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小さな国だった物語~  作者: よち


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103/218

【103.あの日⑨】

二人の子供を迎えに来た男は、同時に二人の大人が戻ってくるのを待っていた――


「……」


草木が風に揺れ、鳥の奏でる声がどこからともなく聞こえてくる。


二人の命が残っているならば、この穏やかに見える時間を決して見逃す筈はない…


つまりは、戻る事は叶わないということ…


肩を落として広い背中を狭くした男は、一息を吐き出したあとで視線を上げると、半ば覚悟していた結論をようやく受け入れようと決するのだった――



三回目。少年はその頃、再び地下室へと繋がる真っ暗闇の階段を、左の壁だけに手指を添えながら下りていた――


「大丈夫?」


リアの気配に向かって、何度目かの言葉を渡す。


地上に残る男性が草木を掃ってくれたのだろうか、採光口から洩れ落ちる明かりの光度が、いくぶん増していた。


「……」


少女の隣には、木筒が一つだけ置いてある。

ロイズが地階へと向かった時と、その位置は変わっていないように思えた。


「リア…水だけでも飲んでよ…」


ロイズは言いながら、(うずくま)ったままの少女から覗く膝頭に、男の人から手渡された、新鮮な水の入った木筒をそっと当ててみた。


「ほら…」

「ママは、飲めないもん…」


ぽつりと、リアの口から寂しさが(こぼ)れた。


「……」


その通りなのだ…


少年の心にも、悔しい思いが広がっていく…


「もうっ」


それでも未来を望む少年は、宿った感傷を振り払うために木筒の蓋を外してぐいっと口の中に水を含むと、膝を落としながら右腕を伸ばして、蹲ったままのリアの左手首をむんずと掴み、力任せに引き剥がした。


