36 分け前の話
商人科の生徒たちは戻ってきたコエを戦女神のように讃えたあと、戦利品である宝箱を押しやって運んできた。
宝箱は動かせるものと、ボルトなどで留められていて動かせないもののふたつある。
重量がそれほどなく、動かしても問題なさそうなものであれば、安全地帯まで運んでから解錠するのが商人たちにとっては一般的であった。
なぜならば彼らは、中身を取り出してカラッポになった宝箱すら持ち帰るからだ。
とある生徒が宝箱を入念にチェックして、罠が仕掛けられていないことを確認すると、蓋に手をかけて押し開いた。
……パカッ……!
鈍い光があふれ、「うわぁ……!」と歓声がおこる。
「コインがぎっしり詰まってる……!」
「ぱっと見た感じ、300万¥はありそうだな!」
「すごい! こんな低層で300万¥も入った宝箱だなんて!」
「さすが隠し部屋に隠されてるうえに、あんなに厳重に守られてただけあるよ!」
「ここ最近……ううん、私たちのクラスでは、いちばんの儲けじゃない!?」
「そうだな! 他の商人科のクラスのヤツら、悔しがるだろうなぁ!」
盛り上がる少年少女たちの輪の外で、宝箱を見つめていたボウイ。
彼はひとり、ぽかんとしていた。
なぜならば、宝箱が開いた瞬間、
『3,000,000pp』
と大きな数字が飛び出してきて、左上のpp残高に加算されたからだ。
335,086ppだったのだが、それが一気に、3,335,086ppに……!
もちろんその様子は、商人科の生徒たちには見えていない。
「これは、いったい……!?」と目を白黒させるボウイに、後ろに控えていたコエが言う。
「はい、旦那様。遺跡の宝箱からなにかを発見されますと、それと同等のppが獲得できる仕組みになっております」
「なるほど! 宝箱の中に300万¥入っていたから、300万ppがもらえたのか……!」
驚きのボウイをよそに、商人の卵たちはさっそく分け前の話をしていた。
「えーっと、300万¥だから、クラスのみんなで分けたら、ひとりあたり10万¥だね!」
「10万!? すっげぇ! そんなにもらったの初めてだよ!」
ボウイは商人科の生徒たちの喜びを生暖かく見守っていたのだが、突然チャリンが立ち塞がるように現れ、ニタリと笑った。
「おおっと、すみっこはん! あんさんの分はナシやで! だって、わてらはあんさんらに頼んだわけやないし、それに分け前の話をせんかったしな! ということは、最初に見つけたわてらのもんっちゅうこっちゃ! 今回は授業料やと思って、あきらめるんやな!」
ボウイは最初、彼女がなにを言っているのかわからなかった。
しかし、戦利品の分配の話だというのにようやく気付くと、
「ああ、なんだ、そういうことか。いいよ別に。僕らはもうじゅうぶん過ぎるくらい、分け前をもらったから。ね、コエ」
「はい、旦那様」
ふたりは顔を見合わせ合ったあと、チャリンたちにニッコリ笑い返す。
その笑顔があまりに屈託がなかったので、彼らは唖然としていた。
「え……なんで……?」
「なんでふたりとも、そんなに笑っていられるの……?」
「この宝箱は、すみっこ君とコエさんがいたから、手に入ったようなものなのに……」
「なんでふたりとも、悔しがらないの……?」
事前の交渉がなかったという理由で、戦利品を独り占めにするのは商人たちの常套手段である。
授業でも教えられているくらいなので、彼らは悪びれもせずにやってのけるのだが……。
ここまで無欲で、素敵な笑顔を見せられると……。
商人の卵たちは、自分がすごくがめつい事をやっているような気分になって、なんだか恥ずかしくなった。
しかしながらチャリンだけは、新たな鉱脈を見つけたかのように目を輝かせると、
「うぅ~む! ええやんええやん! いくら働いても銭はいらんなんて、最高やん! タダ働き……いやいや、やりがいが報酬になるだなんて、最高の労働力……いやいや、仲間やんっ! こんなチンケな宝箱なんかにかまけとる場合やないで!」
「じゃあ、そろそろ行こうか」「はい、旦那様」と立ち去ろうとするふたりの前に、すかさず回り込む。
「すみっこはん! コエはん! ちょおっと待ちいな!」
「チャリン、まだなにかあるの?」
「わてらと勝負や!」
「えっ、勝負? どうして急に?」
「ここまでわてらに恥かかせておいて、逃げようったってそうはいかんでぇ!」
それは完全に言いがかりであったが、チャリンは勢いで押し切ろうとする。
「わてらの商人の間で伝わる、博打で勝負や! ほいで、勝ったほうが負けたほうの言うことを、なんでも聞くんや!」
「なんだかよくわからないなぁ。なにか嫌なことをしたんだったら謝るけど」
ボウイがそう言うと、コエはさっそく頭を下げていた。
「わたくしのことがチャリン様のご気分に障られたのでしたら、誠に申し訳ございませんでした。このとおり、深くお詫びさせていただきます」
「いーや! わては1¥にもならん頭を下げられても、納得せぇへんでぇ! 勝負や! 勝負をするんや!」
「うーん。でも僕が勝ったところで、チャリンにしてほしいことなんて、なにもないけど……。コエは、なんかある?」
「えっ、わたくしですか? わたくしは……」
いきなり話題を振られて少し驚いた様子のコエだったが、なぜか急に流暢になって、
「はい。それでは旦那様が1回勝つごとに、女生徒のみなさんにお召し物を脱いでいただくというのはいかがでしょうか? そして全裸になった時点で、旦那様に土下座をしていただくというのは?」
見目麗しい美少女の口から、立て板を流れる清水のように発せられたのは……。
まるで中年のオッサンが考えたかのような、下衆な罰ゲームであった。
「こ……コエっ!?」
コエはキツネ憑きから自分を取り戻したかのように、ハッとする。
「えっ!? ええっ!? す……す、すみません旦那様! わたくしは、なんというはしたないことを……! あっ、あの……!? どうやら、言語回路の調子が……!?」
失言のあまり真っ赤になった顔を押えて、いやいやをするコエ。
そして少年は例によって、今になってようやく気付いていた。
視界の左上にあるラキスケが、明滅しているのを……!
「ちゃ……チャリン! い……いまのナシっ!」
と取り消そうとしたところで、もう遅かった。
少女商人の磨き上げられたメガネに、キラリンと光の筋が走ったかと思うと、
「ええでぇ! あんさんらが勝ったら、わてのクラスの女子全員が脱いだる! ただしそっちが負けたら、コエはんが脱ぐんやでぇ! そして先に全裸になったほうが、相手の言うことをなんでも聞く……! わてらは全員で、全裸土下座したるわ!」




