30 新たなる目標
「うわあああん! うわあああんっ! 痛いよ痛いよ痛いよぉっ!? 助けてぇ! パパっ! ママぁ! うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!!!!」
スネイルが声を枯らして泣き叫んでも、コエは強制ロデオを繰り返す。
まるで鬼が取り憑いたかのような容赦のなさであったが、
「あああん!? もうやだっ! やだやだやだやだっ! やだぁっ!! 許してぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇ------------------っ!!!!」
絶叫が、切羽詰まったような悲壮さを帯び始めた瞬間、急停車した。
盗人の身体をあれほど離さなかった拘束が外れ、三角木馬のようだったシートが柔らかさを、いやトランポリンのような反発性を持つ物体に変化する。
その様子を眺めていたボウイや、賢者科のクラスメイトたちは思った。
きっとじゅぶんに反省して「許して」と言ったから、もう勘弁してあげたのだろう、と……。
しかし、そうではなかった。
停車の勢いのあまり、バイクがジャックナイフ状態になったかと思うと、
……すぽーーーーーーーーーーーーーんっ!!
と、強制脱出装置のように、乗っていたお坊ちゃまを射出したのだ……!
「うっ……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?!?」
放物線を描き、絶叫と雫を撒き散らしながら、空を泳ぐスネイル。
キラキラと振りまかれたそれは、涙に見えたのだが……。
しとどに濡れるアカデミックスーツの股間に、誰かが気付いた。
「えっ!? うえっ!? コイツ、漏らしてる!?」
「ってことは、あの水みたいたのはションベン!?」
「いやぁん! きたなーいっ!」
「中学生にもなって漏らしてるんじゃねぇーよっ!」
面罵されていたお坊ちゃんは、その泣き顔ごと泥沼めがけて突っ込んでしまった。
……ずぼーーーーーーーーーーーーーんっ!!
と上半身が腰まで深く埋没し、苦しそうに脚をバタつかせている。
かなりの一大事ではあったのだが、誰も助けようしない。
なぜならば彼の股間からはなおも、黄金が噴水のように噴出していたから……!
下半身まで号泣しているかのように、あたりにまき散らされる汚液に、悲鳴をあげて逃げ惑うクラスメイトたち。
眼下のあまりの惨状に、ボウイは言葉を失っていた。
そこに、
「旦那様、ただいま戻りました」
リューンと軽快な走行音とともに、コエが戻ってくる。
ボウイは四度目の仏に接しているかのように、おそるおそる応えた。
「あ、お……おかえり」
「お待たせして、大変申し訳ございませんでした。キャンペーンコードのスキャンも終えられたようですので、遺跡へのご案内を再開させていただいてもよろしいでしょうか?」
「あ、う、うん」
「それではどうぞ、わたくしにお跨がりになってくださいませ」
あんな処刑じみた行為を見せられた後で、同じものに跨がるのはなかなか勇気がいった。
その少年のためらいを、コエは勘違いしてしまう。
「あっ、窃盗犯は排泄前に解放いたしましたので、車体は一切汚れておりません。ご安心くださいませ」
どうやらコエは、他人の尿意まで察知できるようだ。
いつもならコエの機能には興味津々のボウイも、今回ばかりは「そ、そうなんだ……」と同意するので精一杯だった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
再びコエに跨がったボウイは、いろいろあったものの、馬車で行くよりもずっと速く遺跡に到着した。
遺跡の前にはすでに何台かの馬車が停まっていたので、他のクラスはすでに探索をしているようだ。
ボウイは先人たちに追いつこうと、人型に戻ったコエを引きつれ、喜び勇んで中へと飛び込んでいった。
すると飛蚊のように、少年の目の前にワイヤーフレームの図式が現れる。
「……あれ? これ、なんだろう?」と立ち止まってよく見て見ると、
「デヴァイスのセットアップがさらに進んだようですね。そちらはマップ機能と申しまして、この遺跡の中の見取り図を確認することができます」
「えっ、ラスト・マギアには地図まであるの!?」
「左様でございます、旦那様。昨日の、旦那様がお行きになられた場所と、まだお行きになられていない場所を色分けして表示しております。あとは隠し通路や、宝箱やモンスターの配置などが表示されております」
「すごい……! これがあれば、最下層まですぐじゃないか!」
少年はここに来る道中、『ウルトラビッグコード』の存在を知った。
そして人生の目標である『ラスト・マギアの究明』を、『ウルトラビッグコードを7つすべて集める』という具体的なタスクとして定めていたのだ。
まずはこの『アインダス第一遺跡』で、最初のウルトラビッグコードを見つける……!
そう思って意気込んでいたのだが、マップはまさに渡りにモーターボートであった。
いつもの好奇心をすっかり取り戻したボウイは、マップをへぇへぇと唸りながら眺める。
すると、現在地である入り口すぐ近くに赤い点があって、丸い輪っかのようなアニメーションを出しているのに気付いた。
「この赤いのは、なに……?」
「はい、旦那様。そちらは救難シグナルでございます。困っている方や、助けを求めている方などを表示しております。その方の困窮度に応じて、アニメーションの大きさなどが変化するようになっております」
そのシグナルは、泣く子のようにうぉんうぉんと激しい波紋を広げている。
「これは、かなり困っている人みたいだ……! 急ごう、コエ!」
「はい、旦那様」
困っている人と聞いて、一も二もなく走り出すボウイ。
場所はすぐ近くだったので、あっという間に着いた。
すると、そこには……。
喪服のような、リクルートスーツのような……遺跡探索には似つかわしくない格好の女性がいた。
小さい帽子にヴェール、ジャケットにブラウス、やけにピッチリしたタイトスカートという格好で、廊下に這いつくばっている。
いまにも弾けそうなパツンパンツンの胸を、無自覚に揺らしながら……。
「……メガネ、メガネ、メガネ……メガネはいずこへデス……?」
いかにも心細そうな呻き声あげているところだった。
ちなみにメガネはだいぶ離れたところにポツンと転がっていた。