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09 カスタマイズ

 2年D組が渡っていた左側の橋は高く上がっていたが、途中でストッパーのようなものが働いて、天井に挟まれて潰されるということはなかった。


 この部屋にある橋は、下の熱湯地獄のほうには扉はなく、いちど落ちると進退窮まってしまう。

 しかし上がったほうの先、天国側にはちゃんと扉があって、部屋を出ることができた。


 いったん橋が上のほうにあがってしまうと、そこは平穏なウォークスルーと化す。

 モンスターや(トラップ)の張り巡らされた遺跡とは思えないほどに。


 まさに『天国』のような快適さ。

 2年D組の面々は地の底からわきあがってくる悲鳴を凱歌のように聞きながら、意気揚々と部屋をあとにする。


 その最後尾にいたボウイも部屋を出ようとしたのだが、



 ……くいっ。



 と服の袖を引っ張られた。


 視線を落とすと、天才少女ナデナがじっと見上げていた。



「おにーちゃん、たすけてあげて」



 いま絶賛溺れ中である、特待科の生徒たちが心配なのだろうか、不安げな上目遣いを向けてくるナデナ。

 ボウイはしゃがみこみ、視線を合わせて言った。



「ここは低層階だから、罠の熱湯もたいした温度じゃないと思うよ。だから、ほっといても大丈夫だと思うけど……」



「でもみんな、かわいそう……」



「ナデナちゃんはやさしいんだね、わかった。じゃあどうすれば助けられるか、考えてみようか」



「うん!」



 ナデナの顔に笑顔が戻り、ほっとするボウイ。

 少年は、人が困っている顔を見るのがあまり好きではないのだ。


 とは言ったものの、どうやって助ければいいのだろうか。

 ボウイは立ち上がると、橋の欄干から『地獄』覗き込む。


 すると、むわっとした湯気と、泣き叫ぶような声が顔にすがりついてきた。



「らっ……ライライライライッ! らっ……ライを助けてくれたまえ、すみっこボーイ! そうしたらキミの陰日向の人生を、ライの美声で咲かせてみせようじゃないかっ!」



「ンッ!? ンンーーンンッ! むしろンーを助けるべきでしょう! さすれば未来の大賢者を助けたと後世にまで語り継がれ……キミのすみっこ人生が華やかなものになるに違いないんですネェ~!」



 非常に助ける気を萎えさせられたが、ともあれボウイは思案に暮れる。



「この高さじゃ、ロープを垂らして助けるにしても、相当長いロープでもない届かなそうだなぁ」



 「いっぱい、ひとをよんでくるのは?」とナデナ。



「同じだけの人を呼び集めて、重さを釣り合わせるんだね。えーっと、たしか向こうの橋にいるのは59人だから、2クラス分の人を呼んでこないといけないのか。2年D組のみんなを呼び戻して、もう1クラスに声をかければ……」



「あの、すみません、旦那様」



 ふとコエが、小さく手を挙げていた。



「お話の最中、申し訳ございません。あの、僭越ながら……重さを釣り合わせるのでしたら、わたくしに提案がございます」



「えっ……? もしかしてラスト・マギアでなんとかなるの?」



「左様でございます。旦那様のデヴァイスに、わたくしのセッティングコンフィギュレーションをご案内させていただきます」



 ……パアッ……!



 とボウイの左手のデヴァイスにある石板が光を放つ。



「わぁーっ!? それ、なになに!? ナデナにもみせてみせて!」



 ナデナにぴょんぴょん跳ねて催促され、ボウイは再びしゃがみこむ。

 石板に映っている画面を、ふたりして水鏡のように覗き込む。



「うわぁ、コエちゃんだ! それに、いせきにあるのとおなじもようが、にじみたいにいっぱいうかんでる! きれーい!」



 大きな瞳をことさら大きく見開き、夢見るように七色に輝かせているナデナ。

 その反応で、ボウイは確信する。


 やっぱりコエの言うとおり、自分以外にはデヴァイスの文字は読めないのか……と。


 画面では、オルゴール人形のようにクルクルと回転しているコエ。

 その隣には、『身長』や『体重』、『髪の長さ』『髪の色』などの文字項目がずらずらと並んでいた。



「そちらの画面では、わたくしを改造(カスタマイズ)することが可能です。『体重』の項目に触れてみていただけますか?」



 コエに言われるがままに、指先で『体重』に触れてみる。

 すると、『25』という文字と、『+』と『-』の記号が浮かびあがってきた。



「現在のわたくしの体重は25kgに設定されております。『+』の記号に触れられますと、わたくしの体重が1kgずつ加算されていきます」



 メイドは、主人に出した紅茶の銘柄を案内するかのように、さらり述べたが……。

 その内容は、とんでもないものであった。



「ら……ラスト・マギアって、体重まで変えられるの!?」



「はい、左様でございます。もちろん上限はございますが、こちらの機能を使えば、わたくしだけでも橋の釣り合いが取れるかと存じます」



 存じますと言われても、ボウイは半信半疑であった。

 でも試しに、『+』に触れてみる。


 数字は『26』にあがった。

 続いて加算すると、27、28、29、30……と上昇していく。


 しかし画面に映っているコエも、そばに立っているコエも、5kgも太ったような様子はない。

 相変わらずスレンダーでスリム、しかし出ているところは出ているという、クラスの女子全員が羨んでいたプロポーションのままだ。


 少年の視線に気付いたメイドは、困り笑顔を浮かべた。



「あっ、申し訳ございません。体重をあげても、わたくし自身の外見に変化はございません。でも重くはなっておりますので、ご安心くださいませ。一気に体重をお上げになりたい場合や、数値を細かく調整なさりたい場合は、デヴァイスにございますハードウェアボリュームをご利用ください」



 コエの案内とともに、デヴァイスが反応、石板の近くにあった、スピーカーの音量調整をするようなダイヤルスイッチが光を帯びた。


 ボウイは大きなホタルでも捕まえるように、指でダイヤルをつまむ。

 ぐいっと右に捻ってみると、数値は瞬く間に『100』まで達した。


 すると、ゴリラ・タンクがこの部屋に戻ってきたのかと思うほどに、



 ……ゴゴ……!



 と橋がわずかに沈み込んだ。



「ほ、本当に、体重が増えてるんだ……!?」



 しかしそこからはダイヤルを回してみても、



『リミッター制限があります。100,000ppで解除しますか?』



 と、メッセージが出て、『100』以上は増えなくなった。

 それに気付いたコエは、とてもそんなヘビーウエイトになっているとは思えないほどに、ぺこぺこ頭を下げる。



「あっ……リミッター制限があるのを失念しておりました。大変申し訳ございません。解除していただきますと、そのたびに1トンずつ体重増加が可能となるますので、もしよろしければ……



「1トン!?」



 それはもはや人間というよりも、子象の領域である。

 そしてもはや少年は、人助けよりも、そちらに意識を奪われてしまっていた。


 ラスト・マギアの可能性を探るべく、『リミッター解除』のボタンに触れる。

 すると体重表示の桁がひとつ増え『0100』となった。


 本当にこれで、コエの体重が1トンに……!?


 震える指でボリュームをつまみ直し、一気に捻ってみると……。

 エレベーターに乗っている時に感じる、ふわっとした感覚とともに……。



 ……ゴゴゴゴゴーーーーーーーーーーーッッ!!



 橋が、一気に下がり始めた……!

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