14 食べさせっこ
ナデナは嬉々としてボウイに飛び込む。
少年は、コエとはまた違った柔らかさを正面に感じていた。
まだ幼い少女は、甘いミルクの香りがした。
両手に花どころか、前後に花。やわらかサンドイッチ。
ボウイはコエに抱っこされつつ、ナデナを抱っこされるという、大変な体勢になってしまった。
「あっ、コエ、重くない?」
「お気遣いありがとうございます、旦那様。わたくしの椅子形態には、百人の方が乗られても大丈夫なような設計になっておりますので、どうかお気になさらないでください」
「コエちゃん、すごーい!」
「ありがとうございます、ナデナ様。わたくしがしっかりとお支えさせていただきますので、ごゆっくりとピザをお召し上がりくださいませ」
「うんっ! ありがとー!」
ナデナはさっそく、箱からピザを一切れ剥がす。
小さな片手では持ちきれなかったので、んしょ、んしょと、両手を使って引っ張る。
にゅるーと後引くチーズに、パアッと顔が花開いた。
「ワアッ!? 伸びてる!? なにこれなにこれっ!? おもしろーい! きゃはははははは!」
ボウイはっさそく、コエからの受け売りを披露する。
「それはチーズといって、牛乳から作った食べ物なんだよ。とっても美味しいから、食べてみて」
「うんっ! いただきまーすっ!」
好奇心旺盛な少女は、初めてのピザにも臆することなく、ぱくっとかぶりついた。
すると、大きく見開いた瞳が、虹色に輝く。
「うっ……!? うみやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーんっ!?!?」
ボウイと同じように身体をよじらせ、脚をバタつかせ、歓喜にむせぶナデナ。
椅子から落っこちそうになっていたので、ボウイは慌てて抱きとめる。
「うみゃうみゃうみゃうみゃうみゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!?!?」
丸まった子猫のような体勢になってしまったが、ナデナは決してピザを離さなかった。
まるで、口とくっついてしまったかのように。
冬眠の最中に起きだしたリスのように、両手で持って、一生懸命ハムハムハムハム。
「落ち着いて、ナデナちゃん。まだまだたくさんあるから、ゆっくり食べて」
ボウイは膝の上の彼女を、なだめるように撫でる。
すると、横からニュッとピザが出てきた。
「ナデナ様のお世話をなさっておりますと、旦那様がピザを召し上がれませんから、わたくしが旦那様のお世話をさせていただきます。どうぞ、お口をあーんとお開けくださいませ」
「ありがとう、コエ。あーんっ」
少年が口をあけると、ピザがちょうどいい位置に運ばれてくる。
先端を、がぶりとひと口。伸びたチーズが糸のように後を引き、ぷつんと切れた。
「うん……! おいしい! 今まではクラッグしか食べたことがなかったけど、こんなに美味しいものがあるだなんて、知らなかったよ!」
「ありがとうございます。そうおっしゃっていただけると、わたくしも幸せでございます」
「ねぇねぇおにいちゃん、ナデナにもピザ、たべさせてー!」
「うん、いいよ。はい、ナデナちゃん、あーんして」
「あーんっ!」
白いくて小さな八重歯を覗かせながら、口を開くナデナ。
いっぱいいっぱい開いても、ボウイの口の半分くらいしかない。
桜の花びらのような唇に、ピザを近づけると……音がしそうなくらい、元気いっぱいにパクつく。
そして、もむもむと頬張りながら、満開の笑顔を浮かべた。
「おいしいーっ! おにいちゃんにたべさせてもらうと、もっとおいしいーっ!」
ひとりの少年と美少女ふたりは、もうすっかり自分たちだけの世界を作っていた。
周囲から驚愕と羨望の眼差しがひたすら注がれているというのに、気にも止めずにイチャイチャしている。
「す……すげぇ……!」
「美少女に抱っこされながら、美少女を抱っこして……!?」
「そのうえ、食べさせっこするだなんて……!?」
「あれじゃまるで、ハーレム王みたいじゃないか……!」
「い……いつもすみっこに一人でいて、ドブネズミみたいにクラッグを囓ってたヤツが、どうして急に……!?」
「それに、なんだあの食べ物……!? すげぇいい匂いさせやがって……!」
「いままでいろんなクラッグを食べてきたけど、あんなタイプのやつは、初めて見た……!」
「たしか、ピザ、とか言ってたよな……!?」
「くそっ……! 帰ったらパパに頼んで、絶対に買ってもらわなきゃ……!」
スネイルを初めとする賢者科クラスの少年少女たちは、いつもなら喜んで食べていた『水出しクラッグ』をほとんど残してしまった。
無理もないだろう。
この世界で食されているクラッグは、例えるなら乾パンのようなものである。
どんなに高級だったとしても、水で戻したとしても、所詮は乾パン。
あんなにシズル感のあるものを目の前で食べられた日には、砂を噛んでいるも同然なのだから……!
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
ピザを食べ終える頃には、ボウイもナデナも、口のまわりがすっかりベトベトになっていた。
コエはどこからともなく取り出したおしぼりで、ふたりの口のまわりを綺麗にする。
「あっ……温かい……!? ラスト・マギアって、あたたかおしぼりも出せるの!?」
「はい。こちらはわたくしの標準機能のひとつ、加温加冷機能でお作りいたしましたおしぼりでございます」
「加温加冷って……もしかしてコエって、物を温めたり、冷たくしたりできるの!?」
「はい、左様でございます。標準機能のままですと、あまり大きなものはできませんが、水筒くらいの大きさでしたら、温めることも、冷たくすることも可能でございます。ご用命でしたら、いつでもお申し付けくださいませ」
「温めたり冷やしたりは現代魔法でも出来るけど、すごく大変だし……それに大きな魔導装置が必要だから、お金持ちの家にしかないんだ。それなのに、コエはあっさりできちゃうだなんて……! コエって、本当にすごいんだなぁ……!」
「コエちゃん、すごーいっ!」
少年と少女、ふたりから褒められて、コエはポッと頬を染めていた。
それはとても仲睦まじい光景。
しかしそんな彼らに、恨みがましい視線を向ける者が。
――ニョッ……ニョロロロロロッ……!
あ、あんな凄い魔導人形が、この世にあるだなんて……!
しかも人間のように動いて、人間と同じように言葉を話して、そのうえ椅子になってくれて……!
そのうえそのうえ、あーんさせて食べさてくれたうえに、お口をふきふきしてくれるだなんて……!
そ……それに……あ、あんな美しい……! 美しすぎるゴーレムが、あるだなんて……!
あの超美麗ゴーレムに比べたら、ボックンのメイドゴーレムなんて、ゴミ同然……!
ぐっ……くくっ……! 悔しいっ……! 悔しいよおっ!
ボックンのイール家は、世界でいちばんの魔導人形使いなのに……!
ボックンのような立派な跡取りにこそ、あのゴーレムは相応しいのに……!
あんな……あんなすみっこボーイが持ってるだなんて……!
許せないっ……! 許せないニョロォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーッ!!




