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小さな国だった物語~  作者: よち


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105/231

【105.白い素足】

物語は1168年へと戻ります。

トゥーラ城の地階。


普段は使用人の支度部屋として使われている臨時の国王執務室で、ロイズは壁に備えられた机に向かって羽ペンを持ち、複数の紙片に何やらを記していた。


「ロイズ様」


そんなところに、木製扉の向こうから尚書(ラッセル)の声が聞こえた。

衛兵に構うことなく声を掛けたらしい。


「入っていいよ」


急ぎの用事だろうか。ロイズは二つ返事で入室を許した。


「何か、あったか?」

「カルーガに派遣したメルクの隊が、戻ってきたようです」

「え? 昼前なのに? 随分と急いだな…」


手を止めて、右肩を開いたロイズが意外そうな声を送った。


「あの人らしいのか…」


それでもメルクの人柄を浮かべると、素直に納得をした。


緊張気味の角ばった言葉遣い。自身が年下という事もあり、立場を越えて恐縮をしてしまう。

午前中はのんびりと寛いで、昼食を食べてから出発をしたところで困る事は何もない――


「お前とは、違うよな」

「え?」


ついでに休暇を与えると、伝えなければならなかったか…


後悔を抱きつつ、ロイズは突っ立って指示を待つ細目の男を蔑んだ。


「なんでもないよ」


目の前の男なら、少なくとも朝風呂くらいは浸かるだろうな…


別に、構わないけど。


ロイズは冷笑を浮かべると、薄い顔の尚書に次なる指示を送った。


「迎えに行ってくるから、ラッセルはこの続きを書いといて。内容は任せる」

「なんですか? それは」

「今後の予定だよ。あとは、注意事項。リアが動けなかったら、僕らでやるしかないから」

「……」

「他にも不足があったら書き足しといて。後で纏めるから」

「…はい」


小さな国の頭脳である、王妃の不在を覚悟する。


恐れていた懸念がいよいよ迫って、ラッセルの背中に冷たいものが走った――



トゥーラの南側、都市城門を抜けると、正面には窪んだ畑のような地面が広がっている。


踏み入れないように馬を右へと誘って西側に視線を向けると、ロイズは遠く草原の上で僅かな土煙を上げている黒い一団を視界に入れた。


「……」


手前には、トゥーラを囲うように刻まれた、凹みの輪――

凹みの下には役目を終えた矢羽根や防御柵、更にはスモレンスク兵の亡骸が埋まっている。


意識をした訳では無いが、数人の近衛兵を引き連れたロイズは激しい戦跡の手前で馬を止め、一団の到着を待つ事にした。


「……」


やがて複数の空になった荷車を荷馬車に積んで、メルクの一隊が戻ってくる。


国王の姿を認めると、一団の最後方に居たメルクが軽快な走りとなって抜けてきた。


飼い主の元へ駆ける愛犬のような姿を目に入れて、ロイズは馬から下りて待ち構えた。


「国王様、ただいま戻りました!」


駆け寄ってきたメルクは凹みの向こうでスッと腰を落とすと、片膝を土に触れてから頭を下げて、きっぱりとした発音で任務の完了を伝えた。


「ご苦労様でした。頭を上げて下さい」


慇懃な態度には、いつまでも慣れないな…


苦笑いを浮かべつつ、ロイズは穏やかに切り出した。


「カルーガの様子は、どうでした?」

「はい。村には、スモレンスクの兵士が溢れておりました。しかし、一部を除いて統率は執れており、国王様が心配なされたような事態にはなっておりませんでした」

「そうですか…」


ロイズは安堵の息を吐き出した。


鬼畜となった兵士が奮う残虐や凌辱を、彼の心は刻んでいる――


「一部?」


それでも心に触れた一音を、ロイズは訊き返した。


「カプスという将校が、規律を正しておりましたが、彼が村へと入るまでに、乱暴と盗みを働いた者が居たようです」

「……」

「彼は、詫びておりました」

「そうですか…」


メルクの発言からは、深刻さが窺えない。


見た目には平穏なのだろうという安堵と、何かしらが起こった一部の者への憂慮が、ロイズの心を巡った――


「難しい任務を、よく引き受けてくれました。隊の者にも、十分な休息を取るよう、伝えて下さい」

「は!」


労いの言葉を掛けられて、メルクは高揚を表した――



城に戻った国王は、真っ直ぐに地階の執務室へと移動した。


3階へと続く螺旋階段に比べると、体力的にも好ましい。

リアが復帰を果たしても、何らかの形でこの部屋を残すのも良いかもな…


ロイズの胸には、童心の考えが浮かんでいた。


「どうだ? 進んでるか?」


扉を圧し開けるなり、ロイズは机に向かって羽根ペンを走らせるラッセルに明るい声を送った。


「自分なりの事は、書いておきました。後は、ロイズ様が判断して下さい」

「了解。助かるよ」


言いながら、ロイズは壁沿いに備えてあるベッドへと腰を下ろした。


「いつまで、待たれるのですか?」


机に向かうラッセルの背中から、ふいに確認の声が放たれる。


「明日にでも、スモレンスクに使者を送ろうと思ってる。あと、(くだ)ってきた総大将の要求通り、捕虜は早めに解放した方が良いかな…」


戦いには勝とうとも、戦力差が縮まった訳では無い。

侵略者の厭戦気分を誘うには、こちらから下手(したて)に出るのが交渉術としては正しいのでは?


