35 ネタバレ
ここはこの世界に多く存在する『遺跡』。
多くのモンスターや罠が仕掛けられている場所である。
美少女メイド、コエは今まさにその『罠』に直面していた。
10個ものレバースイッチに。
おそらくではあるが、正解のスイッチを引き当てれば、上にある宝箱が手に入る。
しかしハズレのスイッチを引いてしまうと、タダではすまないことが起こるであろう。
そしてメイドは、その10分の1という選択を、主人に委ねた。
ハズレを引けばなにが起こるかはわからないが、いちばん被害を受けるであろう立場にも関わらず……。
ご主人さまのためなら、生命も捧げてもかまわないとばかりに……!
「旦那様! どのスイッチを入れればよろしいでしょうか!?」
スイッチに背を向けたコエは顔をあげ、遠くから見下ろしているボウイに向かって問いかけた。
しかし本来であるならば、ボウイとコエはラスト・マギアの機能によって脳内会話が可能である。
つい先ほどまで、コエはその手法で語りかけてきたというのに、今回に限ってはなぜかリアルボイスを出した。
それは、なぜか……?
理由は実に単純で明白。
さらには彼女の健気な想いが込められていたのだ。
ボウイの眼下には、小太陽のように輝くコエの姿があったのだが、その上にはワイヤーフレーム状の見取り図が表示されていた。
そこにはこの周辺の構造はもとより、隠し通路や宝箱、落とし穴の位置までがバッチリ記載されている。
そして、それどころか……。
コエのいる場所あたりには、赤い矢印が引っ張られており……。
『仕掛け:10個のスイッチあり。正解は向かって左から3番目のスイッチ』
思いっきり、攻略法がっ……!?
ちなみにボウイが視ているこのマップは、コエにも共有されている。
なので、彼女は尋ねる必要などなく、正解を知っているはずなのだが……。
ボウイはそんな想いに気づくこともなく、叫び返していた。
「コエ! 左から3番目のスイッチを動かして!」
迷いのない少年の決断に、彼のまわりにいた商人科の少年少女たちは動転した。
「えっ!? すみっこはん!? なんでぜんぜん迷わへんの!?」
「そうだよ! もっとよく調べてもらってからのほうが……!」
「ううん、ダメよ! たとえ調べたとしても、10個のスイッチなんて危なすぎるわ!」
「ああ! コエさんを危ない目に遭わせるなんてとんでもない! 宝箱はあきらめて、引き返させたほうがいい!」
「そうだ! ハズレのスイッチを引いても、俺たちは逃げ切れるかもしれないけど、コエさんは助からないぞ!」
「コエさんが魔導人形だからって、犠牲にしようっていうの!?」
商人たちは……いや、人間は普通、ゴーレムの安否など気遣わない。
むしろ危険地帯には率先して突っ込ませていって、汚れ仕事をやらせて当然の存在となっている。
しかしコエに関してだけは、人間たちは「とんでもない!」と口を揃えた。
それどころか、
「だったらすみっこ! お前が行けよ!」
「そうよ! コエさんになにかあったらどうするつもりなのよ!」
とうとう人間であるほうのボウイを吊し上げ、犠牲にしようとする始末……!
その様子を傍から眺めていたチャリンは、コエのすさまじいカリスマ性に舌を巻いていた。
「うう~む! やっぱりコエはんは只者やないでぇ! コエはんに売り子をやらせたら、そのへんの石ころでもさばけるんちゃうか!? こうなったら、なんとしてもわての店に……!」
ボウイは大勢の商人たちから責められても、動じていなかった。
もはや彼にとって、ラスト・マギアは絶対的なる存在。
コエも含め、全幅の信頼のおける存在になっていたからだ。
少年は、大人びた顔つきで頷いていた。
「心配しないで、みんな。左から3番目のスイッチが、宝箱が手に入るスイッチなんだ。僕にはわかる」
「落ちこぼれのすみっこのくせに、なんでそんなことが言えるんだよ!?」とすかさずチャチャを入れられても、
「僕にはラスト・マギアがあるから。僕がラスト・マギアを信じているように、みんなも信じてほしいんだ」
と力強く答えていた。
そこには、『ラスト間際』『すみっこ』などと揶揄されていた、『準備科』の少年の面影は、どこにもなかった。
『特待科』の生徒かと錯覚させられるほどに、自信満々……!
いつにないボウイの姿に気圧され、商人の卵たちは黙り込んでしまった。
みなの会話が終わるのを待っていたかのように、下層から清音が届く。
「はいっ、旦那様! かしこまりました! 旦那様のご命令どおり、左から3番目のスイッチを動かさせていただきます!」
バッ! と一斉に注目が移る。
コエはスタスタとスイッチに向かって歩いてき、手をかけると、即決するような手際の良さで、
……ガコォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!
倒したっ……!!
……ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
すると、対岸にあった宝箱の下から、石の橋のようなものが伸びてきて、
……ガコォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!
宝箱までの道が、繋がった……!!
それは、まぎれもない正解であった。
ずっと立ち往生していた商人科の生徒たちは、忘我の極地にいるかのように、立ち尽くしている。
「な……なんで……」
「俺たちが、何時間も粘って突破方法を考えていた、仕掛けを……」
「あっさり、解いちまうだなんて……」
「それに、なんで……」
「なんでコエさんは、あんなにためらいもなく、スイッチを倒せたの……?」
「間違ったら死んじゃうかもしれないのに、なんで……?」
「なんで、すみっこなんかの言うことを、全面的に信頼しているんだ……?
「それに、すみっこ君も、すごい自信だった……」
「すごい……なんてすごい、ふたりなの……!」
「きっとふたりは、見えない絆で繋がってるんだわ……!」
「金ではなく、魂で繋がってるだなんて……!」
「い……いい、なぁ……!」
『他人を見たら金と思え』と教えられている商人の卵たちにとって、そのふたりの関係はたまらなく異質であった。
そして……羨望を感じずにはいられなかった。
……さて。
コエのボウイに対する、密やかなる想いが……これでわかっていただけただろうか。
そう……!
コエはボウイを立てるために、わざと……!
正解を知っているにもかかわらず、みなに聞こえるリアルボイスで問うたのだ……!
ボウイによって正解が指示されれば、それを聞いていた商人科の生徒たちも、見直してくれるだろうと……!
実はメイドは我慢ならなかったのだ。
大好きなご主人様がバカにされ、軽んじられていることを。