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小さな国だった物語~  作者: よち


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【11.役割】

トゥーラとリャザンの間は、およそ140キロ。

ロイズの一行はその距離を、余裕をもった三日の行程で進むことにした――


起伏に乏しいルーシの大地。諸公国を繋ぐ主な交易手段は、意外にも水路である。

ドニエプル川やヴォルガ川、オカ川などの穏やかな河川を利用する。


河川と河川を移動する際には、連水陸路と呼ばれる船の通り道が設けられ、船を引きずって、或いは持ち上げて移動した――



「今日は、ここで野営にする。火をおこして、飯の用意!」


予定していた行程を無事に終え、愛馬の手綱を引いたグレンが高らかに指示をした。


「先導、ご苦労様でした」

「いえいえ。最近は農作業ばかりでしたからな。こうして城外へ出られるのは、願ったりですよ」

「ところで、この辺りを野営地に選んだのは、何故か分かりますか?」


下馬をした将軍をロイズが労うと、続いて思惑交じりに問いかけた。


「分かっていますよ。だから、私も急いだのです」


日照時間の長い初夏。早く着いたなら、自由な時間が生まれ出る。

口角を上げて答えると、四角い顔の将軍は白樺の幹に愛馬を繋いだ。


「ラッセル、すまんが、ちょっと出掛けてくる。留守を頼む」

「あ、はい」


ロイズの声に細身の尚書が振り向くと、二人は釣竿を持って立っていた。

衣服の膝下を捲り上げ、擦り落ちないように結んでいる。


「完全に、遊ぶ気ですね……」


ラッセルは、細い目をさらに細くした。


「何を言う。夕食を捕りに行くのだ」

「はいはい」


国王の苦しい言い訳を、お好きになさいとラッセルがあしらった。


「ついでに、薪も拾ってくるよ」

「お主も、あとから来ていいぞ」


おざなりな言葉を吐いて翻ると、二人は子供のように駆けだした。

親子ほどに年の離れている二人だが、非常にウマが合うようだ。


トゥーラとリャザンの間には、ウパ川やオカ川の支流が幾つかあって、釣りは実利を兼ねた遊びでもあったのだ。



「調印式へは、グレン将軍を同行させてね。軍のトップと国王。仲の良さを示すのも、国防の一環だから」


軍と政府が違った方向に指を差し、大きな亀裂を生んで悲劇を迎える国家は後を絶たない。


(私は、帰りに遊ばせてもらいますか……)


