33 スケルトンの部屋
商人科の生徒たちがたむろする隠し通路に、突如として現れたボウイとメイド。
ボウイは準備科の生徒なので、冒険者科だけでなく、商人科と工人科の体験授業も受けている。
なので、彼らとは顔見知りであった。
しかしどの科でも適正がなく、おちこぼれだったボウイを歓迎する者はいない。
商人ルックに身を包んだ彼らは、さながら商団のようであった。
その中からふと、ひとりの少女が歩み出てきて、ボウイにずんずんと近寄ってくる。
「すみっこはん、なんでここがわかりはったん?」
顎に手を当て、メガネごし細めた瞳をジロジロとボウイを睨めるこの少女は、チャリン・チャリン。
商人科クラスにおけるリーダー的存在の少女である。
ボウイは本当の理由を言っても信じてもらえないだろうと思い、適当にごまかした。
「ああ、チャリン。偶然だよ。ひと休みしようと思って壁に手を付いたら、スイッチみたいに押し込まれて、壁がスライドしたんだ」
「ホンマかぁ? なんや銭の匂いがするなぁ~」
顔からはみ出しそうなくらい丸くて大きな眼鏡を、くいと直すチャリン。
この世界の人々はみな語尾が独特であるのだが、チャリンのそれは特に異質であった。
異国の国『ナニワン』という所の方言らしい。
チャリンはボウイの背後にいたコエに気付く。
「あっ、これって魔導人形!? 昨日、お風呂で2年D組の子たちに聞いたで! 噂どおりのべっぴんさんやなぁ~!」
チャリンはボウイに尋ねたつもりだったのだが、返答は彼女が思いもしなかった所から返ってくる。
「はじめまして、チャリン様。わたくしはボウイ様の専属メイドであります、コエと申します。不束者ではありますが、どうかよろしくお願いいたします」
ペッコリと頭を下げるゴーレムに「ぎょっ!?」と口に出してしまうチャリン。
「なんやこのゴーレム、しゃべりおったで!? しゃべるゴーレムなんて初めてや! へぇぇ! ええやんええやん! あんた、どこの子なん!?」
チャリンはただでさえジロジロと見ていたものを、さらに食らいつくように顔を寄せる。
見かねたボウイが割って入った。
「コエはラスト・マギアのゴーレムなんだよ。僕には適正があったから、こうやって一緒に……」
「へぇぇ! すみっこはん、ついにラスト・マギアを見つけはったん!? それでこのゴーレムを!? ええやん、なんぼなん!?」
「いや、コエは売り物じゃないよ」
「そうなん? なら1日ばかり、わてに貸してくれへん? こんなべっぴんさんなゴーレムが接客してくれたら、千客万来やで!」
ちなみにではあるが、商人科の生徒たちは遺跡の中などで露店を開き、遺跡探索に来る冒険者たちを相手に商売することがある。
それも、れっきとした授業の一環として。
チャリンは声が大きくてグイグイ来るので、ボウイはなんとなく苦手だった。
「か……考えとくよ。それよりもチャリンたちは、ここで何をしてたの?」
強引に話題を変えると、女商人は肝心なことを思い出したかのように、ぽんと手を打ち鳴らした。
「そうや! この先に宝箱があるんやけど、モンスターがおって取りに行けへんのよ!」
隠し通路の先は、深い谷底のような段差になっていて、商人科の少年少女たちはその淵で立ち往生しているようだった。
ボウイも覗き込んでみると、深い海のような段差の底には、暗闇が広がっていた。
壁際には、うっすらと光る骨格標本のようなものが、ずらりと整列している。
顔をあげて、水平の高さに視線をあわせると、遙か向こうには対岸があって、そこに宝箱が鎮座していた。
隣にいたチャリンが、困ったように唸る。
「う~ん。下に降りる梯子があるさかい、きっとこの下には、対岸の宝箱を取るための仕掛けみたいなんがあると思うんやけど……。見てのとおり、スケルトンがうじゃうじゃおるやろ? 1体2体ならともかく、あんなぎょうさんおったら、生命がいくつあっても足りひんで」
『スケルトン』というのは、遺跡では一般的なアンデッドモンスターの一種である。
ようは動く白骨なのだが、目や耳がないかわりに『生命力感知』といって、生命あるものに反応し、襲ってくる性質がある。
段差の底にいるスケルトンたちは武器を持っておらず、素手だったので、それほど問題となる相手ではない。
たとえば広い入り口のある部屋のように、一気になだれこめるような作りになっていれば、商人クラスといえども数の力で押し切ることができたであろう。
しかし梯子だとひとりずつしか降りられないので、最初に梯子を降りた者たちは間違いなく袋叩きにあってしまう。
若くして死ぬのは嫌なのだが、さりとてお宝を目の前に引き下がるなど、まだ卵とはいえ商人である少年少女たちにできるわけがない。
彼らはなんとも悲しい性による葛藤で、立ち往生していたのであった。
チャリンはあきらめたように溜息をつく。
しかし落ち込んでいるように見えても、頭の中では抜け目なくソロバンを弾いていた。
「はぁ……。すみっこはんにも見つかってもうたということは、他の冒険者科の子たちに見つかるのも時間の問題かもしれんなぁ……。それやったら見つかる前に、こっちから先に手助けを依頼すれば……隠し通路の情報分だけこっちが有利やから、分け前を多く取れるかもしれんなぁ……」
ボウイも宝箱の中身には興味があったので、なんとかして取れないかと考えていた。
いたって控えめな鈴音が、彼の横からする。
「あの、旦那様……。差し出がましいようですが、もしよろしければ、わたくしが降りてまいりましょうか?」
「えっ、コエが?」
「はい、旦那様。わたくしはアンデッドモンスターの生命力関知には引っかかりませんので」
「あっ、そっかぁ! あんまりにべっぴんなんで忘れとったわ! コエはんってゴーレムやったんやなぁ!」
「はい、左様でございます。チャリン様」
「ええやんええやん! ほんなら頼むわ!」
「はい。あの……行ってもよろしいでしょうか? 旦那様」
コエはボウイの確認を取る。
通常のゴーレムというのは、主人以外の命令は聞かないようにできている。
しかしコエは本当はゴーレムではないので、その制限には当てはまらない。
主人以外の人間の命令が聞けないわけではないのだが、主人がウンと言わないことはやりたくない。
それがコエという存在であった、
ボウイは心配そうに尋ね返す。
「スケルトンに襲われないのなら、行ってもいいけど……。でも、本当に大丈夫なの? 少しでも怪我するようなことがあったら……」
「はい、旦那様。おそらくですが、問題ないかと思われます。それにわたくしは、旦那様のお役に立ちたいのです」
胸に手を当てて、健気に答える美少女メイド。
そして少し言いにくそうに、言い添える。
「ですので、あの……。下は暗いようですので、暗視機能をわたくしに頂けますと、大変有り難いのですが……」
コエは、継母におねだりする幼い娘のように、ちろり、ボウイを見た。




