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26 遺跡をめざして

 バイシクルフォームに変形(トランスフォーム)したコエは一転。

 本人は野に咲く花のように控えめなのに、その美しさから高嶺に咲くように衆目を集めていた美少女は……。


 翼を折りたたんで急降下する、鳥のような流線型の姿になっていた。

 おっとりとした美少女が、実は伝説のサンダーバードに変化したかのような、小柄ながらもシャープなフォルム。


 そしてその流麗さは、人の姿の時と同じ……。

 誰もが高みに担ぎあげ、崇めそうなほどに美しかった。



「す……すごい! カッコいい! カッコいいよ、コエ!」



 ボウイは初めて自転車を買ってもらったかのように、コエのまわりをぐるぐる回る。

 すこし照れたような声がヘッライトのあたりからした。



「ありがとうございます。出走の準備はできておりますので、お好きなときにいつでもお跨がりくださいませ」



 とは言うものの、早く乗ってほしくていそいそしているようだった。

 ボウイは「ここに乗ればいいんだね?」とコエの腰にあたるシートに跨ぎ乗る。


 ゆっくりと腰を下ろすと、



「はっ、はふぅぅぅ……」



 寒い日の夜に、熱い風呂に浸かったような、なんとも気持ちよさそうな吐息が漏れた。



「どうしたの、コエ? 大丈夫? もしかして重かった?」



「あっ、申し訳ありません。嬉しさのあまり、つい、うっとりしてしまいました……」



「そ、そんなに……? まあいいや、これはどうやって動かすの?」



「はい、旦那様。現在はアシストモードが有効ですので、オートバランサーが働いております。キックスタンドはあがっておりますので、そのままステップにおみ足をお置きになってください。そしてハンドルをお持ちになりまして、グリップの部分を手前に捻られますと、前進いたします」



 この世界に馴染みのない単語ばかりだったので、言葉だけではいまいちわかりにくかったが、少年の視界ではステップとハンドルとグリップの位置を光って教えてくれていたので、すんなり入り込めた。


 指示通りにステップに足をおさめ、ハンドルを握りしめて、思いっきりグリップを捻ると……。



 ……コエは音もなく、ゆっくりと……。

 滑るような滑らかさで、走り出した。



「わっ!? すごい! 本当に走った!?」



 まるで雲の上に乗っているような乗り心地に、少年は思わず下界を見回すようにあたりを眺める。



「旦那様が操縦にお慣れになるまで、わたくしのほうでアシストさせていただきますね」



 アナウンスとともにバイクはひとりでに動き、迫り来る障害物をするりとかわした。


 発進時にもボウイはアクセルをめいっぱい開けていたので、アシストがなければウイリーしてひっくり返っているところであったのだが、コエの配慮で事なきを得る。


 初めてのバイクに興奮しきりの少年は、気付くよしもない。



「すごいすごい! この乗り物っ! 馬みたいに速いのに、ぜんぜん揺れないよ!?」



「はい、振動を吸収するサスペンションと、旦那様のお身体の状態にあわせてシートクッションの硬さが変わる仕組みになっておりますので、悪路でも快適にお乗りいただけます」



