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小さな国だった物語~  作者: よち


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108/231

【108.慰霊式①】

リアが政務に復帰を果たして、六日目のこと。


トゥーラの都市城壁の北側では、厳かな空気が漂う中で、簡易な形ではあるが、慰霊式が執り行われようとしていた――


参列者は、スモレンスク公国との戦いによって命を落とした遺族と関係者に限られた。

これは故人を悼む心情を、見世物のように扱うべきではないという、ラッセルなりの心遣いであった――



「慰霊式ですか…国王様の、ご配慮なのでしょうかね」


式の三日前。自宅の食卓で、夫のグレンから式の開催を耳にした妻のアンジェは、テーブルに置かれた白湯の入った木製の丸椀に右手を触れて、感じたままを口にした。


「うむ…」

「城で働く者の中にも、遺族がおります。勝ったと周りが浮かれる中では、辛い事でしょうね…」

「……」

「それでも、一つの区切りとして、国王様の名で弔いの式を行うというのは、良い考えだと思います」

「…そうだな」


多くの部下が、命を落とした。

グレンが担当した南側の死者は数名であったが、それでも投石器からの砲弾によって負傷した者は多かった。


「……」


激戦が予想された西側よりも、敵の侵入を許した北側での戦禍が多大であったのは、痛恨の極みである。


防御柵が破壊され、都市城壁を巡る攻防が始まっても、北側だけは敵の動きが鈍かった。

故に戦いに長けた者が西側への援軍に回ったが、結果としてそれが若い犠牲者を増やす要因となったのだ。


予測はあくまでも予測。命を失う可能性は配属先の戦況次第。

実際に戦火を交えなければ、分からないのだ――


「お前も、出るのか?」


呟くように尋ねると、グレンは晩酌を口へと傾けた。


「ええ。式の手伝いをする者が必要ですしね。あと、王妃様もご出席なさるとか…」

「なに? リア王妃が?」

「ええ。なんでも女中の姿で、私の傍に就くという形で…というお話です」

「なんでまた…」

「あなたもそうでしたけど、国王様が独り身だと思っている者は、結構居るんですよ? 慰霊の場に王妃様が出られるなんて知れたら、趣旨が変わってしまいます」

「…なるほどな」


自身の姿に注目が集まるような事象は、あの聡明な女性が最も嫌うところだろう。


妻が述べた説明に、グレンは納得せざるを得なかった――




遺体が埋葬されたのは、トゥーラの北西に聳える樫の木の付近。射撃塔の東側。

次に戦いが起こったなら、再び戦場となる可能性が高い場所である。


本来の墓地は城壁の外。北側の林の中にある。

しかしながら埋葬を行った当時は凄惨な現場が残った上に周囲に壕を巡らせた状態で、行き交う術がなかった。

加えて真夏という事もあり、遺体の腐敗は止まらない――


それならばと、都市城壁の内側に埋葬をする運びとなったのだ。


「なんでまた、こんな場所にしたんだ? 東の方が、静かではないか?」


主催者側として、国王ロイズが墓地の正面に足を置き、左側にグレンとライエルの両将軍が並んでいる。


戦禍の跡が生々しいこの場所は、果たして埋葬場所として相応しいのか…

四角い顔の将軍が、ライエルに疑問を呈した。


「この場所は、陽の光が一番最初に当たりますので…」


整った顔立ちの、少年のような面影を残すライエルが、墓標を見据えながら説明をした。


共に戦った静かとなった部下が30ほども並んだ隣で、生き残った者たちは無言で土を掘り起こし、麻の袋を大地に沈めると、兄との時間を分かつ訪れに、ようやく一人の若者が涙を落とした…


哀しみの染みた砂土で、まっさらな麻の袋を埋めてゆく。

遺族が自らの手で埋葬を行っているにも関わらず、目に入る様相は無機質なるものが多かった…


「そうか…」


穏やかとなった四角い表情は、太い眉毛を横にして、夏の乾いた日差しを浴びる正面の墓標を静かに見据えるのだった――



並ぶ三名の後列には、式典の補佐役として三名の女中が加わっていた。


女中頭のアンジェのふっくらとした身体を挟んで、右側には麻の頭巾で頭髪をすっかりと覆った王妃。左側には上司から思いも寄らない抜擢を告げられた、黒髪をポニーテールに束ねたアビリが緊張を宿して立っていた。


(しっかりしないと…)


