07 天秤の間
遺跡は、入り口から奥に進むほどに苔が少なくなり、歩きやすくなっていく。
天井や壁が間接照明のようにぼんやりと光っているので、視界に困ることもない。
ゴリタンとライトニックがお互いを牽制しながら進むなか、ふたつのクラスの少年少女たちが続く。
最後尾から少し離れたところに、ボウイとコエ。
「まさか僕がミニタウロスをやっつけられるなんて……本当に信じられないよ」
「発射なさりたいときには、いつでもわたくしにお申し付けくださいね。わたくしが全身でお受け止めさせていただきますので」
「でも、ひとりで発射できるようになりたいなぁ」
「おひとりでなんて、そんな。ぜひわたくしにお手伝いさせてくださいませ。そのためにわたくしがいるのですから」
「うーん。じゃあ、これからもよろしくたのむよ」
「はいっ、旦那様」
ふたりがイチャイチャしているのが気になって、クラスメイトたちはチラチラと後ろを見る。
「い……いいなぁ、あんな美人のメイドがいるだなんて」
「美人ったって、ゴーレムだろ、アレ?」
「でも人間よりずっと良くない?」
「うん、あんなに愛想のいいメイドさん、普通いないよ! メイドなんて、雇い主以外には愛想悪いし!」
「そういえばコエさんって、関係ない私たちにも丁寧だよね」
コエは一瞬にして、2クラスの少年少女たちに受け入れられていた。
「いいなぁ、俺にもラスト・マギアの適正があったらなぁ……」
「でもあれ、本当にラスト・マギアなの?」
「なんか、今まで発見された古代魔法と全然ちがうよね」
「うん、古代魔法ってほとんどが期待外れでしょう? 現代魔法に比べて手間がかかるし、そのわりにたいした効果もないし……」
「でもあのラスト・マギアはすっごい威力だったよね、それになんだか洗練されてるっていうか……」
「そうそう、なんだか未来の魔法みたいだよね!」
多くの嫉妬と羨望を浴びていることにも気付かないボウイ。
普段は誰からも相手にされていないので、今も路傍の石ころのような扱いだと思っているのだ。
ふと、進んでいた通路の苔の間から覗く、床に書かれていた文字に気づき、足を止める。
「……『この先、天秤の間』……?」
口に出してすぐ、違和感に気付く。
「あれ? なんで古代文字が読めるんだ?」
この遺跡、いや、この世界のいたるところにある遺跡……。
いやいや、この世界では街中でもなんでも、そこらじゅうに古代文字がほりこまれている。
それは万華鏡のような幾何学模様なのだが、それが慣れ親しんだ文字に変わっていたのだ。
「そちらは、『マギア・コード』と申しまして、ラスト・マギアのシステムに最適化された超高級言語となります。高速処理と改ざん防止のため、強力な要約関数が施されております関係で、人間の方では解読不可能な文字となっております」
「うん! いままで多くの学者が研究してきたけど、誰もぜんぜん読めなかったんだ! それがどうして、いきなり……!?」
「それはデヴァイスの自動翻訳機能によるものです。頭部のデヴァイスが旦那様の視神経から得た映像を、変換して脳に再送しているのです。パラダイスカイストアの言語も、この世界でいうところの古代文字となっているのですが、旦那様だけは通常の言語と同じように読み書きすることが可能です」
「すごい……!? 言語を翻訳してくれる魔法なんて、初めてだよ……!?」
「あの、すみません、旦那様。ご熱心に嗜まれているところ、お邪魔をして申し訳ありません。クラスメイトの皆様は、すでに先に行かれてしまいましたが……」
「あっ!? いっけね! ラスト・マギアのこととなると、つい夢中になっちゃって……!」
床のマギア・コードを凝視するあまり、四つん這いになっていたボウイ。
飛び起きると、走って皆のいる『天秤の間』へと飛び込んだ。
そこにはすでに先客がいて、部屋の奥にある壁の前に集まった者たちに対して、なにやら講釈を垂れている。
「ンン~! この壁にある古代文字は、この先に進むための、ヒントになっているんですネェ~! 『左側の扉を進むと死ぬ』と書いているんですネェ~! 従ってこの場合、右側の扉を進むのが正解なんですネェ~! ンン~ン!」
賢者の正装である角帽に、賢者科の制服であるアカデミックスーツをパリッと着こなすインテリジェンスな少年。
鼻持ちならない鼻を、馥郁を嗅ぐように鳴らしていた。
壁の右端と左端にはそれぞれ、両開きの大きな扉がある。
どうやら、どちらを進むかでモメていたようだ。
インテリジェンス少年の前にいたライトニックが、「ライ!」と力強く頷いた。
「やはり右側か! ライララライ! 古代文字を解読できるとは、さすが賢者科でも優等生といわれた、ンーイーン! そして我が友よ! ここでキミと出会えて良かった! ラライライライ!」
ガシッ! と固く握手を交わす、特待科のお坊ちゃんたち。
別のルートから賢者科のクラスが合流したようで、そこにはかなりの数の少年少女がいた。
1クラスは30名で構成されている。
今ここの部屋には2年D組、勇者科、賢者科の3クラスいるので、あわせて90名がいることになる。
右と左どちらに進むか迷っていたが、ンーイーンによって答えは出たので、その場にいた者たちはみな右側の扉に向かおうとする。
しかし、
「ちょっと待って」
と待ったをかける何者かが。
……バッ! と178の瞳を集めていたのは……。
遅れて部屋にやってきた、ボウイ少年……!
「その壁に書いてある文字の意味は、『低き者は地獄に堕ちる』……。ここは『天秤の部屋』だから、たぶん右と左の部屋が同じ重量になるように、人が入らないと駄目なんじゃないかな?」
すると賢者科のクラスから、どっ! と笑いが起こった。
「おいおいアイツ、『すみっこボーイ』じゃないか!」
「いつもはすみっこに隠れてて何にも言わないクセに、なんで今日に限って!?」
「あっはっはっはっはっ! きっとンーイーン君の古代文字解読がうらやましくなって、自分も真似したくなったんだろう!」
爆笑の渦をかき分けるようにして、そのンーイーンがボウイの前にやって来る。
「ンンン~! いいでしょう! キミがそう思うのであれば、キミだけが左側の扉に入ればいいでしょう! バランスは取れなくなりますが、低いほうが地獄に堕ちるのであれば、キミだけは天国に行けるというワケです! ンン~ン! うらやましいっ!」
完全に馬鹿にした様子で、鼻を鳴らすンーイーン。
「それでは、みんな行きましょうか。すみっこ君が昇天するところを、地獄の底から見送るのです! ンン~ン!」
促され、改めてぞろぞろと歩き出す賢者科クラスと勇者科クラス。
2年D組の面々も後に続こうとするが……。
ひときわ大きな少年だけが、その場から動かなかった。
「うほっ……! ゴリは、ラスト間際のほうに乗るぜ……!」
「ライ……!? まさか、すみっこ君の寝言を信じる人間がいるとは……!? どうやらあのゴリラボーイ、本当に脳まで筋肉で出来ているようだ……! ライララライ!」
ライトニックは驚嘆を表すように、ライーンと竪琴をかき鳴らすと、
「ライラライララライ! いいだろう! それではライが特別に、キミたちが天国に行くとろを、即興の昇天ソングで見送ってあげようではないか! ライラ・ライラ・ライラ・ライっ!」
フラメンコのようなステップを、フォロワーたちと踏みならして盛り上がっていた。