40 脱衣勝負4
15回連続で、2分の1のババを回避してみせたボウイ。
いや、もうすぐ16回目となるであろう。
彼自身はすでに、まわりの女生徒たちの色香にやられてメロメロであった。
とてもそんな奇跡を起こせる状態にあるとは、思えなかったのだが……。
少年は突き出された2枚のカードのうち、まず左のほうに指をかけた。
カードを突き出しているチャリン自身は、眉ひとつ動かさないポーカーフェイスを貫いている。
そのため、それがババかどうかは、表情からは全くわからないのだが……。
『心拍数が100に上昇しました』
少年の『デヴァイス』ごしの視界では、彼女の変化が手に取るようにわかっていたのだ……!
右のカードのほうに指をかけると、心拍数が下降。
そっちを引きさえすれば、ワッと歓声がおこり……。
「ああっ!? またババじゃなかった!」
記録、更新っ……!
「すごいすごい! これで16回連続だよ!?」
「もしかして、すみっこ君、ババが見えてるんじゃないの!?」
「そうとしか思えないけど……でも、どうやって!?」
「そうだよ! あのトランプはチャリンのものだよ!? ババに印をつけるにしても、一度は引かなくちゃならないのに、すみっこ君はまだ一度もババを手にしてないんだよ!?」
チャリンは焦っていた。
不正の証拠となるものがまるでないからだ。
それにすでに一度、無理やりにゲームを変えたので、これ以上の強引な手段には出たくなかった。
なぜならば、商人は相手の心理を読み、言葉による駆け引きで相手をやり込めるのが本来のやり方。
恫喝で相手を脅したり、力で押さえつけたりしては、野蛮な盗賊などと変わりない。
金にがめついように見えて、商人たちは騎士と同じくらい高潔なのだ。
ギャンブルで平気でイカサマをする倫理観のほうはともかく……。
あくまでスマートに、しゃべくりという名の剣で、相手の心を斬りつけることを至上とするのだ。
しかしその得意技も、ラスト・マギアの前にはかたなしであった。
このままでは、負ける……!
と思ったチャリンの横から、あるクラスメイトがささやきかけてくる。
「落ち着いて、チャリン。もしかしたらわずかな動揺が、顔に出てるのかも」
「そ……そんなことはあらへん! わいはポーカーフェイスには自身があるんやでぇ! たとえ目の前で金を落とされても……」
……チャリーンッ!
「ど、どこやっ!? いま銭が落ちた音が……! はっっ!?」
「やっぱり、動揺が顔に出ちゃってるんだよ!」
「くっ……! こ、こうなったら、アレをやるしかないでっ!」
仲間からのアドバイスを受けたチャリンは、手札からサッ! 顔を背けた。
「カードを見いひんかったら、動揺も出ぇへんやろ!? どうやっ!?」
チャリンは商人としてのプライドを捨て、ついに運を天に任せる作戦に出た。
これならたしかに、わずかな表情の変化を悟られることもない。
そしてやぶれかぶれではあったものの、実は効果はてきめんであった。
ボウイがどちらのカードに指を置いても、心拍数が変化しなくなってしまったのだ……!
――……しまった!
これじゃ、どっちがババだかわからないよ!?
しかしチャリンが仲間からの助けによって、新たな作戦を見出したように、ボウイにも助けが訪れる。
それも、女神級に強力な助っ人が……!
――あの、旦那様。差し出がましいようで、申し訳ございません。
ババは、右のカードのほうでございます。
頭の中で聖鈴のように響いた声に、思わず振り返ってしまうボウイ。
するとそこには、下着姿の女生徒たちの肩越しに、ニッコリ微笑むコエの姿が。
――コエ、なんでわかるの!?
――チャリン様のカードが反射して、見えているからでございます。
――見えるって、どこから……!? 反射するものなんて、どこにもないけど……!?
ボウイは半信半疑でチャリンの周囲を探ってみたが、鏡どころか光りモノひとつない。
――それでは、反射している箇所を大きくさせていただきますね。
彼女がそう言うなり、ボウイの視界に変化が訪れる。
まるでデジタルカメラがズームするように、
……キュイイイイインッ……!
ある一箇所が、大写しになったのだ……!
――え、ええっ!? これ、何っ!?
――『デヴァイス』の機能のひとつ、水晶体ズームでございます。
旦那様の視力を一時的に10.0まで向上させ、その視力を使って、ご覧になっている映像の一部を切り取り、アップでお見せする機能でございます。
――す、すごい……! これも、ラスト・マギア……!?
――左様でございます。
そして目に飛び込んできた光景に、ボウイは思わず「あっ」と声を出してしまう。
少年が見ていたものは、なんと……。
チャリンにアドバイスしてきた、少女の瞳……!
彼女はチャリンのかわりに手札を覗き込んでいるのだが……。
どアップになった彼女の眼球には、ありありと手札が映り込んでいたのだ……!
――す、すごい……! 目に映り込んでいるものが、こんなにハッキリ見えるだなんて……!
――水晶体ズームは旦那様がご覧になった映像をそのまま映すだけでなく、見やすく修正してご覧にいただいております。
ですので、何のカードかまではっきりとおわかりいただけるかと思います。
――う、うん……!
しかもこれなら、心拍数よりもずっとわかりやすいよ……!
「すみっこはん、なにボサーッとしてんねん! 早うしいや! それともやっぱりわての顔を見て、ババを当ててはったんか!? なら残念やったなぁ! これでもうインチキは通用……」
……すっ、と迷いなく引かれていくカードに、チャリンの背筋に冷たいものが走る。
「ま……まさか、また……!?」
「う……うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーっ!?」
と周囲から、驚愕が噴出する。
「し……信じらんないっ!? またババを回避したよ!」
「こ……これで17連続目だよっ!? いったい、どうなっちゃってるの!?」
「チャリンが駆け引きを捨てて挑んだってのに、通用しないんだなんて……!」
「な、なんて人なの……!?」
「す……すみっこ君って、もしかして、とんでもない人なんじゃ……!?」
しかし彼女たちの驚きは、それだけでは終わらなかった。
……ぱさり……。
とボウイが投げ出さしたカードに、悲鳴が止まらなくなってしまう。
「あっ……!? あっあっあっ!? ああああああああああああああああーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「うっ……!? うそうそうそっ!? うっそぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「やだっ……!? やだやだやだっ!? やだぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
「あ……あがりぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃぃーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」