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12 ランチタイム

 魔導人形(ゴーレム)使い(マスター)の名家の息子、スネーク・イール。

 みんなからはスネイルと呼ばれている金持ち坊ちゃんは、コエの突然の椅子形態(チェアーフォーム)に誰よりも反応した。



「ニョッ……!? ニョロォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 その、口から蛇かウナギが飛び出したかのような驚愕っぷりに、彼のクラスメイトたちも一斉にボウイのほうを見る。



「な、なんだ、アレ……?」



「すみっこボーイのやつ、女の子に座ってるぞ……?」



「それも、あんなに美人のお姉さんに……!?」



 注目を浴びてもボウイはそれどころではなかった。

 新しいラスト・マギアのほうに興味津々。



「コエって、椅子にもなれるんだ……!?」



「はい、旦那様。わたくしには『変形(トランスフォーム)』機能がございまして、旦那様のご要望にあわせて、姿形を変えることが可能となっております」



「それになんだか、柔らかいよ……!?」



「はい、わたくしの外装は色彩、硬度、触感などを自由に変えることが可能です。旦那様のお身体に触れさせていただく場合は、心地よく感じていただけるように、わたくしのほうで外装の設定を変えさせていただいております」



「すごい……肌触りまで、王様が座る椅子みたいだ……!」



 ボウイは感激した様子で、肘掛けのように伸びているコエの腕をさする。

 いつまでも触っていたい二の腕を経由し、鎖骨を通って、背もたれのほうに……。


 そこで、不自然に飛び出ているふたつの突起が目に入った。

 まるで、動作途中で停止したマッサージチェアのように、椅子カバーを盛り上げているその物体に、触れてみようとしたが……。


 椅子カバーの正体が、コエのメイド服である黒いブラウスと、エプロンであることに気づき、あわてて手を引っ込めた。



「旦那様、どうなされましたか?」



「い、いや、なんでもないよ。……他には、どんなものになれるの?」



 ドギマギしているボウイに、コエは不思議そうに首をかしていたが、新たな質問を受けると嬉しそうに答える。



「はい、基本機能として備わっておりますのは、この椅子形態(チェアーフォーム)だけでございますが、他には机やトイレ、浴槽やベッドなどになることができます」



 彼女はかわいい顔をして、さらっと言ったが……なんだかとんでもないものが混じっていた。



「浴槽、トイレ、ベッド……!?」



「はい、トイレには健康管理機能が付いており、浴槽には24時間の循環給湯やジェットバス機能がございます。ベッドにはスリープトラッカーや子守歌、目覚まし機能がありますので、特にお勧めでございます」



 ボウイは思わず想像してしまう。



「おはようございます、旦那様。今日もたくさんお出しになりましたね」



 便座の股の間からニュッと顔がでてきて、健康状態を報告してくるコエを。



「旦那様、お湯加減はいかがですか?」



 口からマーライオンのようにお湯を吐きながら、湯加減を尋ねてくるコエを。



「♪ねんねん、こりろよ、おころりよぉ~」



 豊満な胸を枕として提供しながら、鈴音のような歌声で寝かしつけてくるコエを。


 24時間体制で、つきっきりで『お世話』してくれる、コエを……!

 まさに、おはようからおやすみまで……!



「『パラダイスカイストア』からAMR(アムール)用の変形(トランスフォーム)プラグインをご確認いただきますと、まだまだ沢山の種類がございます。もしよろしければお時間のある時にでも、ご検討いただけると幸いでございます」



