31 死の女教師
「……メガネ、メガネ、メガネ……メガネいずこへデス……?」
その女性は見るからに大人で、少なくとも大学生くらいの歳の頃だった。
しかし赤ちゃんのように四つ足で這い回り、なんとも情けない声をあげている。
ボウイは彼女の捜し物であろうメガネを拾い上げる。
分厚いレンズでずっしりと重いそれを、「はい、メガネをどうぞ」と差し出してあげた。
「えっ? どこのどなたかわかりませんが、ご親切にありがとうございますデス」
手で探るように受け取った女性が、メガネをかけなおすと……大きく澄んだ瞳がキラリンと焦点を取り戻す。
そして、ボウイの顔を認めるなり開口一番、
「あっ、もしかしてあなたは、ボウイ君なのデス……?」
「えっ、僕のこと知ってるんですか?」
「ええ、もちろん。生徒の顔を全員覚えるのは、教師として当然デス」
「ってことは、先生……?」
「ええ。先生はルナナ・グレイヴ先生デス。今日、『アインダス第三学園』から、『アインダス第四学園』に赴任してきたのデス」
「そういえば、死の魔法を得意とするすごい先生が来るって噂があったんですけど、もしかして先生が……?」
「その噂は知りませんデスけど、死の魔法を専攻としているのは間違いないデス。そんなことよりもボウイ君、即死してはなりませんデス」
ルナナ先生は、くいっ、とメガネを直しながら、厳しい声で注意する。
急に話題が飛んだので、「へっ?」と素っ頓狂な声をあげるボウイ。
「いくらキミが準備科の生徒で、まわりから落ちこぼれだと罵られても……ぜったいに即死だけはしてはならないのデス」
『即死』という単語が気にはなったが、ようは死ぬなと言っているらしい。
どうやらこの先生は、ボウイがイジメられていて、それを苦にしていると思っているようだ。
「えーっと、大丈夫ですよ、ルナナ先生。僕は自殺したりはしませんから」
「本当なのデス?」とメガネごしの瞳を、疑うように細める女教師。
彼女はクール系の美女なうえに、黒ずくめの格好なので、まるで早くに夫を失った未亡人のよう。
流し目で見つめられると、女性に不慣れなボウイはゾクッとしてしまった。
少年は、震えを誤魔化すように話題を変える。
「ところでルナナ先生は、ここで何をしていたんですか?」
「メガネを探していたのデス。その前は……」
ふと彼女の頭上から何かが振ってきて、
……すぽんっ。
とやたらと飛び出たブラウス、その谷間に吸い込まれていった。
彼女は、『何かが入った』というのだけは認識できたようだった。
しかしクールな面持ちを崩さずに、しかし動揺を隠せない声で尋ねてくる。
「な……なにが、入ったのデスか……?」
そう聞かれ、ボウイは仕方なく彼女の胸に目をやる。
女教師の胸部は、ブラウスのサイズがあってないあまり、いまにもはちきれんばかりに張っていた。
男なら誰しも目が奪われるほどの存在感があったので、少年はなるべく見ないようにしていたのだが……。
チラと見やった肌色の谷間に、黒いものが蠢いているのを見つけた。
正直に言おうかどうか迷ったが、
「えーっと、クモがいます」
「ひっ……!」
途端、ルナナ先生は急激な尿意を感じたかのように身体をビクンと反らす。
間をおかず、オシッコを必死に我慢しているみたいに爪先立ちであたりを徘徊しだした。
「ど、どうしたんですか、先生?」
「先生は……クモが、苦手なのデス……! それこそ、即死してしまうほどにデス……!」
引きつれた声をあげながら、がばっ! とジャケットを脱ぎ捨てるルナナ先生。
規格外の胸をさらに露わにしながら、しかもブラウスのボタンに手を掛ける。
そして、なんと……。
ずんずんとボウイに向かって、急接近……!
まるで生徒への禁断の想いを、抑えきれなくなった女教師のように……。
今にも泣きだしそうな、切なすぎる顔で、迫り来る……!
「お……お願いデス、ボウイ君……! せ、先生もう、我慢できないのデス……!」
用件は明白だったのだが、そんな潤んだ瞳と色っぽい吐息でグイグイ来られては、たまらない……!
「せ、先生!? わあっ!?」
……どっしーん!
と押し倒された衝撃で、
……ばつんっ!
と弾ける音とともに、ブラウスのボタンどころかブラのホックまでもが散弾銃のように飛び散った。
結果、ダイレクトに豊乳に顔を突っ込んでしまうボウイ。
……むっ、にゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーんっ!!
「んむぅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?」
顔面が生あたたかい柔らかさに覆いつくされる。
まるで罰ゲームで顔にパイを受けたような気分だった。
彼自身もクモになってしまったかのようにもがいて、なんとか谷間から顔を出す。
「ぷはあっ!」
と息を吐いたのも束の間。
「大丈夫ですか、旦那様っ? ああっ」
主人を救出しようと、あわててしゃがみ込んだコエが、躓いてしまう。
そして負けじと……。
いや、おそらく不可抗力として、女教師に負けないくらいの大きな双子山が、さらに覆い被さってきた。。
結果として少年、山脈に生き埋めに……!
……むっ、にゅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅーーーーーーーーーーーーんっ!!
「んむぅーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
さて、この不運な事故は説明するでもないが、ラキスケである。
「ああっ……! ボウイ君! もう我慢できない! 我慢できないのデス! 早く、早くしてほしいのデス……!」
「旦那様、大変申し訳ございません。わたくしも旦那様をお慕いするあまり、我慢できなくなって、このような行為に……」
誤解のカタマリのような台詞を吐く美少女ふたりが、少年ひとりを相手に、網に絡まったみたいにくんずほぐれつ。
しかも遅れて遺跡に到着した2年D組のクラスメイトたちに、最中を目撃されてしまう。
もちろん傍からはどう見ても、事故などには見えなかった。
「ウホッ!? な、なんだ、ありゃあ!?」
「こ、コエさんと、今日入ったルナナ先生が、ボウイを押し倒してるぞ!?」
「ええっ!? なんであのふたりが!? それも、なんでこんな所で!?」
「もしかして場所もわからなくなるほどに、ボウイ君のことが好きになっちゃったとか?」
「なっ、なんでだよ! なんであんな美女ふたりが、ボウイなんかのことを!?」
「だって聖女科のタンポポさんもボウイ君のことが好きだって公言してたでしょう? 急に魅力的になったんじゃない?」
「マ……マジかっ!? なんなんだよアイツ、急にハーレム王みたいになりやがって……!」
驚きを隠せないクラスメイトたち。
しかし一番ショックを受けていたのは、若き担任教師であった。
「ああ……! ルナナ先生……! せっかく素敵な女性に出会えたと思ったのに……! なんで、なんで……! いい感じでおしゃべりできて、これは相思相愛だと思ったのに……! ああっ、やっと独身を卒業できると思ったのに……!」
彼はまるで未来の嫁を寝取られたかのように、ガックリと膝から崩れ落ちていた。