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02 恥じらいの美少女

「ありがとうございます。それではまず、あなた様のお名前を頂けますでしょうか?」



 急に異性と話しているような気分になって、少年は少し緊張する。



「ぼ……ボウイ。ボウイ・ネイション」



「ボウイ・ネイション様……素敵なお名前ですね。それでは次に、生体情報を登録させていただきます」



 すると、ボウイ少年がいつも身に付けている頭の輪冠と、左手にはめていたガントレットが、彼の身体のサイズに合わせるようにキュッと締まった。


 このふたつはネイション家に代々伝わる家宝で、ラスト・マギアの謎を解き明かすオーパーツだと言われていた。


 たしかにボウイ少年が住む世界にはそぐわないデザインをしている。

 頭の輪っかはなんの飾りもないのっぺりした金属なのだが、この世界にある金属のどれでもなかった。


 ガントレットは左手の片腕だけで、これまたこの世界の素材ではなさそうな布と金属でできていた。

 ボタンやらスイッチがあり、チューブのようなものが飛び出ている。


 そしてひときわ目を引くのが、ガントレット上面にはめ込まれた、ツルツルの石板のようなもの。

 今まで何をしても、なんの反応も示さなかったそれが、白く輝きだしたのだ……!



「……!?」



 ギョッとするボウイに向かって、コエは言った。



「『デヴァイス』の起動確認。生体情報をリンクいたしました。お疲れさまでした、これでラスト・マギアの初期セットアップが完了いたしました。それでは、なんでもお聞きになってください」



 彼女は、主人を気遣うメイドのような笑顔を浮かべる。

 ボウイは尋ねたいことが多過ぎて、頭の中がこんがらがっていたが、今しがた出た単語を捉え、なんとか口に出した。



「あの……『デヴァイス』って……?」



「はい。いまあなた様が、頭と腕にお召しになられておりますのが『デヴァイス』です。こちらの役割はいくつかございまして、大きなものといたしましては、装着者の生体情報をパラダイスカイ社に登録することにより、ラスト・マギアのサービスをご利用いただけるようになります。また、デヴァイスを通して、脈拍や心拍数、血液の流れや脳波などを測定。装着者の心と身体の状態に応じて、わたくしから最適なご提案をさせていただくためのものです」



 コエは膝を折ったまま、流暢な説明を続けていたが、終わり際に立ち上がると、



「たとえば今、あなた様はとても高い心拍数におられるようですので、そのような場合ですと……」



 おもむろに、白い両手を広げて近づいてきたので、ボウイは思わず「わあっ!?」と顔を押さえて後ずさってしまった。

 コエの身体は白磁の像のようなのだが、あまりにもディテールが細かすぎて、少年にとっては刺激が強すぎたのだ。



「と、とにかく、何か服を着なよっ!」



「よろしいのですか? いまあなた様のお身体におかれまして、海綿体への血液集中を確認いたしましたので、お鎮めしようかと……」



「い、いいから早くっ! そんな格好で、恥ずかしくないのっ!?」



 するとコエは、「恥ずかしい……?」と、コクンと小首をかしげた後、



「かしこまりました、それでは、『恥じらい』に関連する性格プラグインをインストールさせていただきます。わたくしどもAMR(アムール)は使用者様のお好みを判断し、自律的に性格設定を行ないます。わたくしについてお気づきになりました点、お気に召さない点などありましたら、どしどしお申し付けください」



 丁寧ではあるが、事務的な説明のあと……彼女の白磁の頬が、ピンク色に染まった。

 そしていきなり、身体をそむけるようにして、左手で胸を覆い、右手で股間を押さえると、



「あっ……す……すみませんっ。このような、はしたない格好でいるだなんて……。あっ、あの、あまり、見ないでいただけませんか……?」



 機械的な口調から、急に貞淑なお姉さんような口調に変わる。

 まるで生まれてはじめて人前で裸になったかのように、もじもじしはじめた。


 その仕草は、とてもか弱く、触れると消えてしまいそうな雪のように儚い。

 しかしながら触れずにはいられないほどに、あまりにも艶めかしかった……!


 男と呼ばれる者であれば、老若を問わずにすぐさま飛びかかってきたくなるほど魅惑的なボディであったが、純情ボウイは違った。

 困り眉で今にも泣きそうな顔を向けられ、もう何がなんだかわからなくなってしまう。


 もはや彼にとって、目の前にいるのは人形などではない。


 完全に、裸のお姉さん……!

 しかも、とびっきりの美人の……!


 ボウイはわたわたと上着を脱ぐと、コエに差し出す。

 しかし、ふるふると首を横に振られてしまった。



「あ、ありがとうございます。でも、あなた様からお召し物をいただくのは、あまりにも恐れ多いです。『パラダイスカイストア』で、わたくしの服をお買い求めになってくださいませんか……?」



「パラダイスカイストア?」



「はい。どうかお手元を、ご覧になっていただけますか……?」



 か細い声に促されて視線を落とすと、左腕のガントレット……いや、デヴァイスの石板には、



『ゆりかごから墓場まで、戦争から平和まで! パラダイスカイストアへようこそ!』



 と文字が浮かび上がっていた。

 さっきまでは白く光っていただけなのに、今は色とりどりに飾られた、画面のようなものが映っていたのだ。



「こ、これは……!?」



「それが、パラダイスカイストアでございます。表面を指でなぞることにより、操作できます。まずはわたくしのほうで、『旧世代AMR(アムール)用の衣装』ページにご案内させていただきますので、どうか……」



 コエは細い肩を抱きしめ、命乞いするようにカタカタと震えていた。

 石板の画面がパッと切り替わると、いろんな女物の服が次々と浮かび上がってくる。



「どうか、どうか……その中にある衣装のひとつを、わたくしにお恵みくださいませんか……?」



 すがるように言われて、ボウイはもうパニック寸前。

 一刻も早く彼女の笑顔を取り戻さねばと、いちばん最初にあった『おすすめ』の衣装を指で押す。


 すると、かわいらしいメイド服の写真が浮かび上がってくる。

 コエが身に付けた場合の想定画像もあって、とてもよく似合っていた。



『旧世代AMR(アムール)用メイド服 丈変更 カラー変更可 カチューシャ リボン 下着 ガーターベルト ソックス付 高耐性 丸洗い 秘密のポケット有』



 やたら長ったらしいタイトルのその下には、決済ボタンがあり、



『5,000ppで購入しますか?』



 とあったが、もう無我夢中で『今すぐ買う』ボタンを叩いていた。


 というかそもそも少年にとっては、この石板が何かを映すものだなんて知らなかった。


 水鏡のような表面に指を滑らせると絵が動き、次々といろんな情報がでてくる。

 こんなものは、この世界には存在しない。


 コエの突然の恥じらいリアクションといい、わけのわからないことだらけで、頭がパンクしそうだった。


 そして、もっとも信じられないことが、少年の前でおこる。

 『今すぐ買う』ボタンに触れたとたん、



 ……ぱぁぁぁぁぁ……!



 とコエが柔らかな光に包まれ、まわりに浮かび上がってきたリボンのようなものが、身体に巻き付いたかと思うと……。

 さっき見た見本と全く同じ、メイド服姿のコエが、立っていたのだ……!



「こ……これが……ラスト・マギア……!?」



 もうカラカラになった喉から、驚きの声を絞り出すボウイ。

 新人メイドのように初々しいコエは、まだはにかみを残しながらも、にっこり笑う。



「はい、左様でございます。ラスト・マギアへようこそ、旦那様」

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