「え……。あ、ああ。う、うん。わかった、あとで見てみるよ」



「それでは旦那様、昼食にいたしましょうか」



 コエにそう促されて、ボウイはハッとなる。



「あっ……!? しまった……!」



「旦那様、どうなされましたか?」



「持ってきてたリュック、忘れてきちゃった……!」



 ボウイは今回の探索実習で、この遺跡に入るなり、エントランスに並んでいた像に夢中になった。

 その時、もっとよく調べようとリュックを降ろしたのだが、コエと出会った衝撃で、回収するのをすっかり忘れていたのだ。



「ああっ……! しまったぁ~! あの中には、お弁当が入っていたのに……!」



 メイド椅子の上で頭を抱えるボウイに、ここぞとばかりにチャチャが入った。



「ニョロッ!? 聞いたかい、みんな!? あのすみっこボーイ、お弁当を持ってきてないんだってさ! いくらいい椅子に座ってたところで、お腹がグーグー鳴ってちゃ意味ないよね! まるで見栄を張っていい椅子を買ったものの、一文ナシになった人みたいだ!」



 再び勢いを取り戻したスネイルは、まわりのテーブルを見回しながら続ける。



「だけど見てごらんよ! ボックンのメイドたちがみんなにご奉仕しているのは、ナントナント『水出しクラッグ』だよ! ボックンくらいになると、お弁当でも生のクラッグは食べないんだ! せめて水で戻さないとね!」



 『クラッグ』というのは、この世界で食べられている食料のこと。

 肉や魚、野菜や果物などをすり潰し、小麦粉と混ぜて焼いたビスケット状のものである。


 食べ方は3種類あって、そのまかかじる、水で戻す、お湯で戻す。

 後者のほうがより美味しく食べられるので、学校や家庭ではお湯で戻して食している。


 しかしこんな遺跡のような場所ではお湯などないので、弁当箱に詰めたものをそのまま食べるのが一般的。



「これもボックンの魔導人形(ゴーレム)たちのおかげさ! 普段はかさばって重くて、少ししか持ってこられない水をたくさん運べるんだからね! だからこうやってみんなに『水出しクラッグ』を振る舞えるんだ!」



 彼のクラスメイトは正直なところ、自慢話にはうんざりしていた。

 しかし彼のご機嫌を取れば、嫌なことはぜんぶゴーレムにやってもらえるし、こうやって『水出しクラッグ』にもありつくことができる。



「さすがスネイルくん!」



「まだ中等部なのに、こんなにたくさんのゴーレムを操れるなんて、もうマスタークラスだよ!」



「考えることは天才だし、そのうえみんなに恵んでくれるなんて!」



「スネイルくんがいなかったら、もしかしたら僕たちも、あのすみっこボーイみたいになってたかも!?」



「いや、いくらなんでもあそこまで落ちぶれることはないでしょ! アハハハハハハ!」



 おべんちゃらや蔑みが飛び交う、上流階級のランチ。

 彼らの笑いを横目に、うなだれるボウイ。



「僕っていつもこうなんだ……。ラスト・マギアのことになると、まわりが見えなくなって……。それで大切なことをいつも忘れちゃって、こんなヘマばかりなんだ……」



 すると肘掛けの手が動き、包み込むように少年の身体が抱かれた。



「好きなことに夢中になれるのは、わたくしはとても素敵なことだと思います。しかもそのおかげで旦那様にお選びいただけたのですから、わたくしにとっては感謝しかございません」



「そ、そっか……。そう言われてみれば、そうだよね……」



「はい。それにラスト・マギアがある限り、旦那様はひもじい思いをすることはございません」



「えっ? ラスト・マギアって、もしかして……」



「はい。パラダイスカイストアにおきまして、無料のクーポンがございましたので、ピザを注文させていただきました。差し出がましいかと思ったのですが、有効期限があとわずかでしたので……」



「ぴ……ピザ?」



 そうオウム返しした途端、



  ……ぱぁぁぁぁぁ……!



 少年の胸先が、光に包まれた。

 温かさを感じたので、手をさしのべて受け止めてみると……。


 そこには、



 『 パ ラ ダ イ ス カ イ ピ ザ 』



 とロゴの入った、平らな箱が手の中に……!

この世界にある料理は、クラッグの1種類のみです。

それには理由があるのですが、もしこのお話が続くようなことがあれば明らかになるかと思います。

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