32 隠し通路
半裸同然になったしまったルナナ先生は、2年D組の女子たちの輪によって守られる。
ボウイたち男子と担任教師は遠くに追いやられてしまった。
女子の輪の中心には、凍える人のように身体を抱きしめている女教師と、折り目正しい正座でちくちくと繕い物をするメイド。
コエは内臓のソーイングセットを取り出し、ホックの取れたブラと、ブラウスのボタンを繕ってあげていた。
それは恐ろしいまでの手際の良さで、一瞬にしてできあがる。
「はい、どうぞ、ルナナ様。頑丈な糸を使って繕っておきましたので、ラキスケ以外の事故で取れることはもうないと思います」
「あ……ありがとうございますデス」
受け取ったブラをいそいそと付けるルナナ。
大きなメロンを網で包んでいるかのような光景に、まわりの女子たちも見とれてしまう。
「すごい、おっきい……!」
「いったいなにを食べたらあんなに大きな胸になるの……!?」
「コエさんも大きかったけど、先生はそれ以上かも……!?」
「しかしクールな感じだったルナナ先生が、まさかあんなに取り乱すなんて……!」
「うん、あんなに情熱的にボウイ君に迫るだなんて! 意外だったよねぇ!」
女子たちのヒソヒソ話を耳に挟んでいた女教師は、戸惑いを隠せずにいた。
――ううっ……ずっとまわりからはクールと言われてきたのに……。
まさかこんなに取り乱してしまうんだなんて……
は……恥ずかしいデス……。
即死してしまいそうなほどに……!
先生を、こんなにしてしまうだなんて……。
ボウイ君って、いったい何者なんデス……?
事の発端はクモなのだが、そのことはすっかり忘れてしまっているルナナ。
まるで初めての男であるかのように、少年のことが頭に焼き付いて離れない。
ついぼんやりしてしまって、いつの間にかコエがブラウスを着せて、ボタンまで止めてくれていた。
「はい、ルナナ様。もう大丈夫ですよ」
「あっ……何から何まで、ありがとうデス……」
「いいえ。それよりも旦那様のことを、これからもよろしくお願いいたしますね。それではわたくしは旦那様をお待たせしておりますので、これにて失礼させていただきます」
コエは保護者のようにぺこりと頭を下げると、淀みない仕草ですらりと立ち上がる。
そして「失礼いたします」と、深々ともう一礼。
彼女はまわりの女子たちにもいちいち丁寧に挨拶をしたあと、輪を抜け出す。
それは、誰もが見とれるほどの見事な所作……心身ともに美しい、本物の淑女のようであった。
そして、彼女はいつもは楚々と歩いているのだが、この時ばかりはぱたぱたと小走りで駆けていく。
主人に会いたくてたまらない仔犬のように。
それがまた、見る者をほっこりと、そしてたまらなく羨ましい気持ちにさせた。
その狂おしいほどの気持ちを独り占めしていたのは、やっぱり、あの少年……!
「旦那様、お待たせして大変申し訳ありませんでした。それでは、遺跡の探索のほうにまいりましょうか」
「うん。ルナナ先生のほうはもういいの?」
「はい。ルナナ様のお召し物を繕わせていただきましたので、もう大丈夫かと思います」
「そっか、じゃあ行こうか」
「はい、旦那様」
コエは、歩き出すボウイの後ろを、いつもの上品な足取りで……。
しかし嬉しくてたまらない様子が滲み出ているかのような、軽い歩調で後に続いた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
『アインダス第四学園』の実技における遺跡探索は、クラスごとか、科目ごとのグループになって行なわなくてはならない決まりになっている。
遺跡探索は危険を伴う行為なので、単独による探索は禁止とされているのだ。
ボウイだけは『準備科』という、いわば仮の生徒のようなもので、厳密にはどのクラスにも科目にも属していない。
しかしモンスターに遭遇したときのことを考えて、お情けで2年D組のクラスとして同行することを許されていた。
今まではラスト・マギアの謎を解き明かすため、2年D組の金魚のフンのように後を付いていっていたのだが……。
今は違う。
大魔法なみの超火力を持っているうえに、なにせ罠や宝箱の位置までわかるマップまであるのだ。
最初はこの情報をもとに、クラスメイトたちを先導することも考えたのだが、おそらく誰もついてこないだろうと思い、単独での探索をする。
彼はまず、マップを頼りにしらみつぶしに歩きまわってみることにした。
「ねぇコエ、マップの中にところどころ、壁ごしの通路があるんだけど、これってもしかして……」
「はい、旦那様。そちらは『隠し通路』でございます」
「うぅん……ラスト・マギアってすごいなぁ……隠し通路までわかるだなんて……」
『隠し通路』というのは、一見して壁なのだが、通り抜けられたり、何らかの操作をすることによって壁が動いて先に進めるという仕掛けである。
『隠し』というだけだって、それを見つけるのも、それを開くのも専門の知識が必要で、かなりの高等技術とされているのだが……。
最初からわかっていれば、鼻歌で開けられる。
そしてボウイはふと、壁の向こうに人だかりができているのに気付いた。
「たぶん、どっかのクラスが隠し通路の中にいる……?」
そうつぶやきながら壁を押してスイッチを探り当てる。
ゴゴゴゴゴ……。
とスライドしたドアの向こうには、案の定、少年少女たちがいた。
振り返ってボウイの姿を目にするなり、誰もがオバケでも見たかのようにギョッとしている。
「えっ!? アイツはもしかして、すみっこ!?」
「なんでこの隠し通路がわかったんだ!?」
「俺たちクラスで朝からずっと探し続けて、やっと見つけたっていうのに……!?」
彼らは普通科の『商人科』の生徒だった。
普通科には大きく分けて、みっつの科がある。
まず、ボウイやゴリタン、キャルルなどがいる『冒険者科』。
この『冒険者科』はさらに細かい分科がある。
ゴリタンが専攻する『戦士科』や、キャルルが専攻する『魔法使い科』などに。
つぎに、遺跡の発掘作業や、武器や防具の製造をする『工人科』。
そして、いま出会った少年少女たちが所属する『商人科』。
商人科はその名のとおり商人を育成している。
工人科の職人たちが作ったものを流通させるのが、商人科の役目である。
しかし商人科も工人科も、冒険者に近い性質を持っている。
冒険者と同じように遺跡を探索し、お宝を探すのだ。
商人科は特に隠し通路や隠し宝箱を見つけるのに精通しており、冒険者たちから重宝されることも多い。
そんな、自分たちの技能を使ってようやく見つけ出した隠し通路を、落ちこぼれであるボウイに見つけられて……。
未来の商人たちは、お株を奪われてしまったような表情を浮かべていた。