「そうですね…」


国王ロイズの熟慮の結果を、ラッセルは静かに肯定するのだった――



「自分が思うところは、このくらいです」


羽根ペンを机に置いたラッセルが、腰を回してロイズに数枚の紙片を差し出した。


「いかがでしょうか?」


ベッドに腰を掛けたまま、腕を伸ばしたロイズが紙片を受け取ると、薄い顔の男は感想を求めた。


「……」


ロイズの大まかな考えは、本人から直接聞いている。


好戦派は遠くして、穏健派と言われる人物を交渉のテーブルに引っ張り出すこと。


その上で、例え数年であろうとも、休戦の協定を結ぼうというのである。


「悪くないね。参考にするよ」

「ありがとうございます」


納得の表情で、紙片を眺めながらロイズが呟くと、少し得意気になった細目の男は安堵の声を返した。


「特にこの、慰霊式っていうのは、いいね」

「はい。ありがとうございます…」


思慮に至った経緯は伏せたまま、ラッセルは静かな声を発した――



「国王様」


ふいに扉の方から、女性の声がやってきた。


「どうぞ」


聞き慣れた声色だった事もあり、ロイズは気軽に入室を許した。


「マルマリータです。失礼します」


少なからず痩せたように見えるマルマが扉を開けて姿を現すと、スッと瞼を塞いで挨拶をした。


「あれ…」


視界を戻すと、国王の椅子に貧相な薄い顔の男が座っていて、彼女はまるっこい顔に思わず怪訝な表情を浮かべた。


なんでアンタがそこにいるの…


じろっと睨みつけるような視線が、ラッセルの細い瞳に突き刺さる。


「何かあった?」


それでも彼女の左側。ベッドに腰を下ろした国王がにこやかに話し掛けると、友人同士といった関係性を垣間見て、彼女の溜飲が僅かに下がった。


「リア様の元に…向かわれてはいかがでしょうか?」

「うん?」


思いも寄らない提案に、ロイズが先を求めた。


「その、だいぶ元気になられたので…お部屋からお連れしてみてはどうかと」

「……」

「今のままでは、体力も戻りません。お声がけは、私よりも、国王様の方が適任かと思いまして…」

「分かった」


リアが倒れて以来、ずっと看病を任せている彼女の提案を、容れない理由はない。

緊張が窺えるマルマの姿勢に、ロイズは穏やかな口調で言葉を返した。


「それでは、よろしくお願いいたします」


お腹の前で両手を重ね、小さく頭を下げると、マルマは静かに足を戻して臨時の執務室を後にした――


「あの子は、よくやってくれている…」

「そうですね…」


ベッドに腰を置いたロイズの本心からの呟きに、ラッセルも静かな同意を重ねるのだった――




薄暗い螺旋階段を、ロイズがゆっくりと上っていく。

屋上へと抜ける扉は開いているようで、一段を上がるごとに明るさが増していった。


「……」


ロイズが居住区へと続く扉を開けると、奥の寝室に、リアの細い素足がぷらぷらと揺れているのを認めて、幾らか気分を軽くした。


「リア」


昨夕に彼女を抱いたあと、寝室を去った時点では、ベッドの上の彼女は裸であった。


ロイズは薄い麻の衣服を纏って読書を愉しんでいる伴侶を認めると、横たわる艶めかしい昨日の背中を浮かべつつ、名前を呼んでみた。


「あれ、珍しいね」


姿を見せたのが意外だったのか、リアの瞳は大きくなった。

マルマからの報告通り、感情豊かな彼女の瞳は、すっかりと普段に戻っているようである。


「……」


しかしながら、下半身。幼弱に映る白い素足は浮いたまま…


スッと両膝を曲げたロイズは、そのまま床へと膝を落とすと、伸ばした両腕でリアの細い身体を抱えるようにして、穏やかに頬へと引き寄せた。


「え? ちょっと?」


思いも寄らない伴侶の行いに、頬を赤くした小さな身体が訴える――


「……」

「……」


二人の間に、暫くの沈黙が流れた――

決してふくよかでは無いのだが、感度の良いリアの膨らみに、ロイズの温かな息遣いが触れてくる――


昨日とは違って、未だ昼間…


それでも抗う材料の乏しさを認めると、リアの胸元から一つの声が放たれた。


「迎えに来た」

「え?」


どうやら、そういうつもりでは無いらしい。

予想外の言の葉に、大きな瞳が丸くなる。


「二人がいい」


言いながら、ロイズは顔を上げ、背筋を伸ばして身体を寄せると、リアの華奢な両肩に手を置いて、望むように唇を近付けた――


「うん…」


優しい声音で、リアが応じる。


「……」


やがて唇が離れると、ロイズが膝を伸ばした。


「行こう」

「え?」


8年前。少年少女だったあの日と同じ。


リアの眼前にロイズの右手が差し出された――


「どうせ、立つんだろ?」

「……」


結局は、立つしかない…


「うん…」


心に橋が架かった。

少女のままではいられない。


塞いだ心が、ようやく晴れた気がした――

お読みいただきありがとうございました。

感想等、ぜひお寄せください(o*。_。)o

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