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小さな国だった物語~  作者: よち


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【10.城壁にて】

独立後の後ろ盾を得る為に、トゥーラの国王は、将軍(グレン)と尚書のラッセルを供にして、東のリャザン公国へと馬を進めた――


留守を預かる若き美将軍(ライエル)は、トゥーラを囲う都市城壁の補強と、新たな防御壁の構築を任されて、当初は不安を灯しながらも、数時間後には確かな達成感を胸にした――



「この石ですが、ここへ置いても良いですか?」


背筋を伸ばし、自らも荷車を牽いた上半身裸のライエルが、城壁作りに黙々とレンガを重ねる一人の民に声を渡した。


「ああ、それなら、あっちがいいな」

「わかりました」

「え? ライエル様?」


簡素な麻の衣服を纏った中年の男が、声の主に驚いて両手を止めると、周りで作業をしていた者たちも、耳に届いた名前に思わず動きを止めた。


「なんでしょう?」

「いえ、その……将軍様が、石運びとは……」


肉体美を覗かせる将軍が無垢に尋ねると、中年の男は恐縮しながら答えた。


「おかしいですか?」

「……」


やれ視察だなんだと足を運んでは、作業の停滞を生み出す役人ばかりを見てきた住人たちは、誠実な青年の姿に一層の信頼を重ねるのだった――



「おや、ライエル様。ご苦労だね」

「やあ、ウォレン」


日々の農作業に参加して、周知の間柄となった者も少なくない。

気軽に声を掛けてきた、美将軍より5つほど年上の青年もその一人だ。


短い金髪に浅黒い肌をした、気さくな男である。


「パン、どうだ?」


ウォレンは右手に持った手のひらサイズの丸パンを齧りながら、左手でもう一個を差し出した。


「ありがとうございます。駆り出してしまって、申し訳ありません」

「そんなのいいさ。普段ならこの時期は、ずっと畑仕事だ」


衛兵まで狩り出して行われた国策の農作業は、住民所有の畑から実施した。


先に恩を売り、後で返してもらう企図を含んだが、リアが描いた協力の連鎖は、良い塩梅に繋がっていた――


「しかし、なんだな……」


休憩時間。日の当たる南側の都市城壁にぴたりと沿うように立つライエルの隣で、腰を下ろしたウォレンが呟いた。


「なにか?」

「お前さんと居ると、女どもの視線が凄いな……」


顔を上げると、防御壁造りに勤しむ住人の姿や表情が、視界にやってくる。

そんな中、明らかに女性の視線がチラチラと、こちらの方、正確にはライエルに向けられているのが分かるのだ。


「そうですね……能率が悪くなるので、さっさと食べて、レンガでも積んできます」

「おいおい、寂しい事言うなよ。お前さんが居ると、俺たちが普段見れない女の姿が見れて、それはそれで嬉しいんだからよ」


整った顔立ちから放たれた不満の声を、なんとも悲しいセリフが蓋をした。


将軍という身分でありながら、(いま)だ成長途上の17歳。

鍛え上げた鋼のような肉体と整った顔立ちは、当然ながら女性達の視線を浴びた。


その一方で、姿勢は正しく、カツカツと歩む姿には威風すら漂って、近寄りがたいと感じる者も多かった。

加えて将軍という立場になって日が浅く、国を想えば色恋にうつつを抜かしている暇などない。


必死で背伸びをする彼の立場を理解する故に、多くの女性たちにとっては応援の対象であり、高嶺の花。心を癒す象徴的な存在となっていた――


「はあ……」


しかしながら、本人には全く自覚が無い。

制したウォレンに対しても、そうですかと張りのない声を返した。


「あ、そういや聞いたぜ。この間、女を泣かしたそうじゃねえか」

「え?」


ライエルが腰を下ろすと、ウォレンが唐突に質問を飛ばした。

しかしながら、身に覚えは無いらしい。


「違うの?」

「いや……記憶に無いです……」



それは、数日前の昼下がり。

朝から続いた農作業を一休み。日陰を求めた東側の城壁に、真っ直ぐに背中を預けるライエルの姿があった。


疲労に加えて睡魔も降りてきて、さしもの若い肢体も瞼が重くなっていた――


「あ、あの……ライエル様?」


そんなところへ、真新しい衣服の女性が近付いて、尋ねるように呼び掛けた。


「ん……なんでしょう?」


不意に掛けられた女性の声に、重くなった瞼を開けて視線を上げると、ライエルが寝起きの声を返した。


「あ、あの……お疲れ様です。それでこれ……宜しかったら、召し上がって下さい」


薫風に波打つ金色(こんじき)の髪に大きな麦わら帽子を載せた女性は、頬を赤らめて視線を下げると、持ち手を強く両手で握って、小さな白い花弁が添えられた網籠をライエルに差し出した。


