13 ピザ
『 パ ラ ダ イ ス カ イ ピ ザ 』
箱に描かれたそのロゴは、遺跡などでもよく見かける模様だった。
古代文字のなかで、人間が解読できたのは『ラスト・マギア』という言葉だけだったのだが、もしかしたらロゴだから人間にも判読できるようにしたのな、とボウイは思う。
しかしそんなことよりも、箱の隙間からうっすらと立ち上る湯気と、なんともいえない香りがたまらない。
それは少年にとって初めて嗅いだものであったが、お湯で戻したクラッグよりもずっと食欲をそそられた。
「開けてみていい?」と、プレゼントをもらった子供みたいに尋ねるボウイ。
「はい、旦那様。どうぞお開けになって、お召し上がりになってくださいませ。できたてで熱いのでお気を付けください。開けやすいように、わたくしがお持ちさせていただきますね」
コエは答えながら、肘掛けの手を動かして、ピザの箱を底から持ち上げる。
ちょうどいい高さになったので、ボウイは上蓋を掴んで……、
宝箱を開けるみたいに、一気に押し開けるっ……!
……ぱかっ!
黄金がこぼれたような、まばゆい光が少年の顔を照らした。
「う……うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっ!? なっ、なに、これっ!?」
「シーフードマヨネーズとベーコントマトのハーフ&ハーフピザでございます」
まあるい生地の上に、ホタテや海老、トマトやベーコンなどがのっており、黄色くてトロッとしたものでコーティングされている。
まるで宝石と金貨が混ざり合っているような、とんでもない料理であった。
「こ、これが、ピザ……!? ピザピザピザピザ、ピザっ……!?」
驚きのあまり、10回クイズのように連呼するボウイ。
近くにいた賢者クラスの生徒たちは、水出しクラッグもそっちのけ。
テーブルから立ち上がり、あれはなんだと注目している。
テーブルの上に乗っていたスネイルは、背伸びまでして覗き込んでいた。
「う……うま……そ……」
思わず口をついて出た言葉を飲み込む。
ヨダレが垂れていたのを服の袖で拭ってから。
「ニョ……ニョロロロロ! み、見てごらんよ! なんだいアレ!? なんだかクラッグにもならない切れっ端に、なんか気持ち悪いのをぶちまけたみたいなの!? いくら弁当を忘れたからって、あんなゴミみたいなのを食べるだなんて、ボックンなら絶対にお断りだね!」
しかし、いつもなら賛同してくれるクラスメイトからのリアクションはゼロ。
みな初めて見るピザという食べ物に、すっかり心を奪われてしまったようだ。
そしてボウイも、もう外野のことなど目に入っていない。
ピザにおそるおそる手をかけて持ち上げると、切れ目の入っているところから分れ、ゴムのように伸びた。
「わっ!? の、伸びてる!? これ、なんていうの!?」
「そちらはチーズという、牛乳から作った加工食品でございます」
スネイルがすかさず言葉を滑り込ませてくる。
「う、うわぁぁぁぁぁ!? なにあれっ!? 糸を引くだなんて、あのクラッグ、腐ってる! 腐ってるよ!」
わざとらしい嫌悪感まるだしの言葉は、もう誰の耳にも届いていない。
ボウイはピザの欠片、三角形の頂点を自分のほうに向ける。
そして口まで運ぶほどのわずかな時間ですらもどかしいように、顔を近づけて一気にかぶりついた。
……ばくっ!
噛みしめたとたん、表面についた焦げ目のパリッと感。
そのあとにチーズのふんわりした食感。
もうそれだけで、歯の裏にまとわりつくような、濃厚な味わいを感じる。
意識が飛んでしまいそうなほどの、衝撃的なうまさ。
しかもそれだけではない、さらにアゴに力を込めると、海老のぷりっと感。
そのあとに生地のもちっとした食感が続く。
こってりの四重奏が、深い味わいを醸しだし、海老とチーズの絶妙な塩加減が、さらなるハーモニーを奏で……!
「うっ……うんまぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっ!?!?」
ボウイは思わず絶叫していた。
全身が喜んでいるかのように悶絶、足をばたつかせて椅子から転げ落ちそうになり、慌ててコエから抱きとめられていた。
お姫様のように抱っこされても、もう人目など気にならない。
「ニョ、ニョロロロロ! あんな残飯みたいなのを食べて喜んでるだなんて、人間ああはなりたくないよね! それよりもみんな、ボックンの『水出しクラッグ』のお味はどうだい?」
スネイルはクラスメイトの意識をなんとか取り戻そうとするが、もう誰も彼を見ようとはしない。
それどころか、邪魔するなとばかりに「チッ!」と舌打ちされてしまう始末。
「おいしい! すっごくおいしいよ、このピザ! こんな美味しいものが出せるだなんて、ラスト・マギアは本当にすごいなぁ!」
「お喜びいただけたようで、わたくしも大変光栄です。どうぞ、たくさんお召し上がりになってくださいね」
「コエは食べないの?」
「はい、旦那様。わたくしの稼働には食物を必要としておりません。もしお望みであれば、AMR用の食事プラグインをご購入いただければ、食事をエネルギーに変えることも可能です」
事務的な答えに、「そっか……」と一抹の淋しさを感じるボウイ。
「こんな美味しいものを独りで食べるなんて、なんだか勿体ないから、誰か……」
すみっこにいるボウイが、テーブルのほうを向いた途端、
……ズダアァンッ!
と降り立つ者が。
「ニョ……ニョロッ! そ、それって、ぴ、ピザ、っていうんだっけ……? な、名前だけは聞いたことがあるよ、庶民の食べ物なんだろ? 普段はそんなの、見ることもしちゃダメだってパパに言われてるけど、ボックンもいずれパパみたいに、庶民の上に立つことになるから、後学のために、特別に、ボックンの最高級クラッグと交換してあげても……」
「あっ、いたいた! おにいちゃぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーーんっ!!」
なにやらごちゃごちゃ言っていたスネイルの横をすり抜けて、妖精のように現れたのは……。
「あっ、ナデナちゃん!」
「おにいちゃん、おべんとう、いっしょにたべよー!」
彼女は両手を前に突き出し、短いスカートをひらひらさせながら、とてとてとボウイの元に駆けてくる。
そしてさっそくピザに目を奪われ、
「わっ!? なにこれなにこれ!?」
「ピザっていう、すごくおいしい食べ物だよ。よかったらナデナちゃんも食べる?」
「うんっ! たべるたべるーっ!」
ナデナはバンザイしてぴょんぴょん飛び跳ねたあと、その勢いを利用して、まるで甘える子猫のようにボウイの膝に飛び込んできた。