「ふぅーん、よくわかんないけどすごいや! いっけーっ!」



 ボウイは大はしゃぎでアクセルをふかす。


 寮のまわりをギュンギュンと周回したあと、外の道へと飛び出していく。

 その頃にはだいぶ操縦にも慣れていたので、アシストも少しずつ外れていった。


 『楽しんでいるうちに、どんなこともできるようになる』

 これは、ラスト・マギアのコンセプトのひとつである。


 自転車を例に取ると、自転車に乗れるようになるまでは面白くないが、乗れるようになると途端に楽しくなる。

 ラスト・マギアはその『面白くない』部分をアシストすることによってすっ飛ばし、あたかも自分の力だけで乗っているような錯覚をまず利用者に体験させるのだ。


 ようは、見えない補助輪を与えているようなものなのだが……。。

 すると利用者は、楽しんでいるうちに乗り方を覚え、気がつくと補助輪がなくても普通に乗れるようになっている……という仕組みである。


 少年はすでに、立派なライダーになっていた。

 人のいない街はずれでは、



「ひゃっほーっ!」



 と、あぜ道の坂をジャンプし、ドリフトしながらカーブを曲がる。

 人のいる街中では、レンガづくりの道を、人をスイスイとよけながら疾走。


 もちろん、衆目をこれでもかと集めながら。



「なっ、なんだ、ありゃあ!?」



「小さい馬かと思ったら、違うぞ!?」



「すげえ、まるで鳥が低空飛行してるみたいだ!」



「魔導装置か! でも脚でガシャンガシャン走るのとは、ぜんぜん違うぞ!?」



「きっと新しいヤツなんだよ! あんなに滑るみたいに走れるなんて、魔導装置も進歩したもんだなぁ!」



「いいなぁ、いいなぁ! 馬なんかよりずっと乗り心地がよさそうで、気持ち良さそうだ!」



 人々の羨望のまなざしに見送られながら、石造りの家々を突っ切って、街を飛び出した。


 『アインダス第一遺跡』は山間にある。

 街を出ると道は険しくなって、オンロードバイクにとっては走りにくい悪路が多くなるのだが、



「路面の悪化を確認いたしました。オフロードモードに切り替えます」



 コエがそうつぶやくと、ボウイの座っているがシートが膨らむように下から押し上げられる。

 車高が高くなり、タイヤが太いスパイク付きのものに変形。


 さらにサスペンションが効いて、弾むような乗り心地になった。


 しかもこのモードでは、走破性能と登攀能力が大幅に向上。

 普段は目的の遺跡へは、山間をぬう蛇のような道を伝っていかないといけないのだが、無視して一直線に進むことができるのだ……!



 ……バウンッ!



「いぃーーーやっほぉぉぉぉぉぉぉーーーっ!!」



 登り切った山頂から、ロデオのように高くジャンプ。

 堅い岩に着地しても、羽毛につつまれるような衝撃だけで、再び走り出す。


 エクストリームな走行、しかもバイクに乗るのが初めてだというのに、楽々とこなせる……。

 それが、ラスト・マギア……!


 獣道を快調に走っていると、前方の山に、大きな連結馬車が登っているのが見える。

 それはムカデのように無数の脚が生えており、蒸気機関車のようにパワフルに、木々をなぎ倒しながら傍若無人に進んでいた。



「ニョロロロ! どうだい? ボックンの『センチピード・ゴーレム』の乗り心地は!? 節足動物をヒントに、ボックンのパパが作ったんだ! 従来のヤツは馬で引っ張って、その牽引した動力で馬車の脚が動く仕組みになってるけど、これは魔導人形(ゴーレム)だから馬いらずなんだ! だからこんな悪路でもスイスイ進めるのさ!」



 馬車の先頭でバスガイドのように立ち、クラスメイトに案内していたのは……。

 他ならぬ、賢者科のスネイル少年だった。



「ニョロッ!? あっ、ほら! 右手を見てごらん! あんな遠くに、普通科のクラスの馬車がノロノロ走ってるよ! ボックンの馬車みたいに山道を登れないから、わざわざあぜ道を遠回りしていくしかないんだ! 時間を犠牲にしてまで安い馬車に乗るだなんて、彼らはわかってないよね! ボックンなんて、時間はお金よりも大切だと思っているから、移動にかかる時間を短くするためなら、お金なんて惜しまないのさ!」



 ……この世界には『車輪』というものが存在しない。


 なので、馬車の脚はソリのようになっているか、木製の脚のようなものが付いているのが一般的。

 しかしスネイルが自慢している馬車は、特製のカラクリ脚がついており、魔力を動力にガションガションと歩行する。


 これにより牽引する馬を必要とせず、また悪路の走行も可能となっているのだが……乗り心地は最悪だった。

 同乗しているクラスメイトたちは、大きく上下に揺れる座席に、青い顔をして座っていたのだが……。


 その脇を一陣の風のように、涼やかな顔の少年が、通り抜けていった。

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