04 はじめての攻撃魔法
「たぶんゴリタンが特待科のクラスとモメて、どっちが早くミ二タウロスを倒せるかどうか勝負してるんだろうね」
寄り添うようなメイドから「ゴリタンとは、どなた様のことでしょうか?」と尋ねられ、指をさしながら続ける。
「あそこにいる、デッカい男の子だよ。ゴリラ・タンクって名前だから『ゴリタン』。特待科の子たちが大嫌いで、合同授業でもよくモメてるんだ」
「特待科というのは、勇者科、賢者科、聖女科のことでございますね。今あちらにおられるのは、お召し物からして、勇者科の方々のようですが」
「コエさん、よく知ってるね」
ボウイとしては褒めたつもりだったのだのだが、なぜか彼女は悲しそうに眉を伏せた。
「『コエさん』だなんて、そんな……どうかわたくしめのことは『コエ』もしくは『お前』とお呼びになってくださませ」
ボウイは中等部の2年生なのだが、コエは高等部のお姉さんみたいだったので、呼び捨てにするのはなんだか勇気がいった。
ましてや『お前』なんて言えるわけがない。
しかし捨てられるのを悟った仔犬みたいな表情をされては、応じざるをえない。
「わ、わかったよ。こ、コエ……これでいい?」
すると、コエの表情がパッと華やいだ。
「はい、ありがとうございます、旦那様」
ボウイは『旦那様』という呼ばれ方も気になったが、また落ち込まれても困るので黙っておく。
「ところで旦那様、クラスの方々に加勢しなくてもよろしいのですか?」
「そうしたいのはやまやまなんだけど、僕は普通科でも、予備科の生徒なんだ。いちおう授業はひととおり受けてるけど、何の『適正』もないって言われてて……。冒険者科以外にも、商業科と工業科も受けてるんだけど、てんで駄目で……。ほら、これ見て」
そうこぼしながらボウイが取り出したのは、折りたたみの草刈り鎌だった。
「冒険者になるのはあきらめて、農業をしてろって言われてるくらいなんだ。農業なら『適正』がなくても、死んだりしないからね。そんなボクが加勢なんかしても、足を引っ張るだけだよ」
お手上げといった様子で頭の後ろに手を回し、自虐的な笑みを浮かべる。
しかしそれすらもすぐに消え去り、大きな溜息をついた。
「はぁ……僕は爺ちゃんや父さんみたいに、冒険者になってラスト・マギアの遺跡を巡って調査するのが夢だったんだ……。あ~あ、僕もあんな風に、魔法のひとつでも使えたらなぁ……」
少年の視線の先には、勇者科のクラス。
ローブをまとった生徒たちが、魔法で作り出した火の玉をミ二タウロスに投げつけているところだった。
火の玉は厚い胸板に着弾し、かんしゃく玉のようにパンパンと散る。
「ブモォォォォーーーッ!?」と牛のようにいななき、身体をよじらせるミ二タウロス。
その様子をうらやむように眺めていた少年の肩に、そっと手が置かれた。
「旦那様には、ラスト・マギアがあるではありませんか」
「……えっ? ラスト・マギアって攻撃魔法もあるの?」
「はい。火の玉を撃ち出すことくらいでしたら、造作もございません。『ゆりかごから墓場まで、戦争から平和まで』がラスト・マギアなのでございますから」
ボウイはコエに促され、再び左腕のデヴァイスにはめ込まれた石板を操作する。
『パラダイスカイストア』に浮かび上がったものを、勧められるがままに『今すぐ買う』と……。
……ぱぁぁぁぁぁ……!
コエにメイド服を買ったときと同じ、柔らかな光が現れた。
しかしその光が包んでいたのはコエの身体ではなく、ボウイの右手。
そこには、ブーメランをぶ厚く、そして短くしたような、無骨に黒光りするL字型の物体が……!
「パラダイスカイ社の拳銃、『バントランS 9821モデル』です」
「は……はんどがん? ば……ばんとらん?」
転送魔法のような不思議な光景を目にするのは二度目であったが、いまだ慣れない。
手にずっしりとくる感覚に、目をぱちくりさせているボウイ。
「はい。だいぶ型落ちの製品となりますが、9歳からお使いになれますので、入門用のハンドガンとしてちょうどよろしいかと存じます。また、在庫処分セール中で80%オフでもありましたので、ご予算にもちょうどよいかと思いまして、お勧めさせていただきました」
「なんだかよくわからないけど……コレって、魔法を使うための触媒のようなもの? どうやって使えばいいの?」
「はい。それでは使い方のほうを、デヴァイスに表示させていただきます。お望みでしたら、わたくしからご説明させていただくことも可能です。また、そちらの製品には『モーションアシスト』の試用権がバンドルされておりますので……」
ボウイは手元に現れた説明アニメーションを見ながら、ハンドガンをいじる。
「えーっと、まず、スライドを引いて、弾を装填……セーフティーを解除して、図のように構え、サイトで狙いを定める……」
試しに、2年D組側のミ二タウロスの頭を狙ってみた。
ミ二タウロスはまだまだ元気で、クラスメイトたちを蹴散らしている。
かたや勇者クラスの戦っているミ二タウロスは膝を付き、あと少しで倒せそうなところまで来ていた。
「弾丸には自動追尾機能がありますので、あまりしっかり狙わなくても命中いたしますよ。構えたあとは、ひとさし指のところにあります、トリガーをお引きになってくださいませ」
背後からそう言われ、ボウイは軽い気持ちでひとさし指を引き絞ドガァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーンッ!!!!
耳をつんざくような爆音が、室内を揺らす。
「うわあっ!?」
ボウイは手が爆発したような反動に吹っ飛ばされていたが、地面に倒れる前に、
……むにゅっ!
と形容しがたい柔らかさの物体が背後にあって、事なきを得た。
「……ぶ……ブ……モ……!?」
撃たれたミ二タウロスの眉間には、大きな穴が開いていた。
血走った目をひん剥き、何が起こったのかよくわからない呻きをあげている。
かなり強い衝撃を受けたのだろう、一瞬前のめりになったあと、もんどりを打ち、
……ズダァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!!!
あたりに激震を起こすほどの勢いで、ブッ倒れていた。