視界の正面を塞ぐ垂直な背中は、トゥーラで一番の人気者。

ライエルの右側には一回り大きないかつい身体を誇る、グレン大将軍。

更に右側には端正な横顔を覗かせる、国王様が居る…



「慰霊式!?」

「初めての事よね…」


式の開催が伝えられると、女中たちの表情には緊張が浮かんだ。


元々がリャザン公国の一つの砦であり、トゥーラを挙げての大掛かりな行事が行われる事は無かっただけに、城で働く女中達にとっては晴れ舞台であると同時に、日頃の評価が下される場とも言えるのだ。


続いて翌朝、壁に貼られた紙片によって概要が伝えられると、女中たちの表情には色めきが浮かんだ。

主催者側の出席者の中に、トゥーラの幾多の女性が憧れる若き美将軍、ライエルの名前が載っていたからである。


国王様には王妃が。グレン将軍には妻のアンジェが式典の付き人に就くと記されていたが、ライエルの付き人は空白のままであった――


「でも、王妃様が出席なさるなら、きっとマルマよね…」

「……」


王妃への献身的な看病は、誰もが認めるところ。

城住みということもあり、昼夜を問わず足を運んで、食事を摂れるようになってからも、王妃様が笑って下さらないと随分と落ち込んでいた…


そんな彼女が憧れだと公言して憚らない王妃が、お忍びとの事ではあるが、公の場に姿を表すのだ――


だからこそ空いている空欄には、マルマの名前が記されるものだと誰もが思い込んでいた――



「アビリ、ライエル将軍のお付きは、あなたにやってもらうから」

「……」


昼食時、大広間のテーブルで、木製のマグを片手に同僚と丸パンを齧っていたアビリの元に、アンジェがスタスタとやってきて、一つを告げた。


ザワっとした空気が四方の壁にまで行き渡ったが、告げられた当人は、突然すぎる言い渡しに時間を止めていた――


「返事は?」

「あ、はい!」


ガタッと条件反射で立ち上がり、返事をしてから(ようや)く事態を受け止めた。


胸に灯った喜びと、小さく騒ぐ戸惑いの風…


首を左右に振って思わずマルマを探したが、後輩の姿は見当たらなかった――



数時間後、厨房にて翌日の下拵えを終えたところで、アンジェのふっくらとした姿を食堂から覗く廊下に見つけると、赤い紐で結んだ黒髪のポニーテールは早足となって追い掛けた。


「あの…」

「なに?」


ひんやりとした空気が漂う螺旋階段の手前で、アンジェが振り向いた。


「その…訊きたいことが…」

「慰霊式の事?」

「はい…」

「なに? 自信が無いの?」

「いえ、そういう訳じゃなくて…どうして、私なのでしょうか…」

「……」


疑問を唱えるアビリの瞳には、不安という様子は窺えない。


「上にいらっしゃい」


人目を気にしてか、アンジェはアビリを二階へと誘った――


「思ったことを、率直に聞きに来るのが、あなたの良いところなのでしょうね」


城の2階は、会議や来客などがない限り、普段から閑散としている。

国王居住区へと続く螺旋階段を2階まで上って右へと折れると、アンジェは褒めるような呆れたような、どちらとも取れるような言い方で、背中に続くアビリに声を発した。


「それで、何を訊きたいの?」


続いてふっくらとした身体をくるっと反転させると、平坦な声で質問を促した。


「その…みんな、マルマが選ばれると思っていたので…」


悔しい想いは宿っても、働く女中の誰もが彼女であれば納得をする…

だからこそアビリは、自身が抜擢されたことに納得をしたいのだ――


「あなたも?」

「え…まあ…そうです」


アンジェの問いかけに、決して伏し目にはなるまいと、アビリは瞳を真っ直ぐに見据えた。


「そうね…」


アンジェは溜息交じりに吐き出すと、選考理由を伝えることにした。


「あなたは、リャザンの生まれよね?」

「はい…あ…」


問われたアビリは、その先の内容を察すると、小さく口を開いたままとなった――


「辛い事を、思い出させることは無いわ…」

「はい…」


目線を外したアビリは悲しげになって、マルマの心の内を想った――


孤児としてトゥーラにやってきて、城に住み込んで働いている…


恐らく彼女は、両親の弔いすら満足に行ってはいない…



「マルマリータと申します! 私には、行くところがありません! 一生懸命働きますので、ここに居させてください!」


大広間での自己紹介。

アンジェに促されて口から飛び出した発言は、悲壮なる覚悟であった――


スッと頭が下がって、茶褐色の細い髪の頂点が皆に映ると、大広間は歓迎の拍手に包まれた――



「国となった以上、きっと来賓は増えるし、色んな事が起こるわ。あなたにも当然、期待をしてる。マルマだけじゃないってところを、見せて頂戴」

「はい…」


上から注ぐアンジェの瞳。

アビリは任務に対する決意を改めて表した――

お読みいただきありがとうございました。

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