03 美男と野獣
ボウイ少年の前に、突如として起こった非日常の連続。
物心つく前から、父親と一緒に遺跡を巡り、失われた古代魔法『ラスト・マギア』について調べてきた。
父と子だけではない。ネイション家は先祖代々に渡ってオーパーツを引き継ぎ、ずっと追い求めてきたのだ。
それが少年の代で、ついに解き明かされた……!?
「こ……これが……ラスト・マギア……!?」
「はい、左様でございます。ラスト・マギアへようこそ、旦那様」
はっきりとそう肯定されても、まだ実感がわかない。
というか、わけのわからないことだらけすぎて、何がなんだか。
彫像がメイド服を着て、「旦那様」なんて言い出したのがその極み。
嵐が嵐を呼ぶように、新しい発見が発見を呼び、それにまつわる衝撃がさらなる衝撃となって、豪雨のように降り注ぐ。
まるで特ダネの洪水の中で溺れているような気分だった。
「……おおーい! いつまでそこにいるんだっ!
不意に、怒鳴り声が割り込んでくる。
ボウイとコエは姉弟のような揃った動きでその方角を見やると、建物の奥のほうで、大人が叫んでいた。
「もう校長先生の挨拶も終わって、みんな遺跡の探索に出かけたぞ! お前もサボってるんじゃない! そんなんじゃ、ずっと『予備科』のままだぞ!」
まくしたてられ、ボウイはびくっと居住まいを正した。
「は、はいっ、先生! いま行きまぁーっす!」と叫び返したあと、
「いっけね、先生だ! そろそろ行かなきゃ! えーっと、キミは……」
「はい、どこまでもお供させていただきます。旦那様の後ろで控えておりますので、何なりとお申し付けくださいませ」
コエはすでに一流のメイドなりきっていて、うやうやしい会釈を返す。
ボウイはこの会話からしてすでに、言いたいことと聞きたいことの山だったのだが、ひとまず彼女を連れ立って走り出した。
どのみちこの遺跡には『ラスト・マギア』を探索するつもりで来たのだ。
いきなり大きな収穫があったが、詳しい話は探索をしつつ彼女に尋ねればいい。
ボウイは当面のカミナリを回避すべく、所属する2年D組のクラス担任の前を横切って、遺跡の奥へと進む。
その後を、ひらひらのスカートを指で摘まみ、上品に追いかけるコエ。
「えっ!? あ、あの、あなたは……!?」
苔むした遺跡を疾走するメイドという、違和感ありまくりの取り合わせに、若き教師は幽霊でも呼び止めるかのようであった。
コエはエナメルに輝く靴を、カツンと鳴らして止まると、
「ご挨拶が遅れまして申し訳ございません。わたくしは、本日よりボウイ様の専属メイドとなりました、コエと申します」
ぺこりっ、と頭を下げるコエ。すると、あたりに花のような香りが広がった。
AMRの機能のひとつ、アロマディフューザーである。
そんな、花束でも抱いているかのように甘い香りを振りまき、麗しい容姿と白磁の肌を持つ、美しすぎる女性像から、
「まだなりたてで、不束者ではございますが、何卒よろしくお願いいたします」
理想の女性像を体現したかのように、奥ゆかしげに微笑まれたりしたら……。
「ファッ!?」
男なら誰しも、そんな間抜け声をあげてしまうだろう。
「どうか、お見知りおきくださいませ。それでは、失礼いたします」
もう一度丁寧に頭を下げ、走り去っていくコエ。
男性教諭はハートを持っていかれたかのように、彼女の後ろ姿をいつまでもいつまでも見送っていた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ボウイの所属する2年D組の生徒たちは、遺跡の一室で、別のクラスとの生徒たちと対峙していた。
「ウホッ! この部屋へはゴリたちが先に入ったんだ! だから、ゴリたちが先に進む! 後から来たヤツが出しゃばってんじゃねぇよっ!」
D組のリーダーであるゴリラ・タンクが、今にも掴みかかっていきそうに叫んだ。
戦車と呼ぶに相応しい、ごつい全身鎧に身を固め、塔のような盾を持つ少年である。
対する相手のクラスは、いかにも身なりのいい、お坊ちゃんお嬢ちゃん揃い。
リーダーは金髪で、スマートな白銀の鎧をまとった少年。
盾はハープのように絃が張られていて、彼はそれを優雅にかき鳴らしながら、歌うように言い返した。
「ふっ、ライライ! このライが誰だか、わかっているのかい!? ライラライ! 勇者の名門、『サンダース家』の息子、ライトニック・サンダ-ス! ララララライ! さぁ、庶民たちよ、ライのあとに続くがいいさ! ライライララライ!」
「ウッホ、知ってるぜ! 勇者科にいるキザな坊ちゃん野郎だな!? いくら勇者科が特待科だからって、先に行く権利なんかねぇんだっ! いばりくさってると承知しねぇぞっ!」
「ふふっ、ライライ! 普通科の庶民たちと一緒の実習は、実に刺激的! ララライ! では、こうしようじゃないか! ライララライ!」
ライトニックはつま弾く手を休め、部屋の奥を指さす。
サッカーも難なくできそうくらいに、だだっ広い長方形の空間。
その果てには、次の部屋へと繋がっているであろう通路と、巨大な鉄格子の門がふたつある。
鉄格子にはどちらもにも、牛が二足歩行しているような『ミニタウロス』というモンスターがいて、久々に訪れたであろう人間に対して、鉄格子をガシャンガシャンと激しく揺さぶっていた。
「ララライ! 普通科の庶民たちでも知っているだろう? 遺跡の仕掛けにはパターンがあることを! ライラライラライ! このパターンではきっと、部屋の中央まで進んだら、奥の鉄格子が開いて、ミニタウロスがなだれこんで来る! ライラライラライ! 左の門から出るミニタウロスをキミたちが、右の門から出てくるミニタウロスをライたちが受け持って、いちはやく倒したほうが先に進めるっていうのはどうだい? ライラライラライ!」
「ウホッ! 面白ぇ! 成績ではいつも勝ってるからって、実習でも勝てると思うなよっ! やってやろうじゃねぇか! おいみんなっ! 実戦ではゴリたち普通科のほうが上だってことを、このお坊ちゃん勇者に思い知らせてやるぞっ! ウホォォォォォォォーーーーーーッ!!
それからしばらくして、ボウイとコエがその部屋に入ったときには、すでに戦闘の真っ最中。
2年D組のクラスメイトたちと、別の勇者科のクラスがワーワーと鬨の声をあげ、それぞれミニタウロスを取り囲んでいた。
2年D組の主力はゴリラ・タンク少年。
その名の通り盾役として、ミニタウロスの攻撃を一手に引き受けている。
かたや勇者科のクラスはライトニック少年が、ミニタウロスの攻撃をひらりひらりと優雅にかわす。
泥臭さと華麗さ、それぞれの現在の立場を示しているかのような彼らの戦い。
その様子を遠巻きに眺めながら、ボウイは肩をすくめていた。