22 一日の終わり…かと思いきや
少年は、学生寮の自室にいた。
といっても彼は『予備科』なので、他の生徒たちのような部屋は与えられていない。
物置がわりだった寮の屋根裏を、片付けて掃除して、そこに住んでいた。
少年は粗末なベットに寝転がり、天井の隅に張り付いた蜘蛛の巣をぼんやりと眺めながら、一日の出来事を振り返る。
――はぁ、今日は本当に、いろいろあったなぁ……。
今まで何の手がかりも掴めてこなかったラスト・マギア……。
でも今日は新しい手がかりどころか、魔導人形が動くところを目撃して……。
いや、それどころか、その魔法の力を使って、ミノタウロスどころか、ゴブリン船までやっつけて……。
『ピザ』なんていう、初めてで、とってもおいしいものを食べて……。
そして、なによりも……。
コエ、ナデナちゃん、キャルル、タンポポさん……。
多くの女の子たちと話せ、仲良くなれたことだ。
しかもなぜか、全員のパンッ……見ちゃったし……。
タンポポさんなんて、運河から助けたあとでも、僕に抱きついて、離れようとしなかったし……。
結局、その日はポポに懐かれているうちに実習が終わってしまい、帰宅することになった。
クラスのリーダーであるポポは、皆を引きつれて行かねばならず、今生の別れのように惜しみながら、ようやくボウイから離れた。
そして……現在に至る。
コエは、寮の近くまではボウイと一緒に帰ってきたのだが、クラスの女子連中から、
「コエさん、男子寮に行くの!?」
「はい。わたくしは旦那様のメイドですから」
「そんなのダメダメ! コエさんみたいな美人が男子寮……男ばっかりの巣に行くなんて、危ないよ!」
「そうそう! ウチらの女子寮……花園に来なよ! あたしの部屋にいてもいいし!」
「皆様、お気遣いありがとうございます。ですがわたくしは旦那様のお世話をすることが、何よりも幸せですので……」
「じゃあさ、じゃあさ、お風呂だけでも一緒に入ろうよ!」
「そうそう! 男子寮のきったないお風呂なんて入ったら、かえって汚れちゃうよ! それに、絶対みんな覗くだろうし!」
「皆様、重ね重ね、お気遣いありがとうございます。ですがわたくしには自動洗浄機能がございますので、入浴は……」
「いーからいから! 早くいこっ! ねっ、いいでしょう!?」
「そうそう! ちょっとコエさん借りるけど、別にいいわよね!? いーわよね、ラスト間際っ!」
と、女子軍団は半ば強引にボウイの了解を取り付け、コエを連れ去れてしまったのだ。
でもまぁ、コエのことだから心配いらないだろう、とボウイは寝返りを打つ。
その拍子に、がしゃり、と左手が音をたてた。
いつも夜遅くまでラスト・マギアのことを考えていて、したまま寝ることもあるガントレット……。
いや、『デヴァイス』……。
この名前がわかっただけでも、大きな進展だというのに……。
今日はこのデヴァイスで、本当にいろいろなことをやった。
パラダイスカイストアに、コエのカスタマイズ……。
――そうえば、他にはどんな機能があるんだろう?
少年は寝っ転がったまま、石板に触れてみる。
すると照明が付くように、パッと明るい光があたりに満ちた。
じゅうぶんな明るさがあるのに、目に入れてもまぶしくなく、不快じゃない光。
――これも、ラスト・マギアの力なのかな。
心の中でひとりごちながら、光を放つ石板に指を滑らせる。
ふと、目の形をしたアイコンがあって、ゆるかに点滅しているのに気付いた。
――なんだろう、コレ……?
何の気なしに触れてみると、
……ぶわぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!
屋根裏部屋の景色が、一変した。
そして、とんでもない場所に……!?
「うっ!? うわぁぁぁぁぁぁぁぁっ!?!?」
思わずベッドから転げ落ちる。
そこはなぜか浴槽になっていて、タイル張りの床にたたきつけられた。
「わっ!? わっ!? わっわっわっ!? うわああああああああっ!?!?」
思わず這い逃げようとして、見えない壁にゴチンとぶつかる。
「いっ……!? いったぁぁぁぁぁぁーーーーー!?」
ドスンバタンと大暴れする少年。
しかし……まわりの少女たちは、誰ひとりとして気にする様子はない。
いや、いつもであれば、何らおかしくはないのだ。
たとえ学校で階段から落ちたところで、廊下にいる女子たちは「またラスト間際がドジってる」くらいで一瞥もしない。
でも今は、今は、その反応がたまらなく異常なのだ。
なぜならば、少年は、いま……。
女子寮の大浴場のなかに、いるのだから……!
見覚えのある女子たちが、一糸まとわぬ姿で行き交う。
すぐ横をお尻が通り過ぎていって、少年は飛び退いた。
目の前の洗い場では、となりのクラスの女子たちが、きゃっきゃっと洗いっこしている。
異性が1メートルほどの側にいるというのに……。
「あーっ!? アンタまた大きくなったんじゃない!?」
「あん、もう、やめてよぉ! アンタだって、だいぶ大きくなったでしょ!? えーいっ!」
洗いっことどころか、揉みあいっこ……!?
ミルクプリンのような白くて柔軟すぎる物体に、指がめり込み……。
実演販売のように、目の前でこねくり回され、ぷるんぷるんと跳ねる……!
「うっ……うわあっ!? いっ、いったい、何がどうなっちゃってるの!?」
叫んだ拍子に、さっき転げ落ちた浴槽が目に入る。
銭湯のような大きなそこには、なみなみと湯が張られていて、中にはクラスメイトの女子たちが浸かっていた。
その輪の中心には、コエが……!
目が合うと、彼女は小首をかしげてにっこり微笑んだ。
――み、見えてるっ!?
少年は、ビシイッ! と直立不動になる。
「ごっ、ごめんっ! 自分の部屋でデヴァイスをいじってただけなのに、気付いたら、こんな所に……!」
鈴音が、少年の頭の中で響いた。
『落ち着いてください、旦那様。旦那様がいまご覧になっているのは、わたくしの視界でございます』
「わ、わたくしの、視界……!? あっ、もしかして、コエが視ているものを、デヴァイスを通して、僕も見ているってこと!?」
「左様でございます。わたくしどもAMRは、身体に埋め込まれた180箇所のカメラのほかに、環境マッピング用のピコカメラと、マザーコンピューターからの衛星映像をもとに、視界を構成しております。そしてデヴァイスの機能として、所有しているAMRの視界情報を共有することが可能となっております。ですので旦那様はお部屋にいながらにして、わたくしの現況を視覚的に把握することができるのです」
「ど、どうりで……! どうりで、まわりにいる女子たちが、僕がいるのに大騒ぎしないわけだ……!」