34 罠もスイスイ
ラスト・マギアの力で動いているという少女、コエ。
昨日、ボウイがデヴァイスによって、偶然にも彼女を見出したのだが……。
その第一印象は、丁寧だが事務的というか、少し冷たいような印象を受けた。
しかし接するうちに、少しずつ感情のようなものを見出すようになってきた。
恥じらい、不安、喜び、幸せ、慈しみ……。
さらには、怒り……。
物腰は変わらず丁寧なままなのだが、少しずつ人間っぽさを感じさせるようになった。
そして今は、もじもじしながら少年に『おねだり』している。
「それで、あの……。下は暗いようですので、暗視機能をわたくしに頂けますと、大変有り難いのですが……。あっ、いえ、決してわたくしが欲しいのではなく、そのほうが探索も捗るかなと思いまして、ご提案させていただいた次第で……」
少年はそんなコエが、なんだか可愛く見えた。
「わかった。ノクトビューだね。いくらぐらいするものなの?」
「はい。いちばんお手頃なものとですと、10万ppほどでして……。あっ、今ですと、サーチライト機能もオマケで付くようです」
遠慮がちに案内していたコエだったが、オマケ付きとわかると急に声が明るくなり、いそいそしはじめた。
「あの、サーチライト機能もありますと、暗い場所も照らせて大変便利かと存じますので……」
「わかった。じゃあ買うよ。パラダイスカイストアまで案内してくれれば……」
「あっ、旦那様のご承認をいただければ、わたくしのほうで代理決済をすることも可能でございます。わたくしのほうで購入させていただいてもよろしいでしょうか?」
「うん、じゃあ頼むよ」
「かしこまりました。ありがとうございます、旦那様」
足長おじさんに感謝する少女のように、ぺこり、と頭を下げるメイド。
ふたりのやりとりを眺めていたチャリンは、「なんか、ようわからんわ……」と呆れ顔。
しかし、次の瞬間、
……ぱぁぁぁぁ……!
光に包まれるコエに、飛び上がっていた。
「なっ!? なんなん!? なにがあったん!?」
「これで、サーチライト機能と暗視機能が、わたくしに備わりました。旦那様、チャリン様、それではさっそく行ってまいりますね」
今度はふたりに向かって一礼したコエは、底に向かって伸びている鉄の梯子へと歩いていく。
ワンピースのスカートをくるりんと翻すと、あたりに花の香りが広がった。
コエにかかれば、梯子を降りるという何気ない動作でも、まるで大階段を降りるお姫様のように、ひたすら絵になる。
商人科のクラス全員が見とれるなか、コツ、コツ、と黒いエナメルの靴を鳴らし、ゆっくりと沈んでいった。
最初は演劇を観ていたような少年少女たちも、お姫様が底に近づくにつれて、ハラハラしだす。
「ほ、ほんとうに、大丈夫なのかな?」
「あのコエさんが魔導人形なら、たしかにスケルトンの『生命力感知』には引っかからないはずだけど……」
「でもあの動き、本当にゴーレムなのか? なんていうか、人間みたいじゃねぇか?」
「人間っていうか……綺麗すぎて、女神サマみたいよね!」
「うん! 私いっぺんに好きになっちゃった!」
「がんばれーっ! コエさーんっ!」
出会ったばかりだというのに、コエはもう商人科クラスの心を掴んでいた。
ううむ、と唸るチャリン。
「他人は、みんな銭や思えいうんが商人やのに……。コエはんは、1¥も払うてへんのにクラスの人気者になっとる……! やっぱり、わての目に狂いはなかった! コエはんがわての店におれば、大儲けできるでぇ!」
脳内で勝手にコエを看板店員に仕立て上げ、そろばんをはじいている。
そんな商人根性丸出しの彼女をよそに、コエは下までたどり着いていた。
ボウイの頭の中に、いつもの鈴音が流れる。
『旦那様、下層まで到着いたしました。それでは、探索を開始いたしますね』
上層にいる者たちはこぞって底を覗き込んでいたのだが、コエの姿は暗闇にまぎれて見えなかった。
ボウイは独り言のようにつぶやく。
「わかった。うぅん、でもここからじゃ、コエの姿がぜんぜん見えないな……」
すると、『かしこまりました。それでは、ご覧いただけるようにいたしますね』と返答の後、
……パッ!
とライトアップされるかのように、コエの全身が光り輝いた。
浮かび上がる姿に、感嘆の溜息が漏れる。
「うわぁ、綺麗……!」
「まるで、光の女神さまみたい……!」
「それに、見てみろよ! コエさんが降りたってのに、スケルトンのやつらぜんぜん動かないぞ!」
「ホントだ! まるでコエさんに服従しているみたい!」
ずらりと並んだスケルトンたちは、俯いたまま微動だにしていない。
その真ん中を悠々と、優雅な足取りで進むコエ。
しかし彼女はまっすぐには進まず、見えない迷路を進んでいるかように蛇行していた。
その様子を見ていた者たちは、みな揃って首をかしげる。
「コエさん、なにをやってるんだろう……?」
ボウイだけは、その奇行の意味を理解していた。
――コエは、落とし穴をよけているんだ……!
ボウイの視界には、コエの姿と同時に、近辺の見取り図が映し出されている。
コエを示す点が、落とし穴を示す赤い四角形にさしかかると、彼女はうまいぐあいに迂回していた。
――すごい……!
これさあえば、どんな罠だってへっちゃらじゃないか!
しかし、マップ機能に驚かされるのは、まだまだこれからであった。
下層の最深部まで到達した、コエの目の前にあったのは……。
複数の、レバー式スイッチ……!
誰かが指さして叫んだ。
「あっ! 見ろよ! レバーがあるぞ!」
「しかも、10個もあるわ!」
「きっと、どれかひとつが正解なのよ!」
「ってことは、残りの9個はハズレ……?」
「うん! それにハズレを引いたら、大変なことになるに違いないわ!」
「ええっ!? 10個の中から一発で、正解のひとつを選ぶだなんて無理だろ!」
騒然となる商人科の少年少女たち。
無理もない。
スケルトンと落とし穴という、ふたつの仕掛けを乗り越えたというのに……。
あと一歩で、宝箱というところだったのに……。
最大ともいえる最後の難所が、立ちはだかったからだ……!
10のスイッチを前に、コエは悩むような素振りをみせる。
そして、振り返ると、
「旦那様! どのスイッチをお入れすればよろしいでしょうか!?」
彼女にしては珍しい大声で、主人に指示を求めてくる。
粛々とした彼女が、こんなに大きな声が出せたのかと周囲を驚かせるほどに。
……さて、コエはなぜここにきて、声……。
大声を出してまで、ボウイに問いかけたのだろうか?
ついさっきまで、脳内会話をしていたのに……?