21 聖女のラキスケ
ゴブリン船を撃退したあとも、少年の独壇場は続いた。
ボウイはタンポポをお姫様抱っこして、ジェット・パックのモーションアシスト機能で岸まで戻る。
その時の彼の姿は、初めてジェット・パックに乗った時のような頼りなさは、微塵もなく……。
まるで熟練の魔術師のような……。
まるでパワードスーツをまとった金持ち社長のような……。
ゴリタンが歯ぎしりするほど鷹揚で、ライトニックがお手上げポーズをとるほど優雅に……。
水の上を歩く神人のように皆の前に降り立ち、姫を民衆の元に還した。
いや、還そうとしたのだが……タンポポは助かったあともずっとボウイから離れず、首に腕を回したまま、甘える子猫のようにスリスリしていた。
クラスメイトの聖女たちから離れるように言われても、
「いいえ、すみっこ様はおっしゃったのです! ポポのことを、一生守ってくださると……! ですからポポはすみっこ様のおそばで、すみっこ様をお支えするのです……! ぽぽっ……! ポポは一生、すみっこさまをお慕いさせていただきます……! ぽっ……!」
その、恥らいながらも決然とした姫の宣言に、民衆たちはかつてないほどに騒然とした。
「なにを、タンポポさんっ……!?」
「ええっ……!? 聖女科のタンポポさんが……!? 高嶺の花のタンポポさんが……!?」
「ずっとみんなに愛を分け与え、ひとりを愛することはないと言っていた、あのタンポポさんが……!?」
「ひとりの男を、選ぶだなんて……! それもよりによって、ラスト間際を……!?」
その周囲の驚きはやがて、嫉妬へと変わる。
「くそっ……! 俺たち普通科だと、聖女に挨拶しただけでも袋叩きにあうってのに……!」
「告白なんてしたら、半殺しの目に遭うってのに……!」
「いや、私たち勇者科でも、彼女は高嶺の花……! 不可侵条約が密かに結ばれていたというのに……!」
「そうだ! 彼女とは目が合うだけでも、幸せな気持ちになれた……! その視線を独り占めするだなんて、許せん……!」
普段は反目しあっている普通科と勇者科であったが、共通の敵ができたように通じ合ってた。
ボウイは、タンポポの好意を一身に浴び、さらには彼女のフォロワーだった野郎どもの呪い殺されそうな視線をも一身に浴びていたが、それどころではなかった。
なぜならば、視界の左上が、またしても明滅……!
「ま、またラキスケが、100ポイントにっ……!?」
そう口に出した途端、
……バシュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥーーーーーーッ!!
ボウイとタンポポは、ジェット・パックにより天高く打ち上げられていた。
「あっ!? あ~れ~!?」
「ジェット・パックが暴走したんだっ!? タンポポさん! 僕に、しっかりつかまってて!」
「こっ、怖いですっ!? ボウイ様っ! あっ!? あっ!? あっ!? ああっ!?」
「ちょ、落ち着いてっ!? タンポポさんっ!? 暴れないでっ!?」
空中でくんずほぐれつするふたりを、まるでビル火災のようにハラハラと見上げる少年少女たち。
「う、打ち上がったぞっ!?」
「それに見ろっ! タンポポさんが……!」
「ああっ、すみっこ様のお顔に、お股を……!? ああっ、なんてはしたない格好を……!?」
タンポポはパニックになるあまり、空中でボウイの身体をよじ登り、逆肩車のような体勢になっていた。
百合の花のようなローブスカートの中に、頭ごと上半身をすっぽりと包み込まれてしまたボウイ。
彼は顔全体に押し当てられる、純白シルクの感触にどぎまぎしていた。
――こ、これはまさかっ!? タンポポさんの、パンッ……!?
それがまるで型取りするみたいに押し当てられるので、窒息しそうになる。
タンポポはキャーキャー叫びながら、ボウイの頭を脚でカニ挟みにして、ぎゅうぎゅうと締め付けていたのだ。
耳を塞ぐほどに圧迫してくる太ももの感触と、下腹部の形がわかるほどに押し当てられる、薄布の感触。
少年はもう、オーバーヒート寸前であった。
そのままふたりはしばらく空を泳いでいたのだが、ラキスケの点滅がおわってようやく着地。
その時の姿は、筆舌に尽くしがたいものであった。
タンポポは達してしまったかのように、荒い吐息を繰り返しながら……ウットリ上気した顔で、ボウイにしなだれかかっている。
ボウイにいたっては、なんと……!
「あっ!? あれはもしかして、タンポポさんのパンッ……!?」
「な、なんで顔に、パンッ……!? が……!?」
「タンポポさんって、紐パンッ……!? だったんだ……!」
「う、上で飛んでるときに、ふたりでいったい何をやっていたんだ……!?」
その周囲の驚きはやがて、憤怒へと変わる。
「ふ……ふざけるなっ、ラスト間際! いくら古代魔法の適正があったからって、調子に乗りすぎだっ!」
「そ……そうですっ! ドサクサにまぎれて、タンポポ様にハレンチなことするだなんて!」
「なんてうらやま……! いや、けしからんことを! 許せん! 許せんぞっ!」
そしてこれには、例のふたりも黙ってはいなかった。
「うほおっ!? ラスト間際っ! てめぇ、嫌がるタンポポさんになんてことしやがるんだっ! し、しかもパンツを奪って被るだなんて、うっ、うっほぉぉぉぉぉぉぉーーーーっ! ぶちのめしてやるっ!!」
「ライッ! ライは同じ人間として、すみっこボーイのことを心底軽蔑する! 事故に見せかけてレディの下履きを奪うどころか、それを衆目に晒すなど……! 最低だっ! ライラ・ライラ・ライッ! もう決闘だ! ライといますぐここで、正々堂々と……!」
しかしその、軽蔑と怒りのまなざしを振り払ったのは、他ならぬ彼女であった。
「ぽぽっ! いいえ、ゴリタン様、ライトニック様! これはポポがすみっこ様に差し上げたのです!」
変態的な様相のボウイに頬を寄せ、まるで金を盗まれたシスターのようなことを言ってのけるタンポポ。
「なぜならば生命を助けられた聖女というものは、助けていただいた殿方に、身も心も捧げるもの……! ぽっ……! すなわちポポのすべては、すみっこ様のもの……! すみっこ様が欲するのであれば、ポポは生まれたままの姿にでもなりますっ……! ぽっ……! ぽぽっ……!」
真っ赤に染めた頬に手をあて、戸惑うような、恥じらうような、でも嬉しい様子で、顔をふるふると振っている。
聖女と呼ばれた少女は、驚きも、嫉妬も、怒りも、なにもかもすべて……。
ふんわりしたピンクの空気に包み込んでしまった。
結局……。
その日はそれで実習が終わり、帰宅することになった。