「あっ」


少女の顔が上がった瞬間を狙って後頭部を左手で支えると、ロイズは唇を合わせた。


「んっ…」


同時に、含んだ水を流し込んだ――


「やっ!」


突然の出来事に、怒りの籠った感情をリアがぶつける。

口元から零れる水に構うことなく両腕を振りかざして拒否反応を示すと、右の拳がロイズの固い頬骨を捉えた。


「……」


ガツッとした痛みに対して、ロイズは声を発しなかった――


痺れる右手が伝える確かな感触に、鬱憤を抱えたリアは腰をすとんと落とすと、押し黙って再び両膝を抱え込むのだった――



「どうだ?」


ロイズが暖炉から這い出ると、気配に気付いた男が足を戻して訊いてきた。


「……」

「そうか…」


細かく首を左右に振ったロイズに対して、落胆の声が発せられた。


「ロイ君。分かってるとは思うが、ここは安全な場所じゃない。今日は大丈夫でも、明日にはきっと、誰かがやってくる」

「……」


残り物に預かろうと、略奪を図る者が現れるという意味ではあったが、膝を曲げて目線を同じにした男の言葉に対して、ロイズは素直に頷いた。


「あの子の気持ちは、痛いほど分かる。それでも俺は、君たちを助けに来たんだ」

「……」

「分かってくれるか?」

「……」


願いのこもった問い掛けに、ロイズは小さく頷いた。


「あの子を死なす訳にはいかない。君のお父さんと、俺は約束をしたんだ!」

「……」


男は、語気を強めた――


耳に届いた言の葉が、ロイズは自身を通して地下室で息を潜めている少女に向かって放たれていることを悟った。


「俺は絶対に、二人をここから連れ出すからな。あの暖炉を壊しても、リアって子を縛ってでも!」


脅迫めいた発言が、地下室へと発せられた。

大柄な男の宿した覚悟が、ロイズの胸にも確かに響いた――


「でもな、そんな事は、したくない…」


男は哀しそうな表情になって、ロイズを諭す。


「だからロイ君、あの子を、連れてきてくれ」

「……」


無言となった少年は、真摯な申し出を受け入れる以外に無かった――



「……」


地下室へと戻ったロイズは、無言のままで、リアの隣へと腰を降ろした。


「リアがいなくなるのは、いやだよ…」


抱えた両膝へと額を落とすと、ロイズは小さな声で懇願を口にした。


「……」


そんなものは、本人だって望んではいない筈…


それでも動かない身体を、どうやったら動かせるのか…


「リア…」


腕をほどいた少年は両膝を床に落として、身体の正中を少女へと向けると、そのまま覆い被さるようにして、固まった身体を肩越しから包んだ――


「や…」


少女の拒否反応は、小さなものだった――


頭上から届いていた男の声を、やつれた少女は理解していた。


ロイズに含まれた水分が身体を巡り、過度な警戒心はようやく綻んで、緩んだ両の膝。胸との間に、少年の身体が納まった――


「……」

「リアのママにね…いつも、こうしてもらってた…」

「……」


そんなの、私だって一緒だよ…


身体に触れるのは少年の骨ばった痩躯だったが、優しい母の温もりが、少女の脳裏には確かに浮かんだ――


「わっ」


無理やりな体勢に、ずるっと腰が滑ってロイズの腕が外れると、少年の頭がリアの腹部に落ち着いた。


「……」


生まれたのは、仄かな母性だろうか…


座っている母の胸に飛び込むと、いつだってママがそうしてくれたように、少女はロイズの後頭部へと優しく右手を伸ばした。


「僕じゃ、ダメかな…」

「ううん…」


リアの腹部から、少年のくぐもった声が漏れ出ると、少女のやつれた表皮に備わる口角が、僅かに上がった。


グウ…


その時だ。緊張が緩んだせいか、リアのお腹が小さく鳴った――


「…なんか、聞こえた」

「……」


途端に恥ずかしくなって、リアの意固地もいっそう緩くなる。


「リア、行こう」


少年は床に両手をついてよいっと立ち上がると、彼女の方へと改めて向き直った。


「どうせ、立つんだろ?」

「……」


顔を上げた少女の大きな瞳に向かって、ロイズは得意気になって右手を差し出した――




「二人とも、馬には乗れるね?」

「はい」


穏やかな風が流れる緑の上に、三人の両足が並んだ。

男の問い掛けに、ロイズが意気を示した。


「馬は一頭だから、ロイ君が前で、間にリアを挟もう。落ちないようにな」

「はい」

「…はい」


すっかり男を信頼している少年は、しっかりとした声色で。

信頼するしかない状況下に置かれた少女は、不安を含んだ声を発した。


「自己紹介が、未だだったね。ロイ君のお父さんとは昔からの知り合いでね。ルシードって呼んでくれ」


言いながら、ルシードは二人の前に右手を差し出した。


先ずはロイズがその手を掴みに行くと、大きな厚みのある手のひらが、5本の指をしっかりと包み込んだ――


「よろしく」


目の前でロイズと繋がれた、大好きな父よりも一回り大きな右手は、次に少女の前へと差し出された。


「……」


大きな茶褐色の瞳の前で、手のひらが覗いた。

その手は握手を求めるものではなくて、彼女の覚悟を問うものであった――


澱みを抱えたままで強引に連れ出したなら、立ち直る事は難しいかもしれない…


自らの意志で立ち上がってこそ、意味を保つのだ――


「……」


少女は恐る恐る右手を差し出すと、細い指先をちょこんとルシードの広い指の腹に置いてみた。


「よろしく」


折れそうな三本の指先に対して、ルシードの太い四本の指先が折れ曲がると、歓迎が示される。


「きっと、守るからな」


自信と希望に満ちた、温かな眼差しであった――


「……」


視線を合わせることは無かったが、少なからず心を開いた女の子は、ルシードの太くて固い指先を、きゅっと掴んでみせるのだった――

お読みいただきありがとうございました。

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