教会も、あちこちに混在していた――


都市城門から約10分。城の周囲に築かれた、幅20メートルはあろかという大きな堀が視界に入った。

トゥーラの城も堀で囲まれてはいるが、深さも幅も倍以上である。


「入城は、5名でお願いします」


堀に架けられた石橋の手前でリャザンの兵士が振り向くと、四角い顔が頷いた。


ロイズにラッセル。グレンと護衛が二人。

残りの兵士は城下町の一角に設けられた兵舎で過ごす。


城内へと赴くトゥーラの一行は、横一列となっても十分に渡れそうな石橋を、縦列となって渡っていった――



「リャザンへ、ようこそ」


石橋を渡り終えて大きな拱門を潜ると、緑の低木を穏やかな曲線に、足元の緑は小指の長さほどに刈り揃えられた美しい中庭が覗いた。


その刹那、待ちかねたように、一人の小太りの男の歓迎の声がやってきた。


「ワルフ!」


懐かしい声色に、先頭に立っていたロイズが思わず下馬をする。


「久しぶりだなぁ」

「元気そうだな!」


全く事情を知らないグレンが驚く傍らで、自然と二人はお互いの手のひらを握った。


いくら小さな国家であろうとも、王に対する態度としては軽すぎるが、この場でそれを問うのは野暮というものだ。

国王が馬を下りたので、一同は揃って下馬をした。


「どうだ? 国王の椅子は」

「おかげさまで、座り心地が悪いよ」

「ははは」


冗談とも本気ともつかない発言は、本音である。

従士の二人はロイズの返答に朗笑するワルフを眺めると、顔を見合わせて苦笑いを浮かべた――


「ラッセル様は、どなたですかな?」


続いてワルフは、トゥーラの尚書を求めた。

同盟締結に至った感謝と労いを、何よりも伝えたかったのだ。


「あ、はい。ここに」

「おお! はじめまして。この度は、本当にありがとうございました」


一歩を進み出て細身のラッセルが答えると、重そうな体を揺らしたワルフが近付いた。

トゥーラの尚書が右手を差し出すと、肉付きのよいワルフの両手がラッセルの骨ばった手指を包み込んだ――


「暑いでしょう。先ずは、城内にお入りください。後ほど、段取りをご説明致します」

「はい」


続いて、事務的な挨拶が述べられた。

相手は宗主国。幾らか高圧的な態度が取られるかと心配していた一同だったが、一連の流れは簡潔で、トゥーラの面々はそれぞれが好感を抱いた――


「グレン様ですね」


次にワルフは、グレンの元へと足を進めた。

体格だけを見れば変わらぬ二人でも、片や筋肉、片や贅肉という、全く異質なもので覆われている。


「は」

「先の戦い、お見事でした。リャザンの臣下として、お礼を申したい」


右腕を胸に当てたワルフの頭が、(うやうや)しく下がった。


「いやいや、顔を上げてください。私などは、為すべき事をしただけです」


慇懃な挨拶に、グレンはスッと両手を伸ばすと、ワルフの両肩に触れながら恐縮をした。


「いやいや、ご謙遜を。我々は助かったのですよ。(いくさ)の準備をしていたところに、戦勝報告が届いたのですから。お分かりでしょう?」


いくら大国であっても、(いくさ)となれば兵士は勿論、住民も戦場へ赴く事になる。

死を覚悟したところに揺るぎない生を得たのだから、感謝は当然というわけだ。


「それは、そうでしょうが……」


納得はしつつも、一番の手柄は隣に立つ国王だ。

まるで自分だけに向けられた感謝の言葉には、再度の恐縮を浮かべるしかなかった――



「先ずは、こちらでお控えください」


入城し、入り組んだ城の廊下をしばらく歩くと、一行は控えの間に通された。


長方形の立派なテーブルが中心に、背もたれの付いた木枠の椅子が長辺に4脚ずつ置かれている。

少し上ってきたらしく、正面の二つの窓からは、樫の木の茂った緑が確認できた。


「ラッセル様は、共にお越し下さい」

「あ、はい」


続いたワルフの発言に、ラッセルの薄い顔が応じた。


「それではロイズ様、後ほど」

「ああ」


尚書がロイズに一声を掛けると、二人は段取りを確認する為に、一旦部屋を後にした――



「ロイズ様は、リャザン(ここ)の文官だったのですか?」


二人となった空間で、四角い顔のグレンが何気なしに尋ねた。

二人の護衛の従者は、扉の向こうで直立をしている――


「そうですね……下っ端の役人でしたね。ワルフに請われてトゥーラへと赴任したのですが、不安しか無かったです」

「なんと、そうだったのですか! あの方には、感謝をせねばなりませんな!」


マントを剥いで、麻の上着を脱ぎながらロイズが答えると、グレンの頬が綻んだ。


「感謝ですか……」

「はい」

「できるだけ、期待に応えようと思ってます……」


望んだ現状ではない。

要職に就いた経緯を語ったところで同情すらされないであろうし、何より士気に関わる。

ロイズは平らな口調で述べたきり、この話題を遮った――


「さて、ラッセルが戻るまで、休みますね……」

「あ、はあ……」


続いて椅子を引いて腰を掛け、背もたれに背中を預けると、逃げるようにして瞼を閉じるのだった――



「ロイズ様…」

「ん?」


控えの間に戻ったラッセルが、テーブルへと身を伏せて、両腕を一杯に伸ばして寝ているロイズの右肩を、小さく揺らした。


「ああ、用意できたか?」


とろんと重たそうな瞼が開くと、覇気の無い声を出しながらロイズが上半身をゆっくりと起こした。

口元には、透明な液体が覗いている。


「まったく……よく寝ていられますね……」

「だって、署名するだけだろ?」


呆れるラッセルの発言に手首で口を拭うと、ロイズは腕を上げて伸びをした。


「そうですけど……」


異存は無くとも、威厳がないのは仕える者としては物足りない。


尤も、だからこそ民には好かれるのであろうし、臣下としても意見を述べ易い。

是非の判断は、揺らぐところである。


「ところで……グレプ国王は体調が少し優れないとの事でして……控えるとの事です。代わって、グレヴィ王子が代理を務められると……」

「了解。どっちでもいいよ」

「先々の事を考えれば、その方が良いでしょうな」


ラッセルの報告に、ロイズとグレンがそれぞれに口を開いた。


「そうですね。王子との繋がりを持っておいた方が、良いと思います」

「そうかもね」


世代交代までを視野に入れた尚書の見解に、ロイズは穏やかな同意を表した――


「最後にもう一度、条文を確認して下さい」


ロイズの眼下に書面を広げると、ラッセルが促した。


「特に、変更はない?」

「見たところ、ありませんね」

「了解」


ロイズの態度が軽いのも、ワルフを信用しているからである。


広げられた書面に一通り目を通すと、ロイズは乳白色の羊皮紙をラッセルへと戻した――



「ご用意できました」


やがて扉の向こうから、一行を促すワルフの声がした。


「それじゃ、行きますか」


応える形で、ロイズがテーブルに両手をついて立ち上がる。


続いて背中に両腕を伸ばして身体をほぐすと、数秒間だけ瞼を閉じて心を正し、一国を束ねる王の顔になってから、一歩を進めた――

お読みいただきありがとうございました。

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