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「ねぇねぇ、みんなきいてきいて! おにいちゃんとコエちゃん、すごいんだよっ!? ぎゅーんってなって、はしをぐーんってうごかして、それにね、それにね!」



 『天秤の間』を出て、特待科の生徒たちと合流したナデナは、ポップコーンのように弾け飛びまくって大はしゃぎ。

 ラスト・マギア……というよりも、ボウイとコエの偉業を、遊園地帰りのような興奮でまわりに伝えまくっていた。



「それに、ナデナのお洋服も、こんなに可愛くしてくれたんだよっ! きゃははははははっ!」



 羽根のように軽くなったスカートで、笑顔を振りまくようにクルクル回る。

 たしかに今までの野暮ったい長さと違い、短い丈のほうが元気な彼女には似合っていた。


 特待科の生徒たちは子供をあやすような反応で、誰もラスト・マギアで助けられたなど思っていない。

 時折ボウイをチラ見する者はいたが、その視線はいずれも冷たい。


 しかし少年は、胸にじいんとこみあげてくるような喜びを噛みしめていた。



「初めて、人助けができた……! それも、ラスト・マギアで……!」



 感謝してくれたのはたったひとりの少女であったが、なにをやってもうまくいかず、笑われ、疎ましがられ、冷たくされ……。

 物心ついた頃から気持ちだけが空回りしていた彼にとっては、おおきな第一歩であった。


 ボウイは決意する。



 ――よし……! もっともっと、ラスト・マギアを使いこなすぞっ!



 ◆  ◇  ◆  ◇  ◆



 ナデナはそのあともボウイたちと行きたがっていたが、遺跡探索の実習は、基本的にクラス単位で行動しなくてはならない。

 そして2年D組はさっさと行ってしまったので、ボウイはナデナと分れてクラスメイトたちの後を追った。


 『天秤の間』の先は五つの通路に分れていたのだが、クラスのリーダーであるゴリタンは分岐点となると必ず真ん中を選ぶ。

 ボウイはそのことを知っていたので、中央の通路を辿っていく。


 すると、大きな広間に出た。


 そこは石、厳密には石ではないのだが、石っぽいテーブルや椅子が多くあった。

 今回の遺跡探索実習に参加している生徒の大半が集まっているようで、思い思いにテーブルに陣取って休憩、リュックサックから取り出した弁当を広げているところであった。


 その光景を目にしたボウイは、空腹を思い出す。



「そっか、もうお昼か」



 それは独り言のつもりだったのだが、打てば響くようにコエの声が返ってくる。



「はい、旦那様。現在時刻は12時15分40秒でございます」



「じゃあ僕たちも、お昼ごはんにしようか」



「はい、旦那様」



 とは言ったものの、席はどこも空いていなかった。


 いや、座ろうと思えば座れなくもないのだが……。

 ボウイと相席してくれる生徒など、クラスどころ学園じゅうを探してもいないという現実があるため、どんなに空いているテーブルでも、そこにひとりでも座っている時点で『満席』とみなされるのだ。


 ボウイは少し探してみたところですぐにあきらめ、いつものように部屋のすみっこへと向かう。



「旦那様、どちらへ?」



「席が空いてないから、床に座って食べようと思って」



 それはいつものことで慣れっこだったのだが、今日は行った先が悪かった。



「ニョフッ! さぁさぁみんな、このボックンの自慢のゴーレムメイドたちの、最高のご奉仕を受けてどんな気分だい?」



 ワックスでテカテカに撫でつけた髪に、ちょろんとした前髪を1本だけ垂らし、蛇のような顔だちで舌をちょろんと出した少年。

 いかにも坊ちゃんといったアカデミックスーツを着こなす彼が、テーブルの上に立ってクラスメイトに得意気に演説していた。



「人間のメイドなんてもう時代遅れだから、ボックンの家はすべてゴーレムさ! 見てごらん、この美しさ、そしてこの動きのなめらかさ!」



 一帯をクラスの人間だけで固めたテーブル、その間では細身のゴーレムメイドが行ったり来たりしている。

 ゴーレムメイドは服装こそコエと似ていたが、身体は藁でできているので、見た目はメイド服を着せたカカシ同然であった。


 動きもギクシャクして遅く、人間と見紛うコエに比べると雲泥の差。

 輪ゴムで作った糸車のオモチャと、スーパーコンピューターで作った女神くらいの差がある。


 ボウイは過去何度か、あのお坊ちゃんがゴーレム自慢するところを横目で見て、少しは羨ましく思うこともあったのだが……。



「あのお方は、どなた様ですか?」



 でも今は、鈴音のような声で尋ねてくる存在のおかげで、そんな気持ちは微塵も起きなかった。



「彼は賢者科のスネーク・イール。みんなからは『スネイル』って呼ばれてる。家が代々、魔導人形(ゴーレム)使い(マスター)だから、あんな風にゴーレムをたくさん持ってて、いつもみんなに見せびらかしてるんだ」



 するとスネイルもボウイのほうに気づく。

 舌をチロチロ出し入れしながら、ニタニタと笑う。



「ニョッ!? あそこにいるのは、すみっこボーイじゃないか! みんな見てごらん、彼はお昼もすみっこで、いつもひとりで食べてるんだ! どうしてなんだろうね!? こうやって多くの友達とゴーレムに囲まれているボックンには、とても信じられないよ!」



 嫌なのに見つかった……とボウイは顔をしかめる。



「ほら見てほら見て! 彼はこれから、地べたに座り込むよ! まるでホームレスみたいに! いつも彼はそうやってるんだ! まわりにこんなに椅子があるのに座らないなんて、どうしてなんだろうね!? もしかしたら彼って、家でもああやってるのかなぁ!? 家に椅子型のゴーレムがたくさんあるボックンには、とても信じられないよ!」



 わざとらしい大声で、まわりに喧伝するスネイル。

 ボウイは別の場所に行こうかと思ったが、それよりも早く、



「それでは旦那様、お世話させていただきますね。後ろから、失礼させていただきます」



 コエがおもむろに、ボウイの腰に手を回してきて……。

 少年の身体を持ち上げつつ、自分の腰を落として膝の上に導いた。


 ボウイは「あっ!?」という間に、コエに膝抱っこされているような体勢になる。



「こ、これは、いったい……!?」



「はい、旦那様、わたくしの基本機能でございます、『変形(トランスフォーム)』、その中のひとつとなります『椅子形態(チェアーフォーム)』でございます」



 コエを見てみると、空気椅子のようなポーズを取っていた。

 しかし脚の裏と、お尻の下あたりからなにか棒のようなものが伸びており、それが椅子の脚のようになっていて、苦もなくボウイの身体を支えていたのだ。


 これに誰よりも反応したのは、ラスト・マギア大好きな少年ではなかった。



「ニョッ……!? ニョロォォォォォォォォォォォォォォォォォーーーーーーーーーーーーーーーーーーッ!?!?」



 ゴーレムが大好きな、例のお坊ちゃんであった……!

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