ラッセルは王妃の言葉を浮かべると、童心に帰ることなく二人の背中を見送った――



「釣る前に、薪拾いでもしますか?」

「そうですな」


ロイズが尋ねると、グレンが快く同意した。

収穫ゼロだったときに詫びる材料を、先に用意しようという魂胆だ。

二手に分かれ、乾燥している小枝を探しては、手にした大きな網籠へ、ヒョイと放り込んでいく。


「ひとまず、このくらいで良いかな」


小一時間も経った頃、ロイズは痛みを発した腰や背中を伸ばしながら呟くと、グレンの姿を林の中に探した。


「……」


ふと、子供の頃を思い出す。


狩りに付いていった時だろうか。

白樺が林立する薄暗い森の中。見失った父の姿を探しては、声を出し続けた少年の日の事を――


「これだけあれば、文句も言われんでしょう」


小枝で一杯になった二つの網籠を眺めると、グレンが自信を表した。

当然ながら明日も野営予定。助かる筈である。


「じゃあ、行きますか」

「行きましょう」


置いてきた尚書に悪びれる様子もなく、二人は遠慮なく童心へと帰るのだった――



「今夜の飯に追加だ!」


兵士が食事の準備を終えたころ、二人が足取り軽く戻ってきた。グレンの得意気な、戦場では聞けない明るい声が鳴り響く。


「おお。大漁ですね!」

「さすが、グレン将軍!」


鍛えた右腕を掲げたグレンが、歓呼の出迎えを部下から受ける。

手にした二本のツル草には十匹ほどの魚が吊るされて、夕陽に照らされた鮮やかな魚鱗たちが、キラキラとした色彩を四方八方へと放っていた。


「皆、ちょっと待て。半分は俺だ!」

「6対5。負けは負けです」


グレンの隣で、薪がいっぱいに入った二つの網籠を両手に持たされたロイズが口を挟むと、負け犬の遠吠えとばかりに、蔑んだ口調で将軍が諭した。


「くっそー。帰りにもう一回、勝負だ!」

「受けて立ちましょう」


国王にも関わらず、ロイズが重そうな網籠を持っているのが微笑ましい。

二人のやりとりに、穏やかな笑い声が兵士たちの間に広がった――



野営となれば、天幕の片付けに馬の世話。食事を作って食べてからの出発準備。

起床と共に作業が続くため、就寝時間はどうしたって早くなる。


それでも旅行先の子供のように、なかなか寝付けない者も少なからず存在していた――


「眠れぬか……」


パチパチと音を立てる炎の気配にグレンが目覚めると、天幕の外へ足を伸ばしてひんやりとした空気を纏った。

目の前には焚火の薄明り。ゆらゆらと揺れる小さな炎を眺めて座っている細身の尚書に尋ねた。


「すみません。起こしてしまいましたか」


人の気配に顔を上げ、グレンを認めたラッセルが、先ずは謝った。


「気にする事はない。それより、どうかしたか?」


星明りを上にして、河川を流れる水の音色が心地良い。


そんな中、グレンはラッセルがなんだか思い詰めた表情をしているのが気になって、塞いでいる子供に話し掛けるように声を渡した。


「実は、ちょっと、緊張をしておりまして……」

「ほう……」

「トゥーラに赴任して半年。地方の役人が、国王付きの尚書ですよ……」


思わぬ言葉がやってきて、右手で顎を触ったグレンが相槌を放つと、薄い顔に炎の揺らぎを浮かべたラッセルが、しみじみと口を開いた。


「それを言うなら、ワシも同じだがな。地方の武官が、将軍様だ」


いかつい体のグレンが同じようなものだと返すと、ふっと顔を向けた細身の尚書の隣へと、ゆったりと腰を下ろした。


「はは。確かに…」


二人の間に、小さな微笑みが生まれ出る。

普段はあまり接点のない二人だが、少なからず距離が縮まった気がした――


「ですが、将軍には実績があります。それに引き換え、私には、何もありません」

「……」

「場違いな所にいるな……なんて、思ったりするのです」

「……」


女性でありながら、次々と明瞭な指示を飛ばす小さな王妃。

見事な演説をこなした国王に、意気揚々と凱旋を果たした両将軍。


対して、自身は重臣という立場でありながら、冴えない風貌が尾を引いて、城の女中からも冷遇されている。


「そんな私が、指示する側にいる……おかしいでしょう?」


薄い顔立ちが、臆する気持ちを吐き出した。


「そんな事を思っておったのか」


しかしながら、背中を丸めるラッセルの鼓膜には、意外な言葉が届いた。


「自意識が過ぎるな」

「……」


続いて遠くを見やるようにして、些細なことだとグレンが言い切った。


「いいか? おぬしの発言は、おぬし自身の言葉では無い。ロイズ様の考えを、代弁しているに過ぎん。ワシらだって、そう思っとる。違うか?」


大きな(まなこ)。諭すような声色が、細い瞳に向けられた。


「……その通りですね」


ラッセルは、素直になって認めた。


「だったら、おぬしは立派に務めを果たしておるじゃないか」

「はあ。そうなんですかね……」


グレンの明るい励ましに、薄い顔の尚書は心許ない相槌を漏らした。


「勘違いするなよ? ロイズ様の言葉におぬしの考えを容れたら、いったいそれは、誰の言葉になるんだ?」

「……」


諫言に時間が止まって、尚書の脳裏には一人の姿が浮かんだ――


政治の話に関与しないのは、王妃の代弁者に徹しているから――


女であるが故、溢れる才能がありながら、表に立てない彼女に成り代わっている。


『他の誰にもできないことが、あの人にはできるのよ』


あの日の王妃の言葉が蘇った――

訳者であるのなら、そのままを伝えればよい。真っ直ぐに、リア様を信じる。それだけのこと――


「……」


しかしながら、権力を握った者が、己の意向を全く容れないということが、どれほどに困難か……


グレンの言葉から、ラッセルは自覚した。


「ありがとうございます。肝に銘じます」

「そうか……」


覚悟の声を認めると、グレンは細い背中をぽんと叩いて励ました――



「そういえば、教えて貰いたい事がある」

「なんでしょうか?」


焚火の癒しを享受していたグレンが声を掛けると、ラッセルが訊き返した。


「いや、春先の戦いもそうであったが、独立後のロイズ様を見ていると、本当に素晴らしい方だと思ってな」

「……」

「赴任した頃は、馬術も剣術も並以下で、着任の挨拶では緊張で声がひっくり返って……本当にこの人が城主で大丈夫か? と思ったくらいだ」


失礼は承知で、率直な感想をグレンが並べた。


「今はどうですか? 人並みくらいには、なっていますか?」

「ははっ。どうかな?」


ラッセルが尋ねると、グレンの答えは濁った。

彼が願うレベルには、恐らく達していないのだ。


「せめてご自身だけでも、守れるようになって頂きたい」

「そうですね……」


自身だけではない。もう一人を守れるようになってもらいたい……

ラッセルは、王妃の微笑みを脳裏に浮かべながら同意した――


「おぬしもだがな」

「……頑張ります」


他人事のような相槌に、グレンが四角い顔を向けると、ラッセルは苦笑いを浮かべて両膝の間に顎を埋めた――


「あの方を守らねばならん状況になった時、恐らくはわしより、おぬしが側にいるだろうからな……よろしく頼む」

「……」


未来を見据えた真摯な発言。ラッセルは表情を固くした。


せめて二人を守れるくらいには……男は新たな誓いを立てるのだった――



「……それで、お話というのは?」

「おう。それだ」


尚書が口を開くと、グレンはうっかりしていたと、改めて問いを送った。


「わしとライエルは、ロイズ様がリャザンにおられた頃の様子を知らないのだ。おぬしは、付き合いが有ったのか?」

「いや……私も、そういうものは無いので……」


ラッセルは素直に答えた。

実際リャザンに居た頃は、赴任話が(もたら)されるまで、認識すら無かったのだ。


「ただ……」

「ただ?」

「あの方が、トゥーラに来てからの、数々の努力は知っています」

「……」


グレンの想像と、ラッセルが見てきた光景は随分と違う。

しかしながら、真面目に語るラッセルの表情は、グレンを誤解させるに十分なものだった――


「なるほど……実はわしは、あなたが一枚噛んでいるのかと思っていたのだがな。違うようだ」

「いやいや……」


グレンが核心を突くように立ち上がると、ラッセルは小さく首を左右に振った。


「意見は出しますが……ほんとに助言程度ですよ……」


真相を語る訳にはいかない。

適当な言葉を吐き出して、ラッセルはこの話題を終わらせた――

お読みいただきありがとうございました。

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