籠の中からは、切り揃えられた白いパンやチーズがいくつか覗いている――


肩甲骨が隠れるまでに伸ばされた金髪の背後には、幾多の女性の好奇な視線が注がれていた――


「いや……すみません」


瞳に光を宿したライエルは、遠くからの視線を気にすることもなく、いや、そんな視線には気付くこともなく、説くように口を開いた。


「私だけが、そういった物を受け取る訳にはいかないのです。私は、他の方と同じように、従事しているだけですので……」


ハッキリ「迷惑です」 とは言わずとも、彼は冷めた空気を戻した。


あなたよりも若年の(わたくし)に、小言を言わせるなと言いたげに――


「あ……そうですよね……」


固辞は想定内。しかしながら、嫌悪に及ぶとは思わなかった。

耳に届いた理由は真っ当で、女は顔を真っ赤にして俯いた。


「綺麗な手ですね……」

「あ、はい……」


続いてライエルは、籠の持ち手を握る両手を眺めると、思ったままを口にした。


乳白色の細い手は、大事に育てられてきた証左である。

気恥ずかしくなった金髪女性は網籠の持ち手から右手を離すと、そっと左手の甲を隠すようにした。


「お手を汚してしまいますが……今は、皆と一緒に働いて欲しいです……」

「あ……」


真っ直ぐに訴えたライエルに、金髪女性は短い声を出したきり、いたたまれなくなって翻り、その場から走り去っていった――



「……私が、悪いのですか?」


悪気はない。

思ったままを、発しただけである。


加えるなら、発した内容は概ね正しい。


「いや、悪くないけどよ。なんつーか、言い方ってのがあるだろ?」


ライエルの発言に、ウォレンが呆れたように返した。


「……どう言えば、良かったのでしょうか?」


皆目見当がつかないといった趣で、青年は改まって教えを請うた。


「いや……相手も公衆の面前で、勇気を持って来てくれた訳だろ? 『ありがとうございます。ありがたく頂きます。美味しそうですね。私だけ食べるのも悪いので、他の方にも御裾分けして宜しいでしょうか?』 くらいは言ってやれよ!」


