20 ゴブリン船撃退
ボウイの腕の中で、夢見心地のタンポポ。
彼女はなんとなく気になる台詞を言っていたような気がするが、少年はそれを気にしている場合ではなかった。
『近隣者の安全を確保、伏せ撃ちのモーションアシストを開始します。射撃対象に向かって、銃口を向けてください』
アシストに促され、ボウイは腹ばいになったままゴブリン船に向き直る。
船は船首どころか右舷左舷、マストの上にまで緑色の肌をした小男で埋め尽くされていた。
手に手にクロスボウを持ち、獲物を見つけた海賊のように血気盛ん。
ゴブリン独特の「ギャアギャア」という鳴き声が、大海原のような室内に轟き渡る。
岸にいた聖女たちは怯え、2年D組や勇者クラスの者たちの背中に隠れていた。
ゴブリン船といえば、本来はもっと大勢のクラスで集団となって相手をするべきモンスター。
ゴブリン自体は、単体だと雑魚中の雑魚。
1匹だと人間を見るだけで逃げ出すのだが、徒党を組んだ場合は厄介な相手となる。
その上、武装した船に乗っているのあれば……狂人に凶刃状態。
少年少女たちは、逃げ出すタイミングを伺いはじめる始末。
ゴリタンとライトニックだけは、いつでも川に飛び込めるように構えをとっていた。
しかしてその緊張状態を、打ち破ったのは……!?
……ドゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!
号砲、それを何倍にも重苦しくしたかのような、激音……!
空気を、そしてすべての者の頬を、ぴしゃりと打ち据えるような、震音であった……!
……バカァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!
間を置かず、船首が砲撃を受けたかのように爆散する。
「ギャァァァァァァーーーーッ!?!?」
そこにいたゴブリンたちは悲鳴とともに吹き飛び、運河に叩きつけられる。
「うほっ!? なっ、なんだぁ!? なにが、なにが起こったんだぁ!?」
「ライッ!? も、もしや……!? すみっこボーイのラスト・マギア……!?」
クラスメイトたちはゴブリン船に釘付けだったのだが、誰もが視線を引き剥がすようにして、中州に再注目すると……。
そこには、黒光りする物体を構えた、少年が……!
まるでハリウッド映画のヒーローのように、聖女を守りながら……!
……ドゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!
火を噴いた、瞬間であった……!
……バカァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーンッ!!
2発目は、マストの根元に着弾、メキメキとへし折る。
上に鈴なりだったゴブリンたちは雪崩を打って落下、下にひしめきあっていたゴブリンを巻き込んでいた。
……ドゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!
3発目は、左舷に着弾。
船が大きく傾き、ゴブリンたちはザルの上に乗った小豆のように滑り落ち、運河に落下していく。
たったの3回の攻撃で、海賊ゴブリンたちは壊滅状態。
残った者たちは逃げ場のない甲板の上を、パニックになったアリみたいに行ったり来たりしている。
しかし、ボウイは容赦しない。
……ドゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!
4発目の砲撃を、右舷に叩き込む。
それは、まるで雷の槍を持った神と、人々との戦いのような光景であった。
あまりにも無慈悲で、あまりにも一方的……!
そして、ぴしりとした姿勢で銃を構え、上目遣いに船を睨みあげる少年の姿は……。
まさに、若き雄神……!
今まですみっこいた日陰者とは思えないほど力強く、勇ましく、そして頼りがいを感じさせるものであった。
「うほっ!? す……すげぇ!」
「ら……ライッ!? あ……あれがあの、すみっこボーイだというのか……!?」
「た、たったの4発で、ゴブリン船をあそこまでメチャクチャに破壊するだなんて……!?」
「あ、あれはいったい、どんな大魔法なんだ……!?」
「しかも、詠唱も、触媒も、魔法陣もないのに、とんでもない破壊力だぞ……!?」
後ろに隠れていたはずの聖女科の少女たちは、みな最前列に出てきていた。
「あ、あの殿方……たしか、すみっこ様ですよね?」
「いつも目立たない御方だと思っておりましたが、まさか……!」
「あんなに凄い力を、お持ちだったなんて……!」
「あんなに強力な攻撃魔法を連発できる御方は、特待科にも……いいえ、先生方にもおられません!」
ギャル軍団のリーダー、キャルルは歯噛みをしていたが、その取り巻きたちはぽやあんと見とれている。
「あ……アイツ、マジでラスト間際だよね?」
「う、うん……暗くてキモくて、魔導人形に手を出すようなサイテーのヤツだよ……」
「ね、ねぇ……なんかちょっと、イケてね?」
「じ、実はウチも、ちょっとそう思っちゃった……キャルルもそうでしょ?」
「ふっ……ふざけんなし! 誰があんなキモいのを! ま、マジで意味わかんねぇし!」
……ドゴォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーンッ!!
5発目の射撃で、船は完全に崩壊。
すでに航行不能状態だったものが、さらに瓦解。
乗組員もろともバラバラになって、押し流されていく。
「ギャァァァァァァァァァァァァァァァァァァァーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」
溺れながら通り過ぎていく、無数のゴブリンたち。
ボウイはそれを横目で見送りながら、「ふぅ」と一息。
「タンポポさん、ゴブリンはやっつけたから、もう大丈夫だよ。立てる?」
「はっ、はい……! ありがとうございます、すみっこ様……!」
しかしタンポポはしがみついて離れない。
しかたなくボウイは彼女を抱き起こすようにして立ち上がった。
そして「しまった」と思う。
――そういえば、このジェット・パックって、ふたりでも大丈夫なのかな?
しかしすぐに少年の目の前に、
『イージー・ジェット・パック、ふたり乗り用のモーションアシストを開始いたしますか?』
答えはもちろんイエス。
するとボウイは実に自然な動きで、タンポポをお姫様抱っこした。
「ぽっ!?」とお姫様は、驚きに目を見開く。
「あっ、ゴメン、嫌だった? でも向こう岸に着くまでだから、少しだけ我慢を……」
言い終わるより早く返ってきたのは、潤んだ瞳に、上気しきった頬。
そんなに嫌なのかと、王子は一瞬誤解しかけたが……。
それすらも感じるヒマなく、間髪いれずに、
……ひしっ!
随喜にむせぶような、熱き抱擁に包まれていた。
「ぽっ……! ぽぽっ! ぽぽぉぉぉっ!! タンポポは、タンポポは……! 本当に、本当に、幸せな女でございますっ……!」