背筋をピッと伸ばして、ウォレンはライエルの仕草、物言いを真似てみた。


「……似てませんね」

「似てるよ!」


ウォレンにしてみれば会心の演技である。真顔で否定されたので、し返した。


「しっかしまあ……それが却って、お前さんの株を上げるんだからなあ……」

「はあ……」


当人には全く自覚が無い。

独身女性のみならず、既婚者であっても旦那とは別の枠。


そんな好感度一位の男性が、抜け駆けしようとした女を一蹴した武勇伝は、女性の間であっという間に拡がって、更に好感度を上げたのだ。


「次は、ウォレンさんの意見を参考にします……」

「次が、あればな」


自らハードルを上げた現在(いま)の状況で、言い寄って来る女が居るだろうか。

ライエルの発言に、ウォレンは心底呆れた声を吐き出した。


「で? 実際はどうなの?」

「は?」

「良い娘は、いるの?」

「いや、居ませんよ……」


ウォレンが深入りして尋ねるも、浮いた話は出なかった。

心なしか、周囲の女性達の表情が明るくなった気がした――


「そうかぁ。勿体ないな」

「そうですかね……」


羨んだ発言にも、反応は薄かった。


「まあ、釣り合いってのもあるからな。仮にも将軍の相手なら、そこらの女じゃ務まらんだろ」

「釣り合い……ですか?」


条件なんてものは別段無いけども、誰でも良いというわけではない。

近しい異性がいても良いとは思うが、求めている訳ではない――


「理想とか、気になるとか……そんな人、ほんとにいないの?」


正面だけでなく、いつの間にか城壁の裏側で聞き耳を立てている女性達からも、もっと訊けという無言の圧が掛かっていた。


早々に話を打ち切ったなら、今後の生活に影響が出るに違いない。


仕方なく、ウォレンは重ねて質問を投げ掛けた。


「気になる……」

「ん? 誰かいるの?」


遠い目をしたライエルを察知して、安堵を含んだウォレンが詰め寄ると、同時に周囲の雑音も消え失せた。


「王妃様ですかね。お会いしたことが無いので……」

「あのな……そういう事じゃねえよ」


周囲に注ぐ落胆の空気と一緒になって、ウォレンはガクッと肩を落として、心底あきれた声を吐き出した。


「気になりませんか? ロイズ様が選んだお方ですよ?」


今度はライエルが、無邪気なままに問い掛けた。


「いや……そりゃあ気にはなるけどさ……気にしたってしょうがないだろう?」

「まあ……そうですね」


ウォレンの発言に、青年は少し陰った表情を浮かべた。


「俺らはまだしも、お前さんは城内で会う事もあるんじゃないのか?」


心を沈めたライエルに、ウォレンは励ますように口を開いた。


「そうですね……」


単純に、会ってみたい。


気にしたことは無かったが、彼の心中で、この日を境に王妃という存在が意識された事だけは確かであった――


「昼前に、もう一回いってきます」


十分に休んだ。

ライエルは臀部に付着した砂を払いながら立ち上がると、パンの最後の一片を口に咥えて、マメだらけの大きな手のひらで荷車の取っ手を掴んだ。


「なあ……」

「はい?」


青い空を背景にした、真っ直ぐな背中に向かってウォレンが尋ねた。


「おまえ、無理してないか?」

「……」


少年の面影が残る顔立ちと、大人びた言動や立ち振る舞いが歪に映る。


「そうですね……」


ウォレンの発言に、青い瞳は視線を上にした。


『カッコよくあれ』

「……」

「父から、教わった言葉ですので」

「……」


それだけを伝えると、青年は真っ直ぐな背中のままで一歩を進めた。


「なあ、教えて欲しいんだけど……」

「はい?」


立ち上がったウォレンはレンガ造りに励む、先ほど興味津々といった感じで聞き耳を立てていた、一人の女性に尋ねた。


ライエル(あいつ)の親父さんは、リャザンに居るのか?」

「……」


届いた質問に、手を止めた女性は呆れて言葉を返した。


「何言ってるんですか! ライエル様のお父様は、リャザンの将軍だったんですよ!?」

「へえ……」

「ライエルさんが生まれる前に、亡くなったそうですけど……」

「……」


か細くなった女性の声を背景に、ウォレンの瞳は遠くに映る、大きくあろうとする少年の背中を捉えるのだった――



「ご苦労様です! 王妃様から、パンの配給です!」


太陽が頂を過ぎた頃。トゥーラで唯一の都市城門を潜って数台の荷車がやってきた。


届けたのは近衛兵。声を出したのは、城内で働く数少ない女中たちである。


「ありがてえ」

「王妃様からだってよ!」

「美味しそう!」

「パン、中が白いよ?」


わぁっと歓声が上がると、人々が手を休めて群がった。


王妃が望まなくとも原料や焼き窯の性能には差があって、焼き上がったパンは上質となる。


「並んで下さいね!」

「未だ、届く予定です! 余ったら、持ち帰っても良いですよ!」


麻の頭巾を被った女中たち。

両手を口元に当て、張り切って声を出す。


「あれ? 僕のパン、お星のマークがあるよ?」


突然に、男の子の高い声。


「あ、おめでとう! それ当たり! 王妃様が作ったものよ!」

「本当!?」

「当たりはお星さま。大当たりは、ハートみたいですよ?」


遊び心を伝えると、皆がパンの底を見やった。そしてまた、ところどころで歓声が上がった。


「王妃様って、どんな方なんですか?」


土を運ぶライエルに、民の一人が興味深そうに尋ねた。


「実は、お会いした事が無いのです。ただ……可愛らしい方だとは聞いていますよ?」

「へえ、会ってみたいねえ……」

「そういえば、お忍びで城下へ出られるって話も聞いたことがあります。本当かどうかは、知りませんけど……」

「そうなのか? 放浪癖のある(きさき)じゃあ、ロイズ様も大変だな!」


「くしゅん」


そんな会話がされた頃、城内で小麦粉を丸めるリアのくしゃみが響いた――


一方で、一人の女官がライエルに届けたパンの底には、ハートの焼き印が施されていた――

お読みいただきありがとうございました(o*。_。)o

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