10 さらにカスタマイズ
ボウイはそれからさらに2回ほどのリミッター解除を繰り返し、コエの体重を3トン近くにしたところで、橋はようやく均衡が取れた。
向かいの橋からは、ホカホカの濡れ鼠になった特待科の生徒たちが、まさに地獄から生還したかのように喜びを分かちあっている。
「や……やったやっやった! やったぞぉっ!」
「一時はどうなることかと思ったけど、助かってよかったわぁ!」
「ラ・ライラ・ライラ・ライッ! やはりライの思ったとおり、これは『神がくれた試練』という名の贈り物だったのさ! そしてその棘だらけの箱の中には、ほぉら、こんなに素敵なものが……! ライたちのクラスと賢者科のクラス、特待生たちがより強い絆で結ばれるという、決して仲違いをしない金持ちだけが許される、心の繋がりがあったのさ……!」
「ンン~ン! そしてンーが最初から言っていたように、助け合いの精神を忘れるなということなんですネェ~! 浅ましい普通科の庶民たちは、ンーたちに嫉妬して、見捨てて行きました……! それはすなわち、いずれ本当の地獄に堕ちることを意味しているんですネェ~!」
橋の向こうにいる少年少女たちは、ハイタッチとハグを繰り返している。
誰ひとりとして、ボウイやコエに感謝する者はいない。
無理もないだろう。
見た目としてはボウイたちは助けるようなことを何もしていなかったので、自然に橋が戻ったようにしか見えていなかったからだ。
しかしボウイは、そんなことはどうでもよかった。
「わあいわあい! たすけてくれてありがとう! おにいちゃん、コエちゃん! すごいすごい! すごーいっ!」
かわいい天才少女が、救助の立役者であるふたりのまわりをぴょんぴょん飛び跳ねて、全身で感謝を表現してくれていたからだ。
そしてそれ以上に、ラスト・マギアの新たな一面を知れたのが、ボウイにとってはたまらなく嬉しかった。
「コエの体重を3トンにもできるだなんて……! まるで重力を操る大魔法みたいだ!」
新しいオモチャを買ってもらったように喜ぶ少年に、コエも母親のように顔をほころばせる。
「旦那様のお役に立てて光栄でございます。セッティングコンフィギュレーションでは、その他にも色々な項目がございますので、お好きなようにわたくしをカスタマイズしてくださいませ。心ばかりではなく、容姿まで旦那様のお好みになれることこそが、わたくしにとっても何よりもの喜びとなりますので」
「うん、わかった。それにしてもいろんな項目があるんだね」
ボウイは石板の表面をスワイプすることで、設定画面がさらに下にスクロールし、多様な項目が現れることに気付いた。
何気なく目についた項目をタッチし、内容も把握せずにダイヤルをぐりんと回してみると、
……ずりんっ!
とまるでスカートを掴んでずり降ろしたような不穏な音とともに、信じられないことが起こった。
コエのメイド服と、彼女にじゃれくように飛びついていた、ナデナのワンピースが……!
超・スーパーミニに……!?
いや、コエに至っては、完全にスカートが消失してしまっていた。
絶対領域のようなガーターベルトどころか、純白のレース編みのショーツまで、丸出しにっ!?
そしてナデナのほうはなぜか、はいていなかった……!?
古風に表現するならノーパン、未来的に表現するなら……。
ナッシング・パンティ……!
お尻というよりは、おちりと表現するに相応しい、つるんとした可愛らしい双子山……!
当のふたりは、下半身を吹き抜ける風に気付くと、
「きゃあっ!?」「にゃあんっ!?」
スカートめくりにあった姉妹のように、ぺたんと座り込んでいた。
コエはこのとき3トン近くあったので、
……ズズン……!
と橋が大きく揺れる。
振動に、特待生たちがこちらの橋に注目したが、姉妹は隙間のない欄干に隠れていたおかげで、痴態を見られずにすんでいた。
すぐ目の前にいる、少年以外には……!
彼は自分がいじった項目が何なのかをようやく悟り、まばゆいほどの生脚とおちりから、目をそらす。
「わっ!? わっわっわっわっ!? わああっ!? ごごご、ごめんっ!! まさかスカート丈まで変えられるだなんてっ!? でもなんで、ナデナちゃんまでっ!? それになんでっ!?」
「なんで穿いてないのっ!?」と口を突いて出かけたが、それは飲み込んだ。
コエは、今にも泣きそうな声で上申する。
「あっ……あのあのっ……おおお、恐れながら申し上げます……! AMRのカスタマイズは、項目によっては対象が存在する空間座標が指定されます。それでも実行時には、プログラムによる厳重なチェックが行なわれておりますので、こんなミスは起こりえません……! で、ですので、『LKSK』によるトラブルかと……!」
彼女は耳の形をしたマイクデバイスまで真っ赤にして恥ずかしがっているが、こんな時でも説明を優先するあたりは、たまらなく健気である。
この世界において、魔導人形というものに人権はない。
どんな扱いをしたところで責められることはないのだが、コエは違った。
動作も仕草も、言葉遣いもなにもかも人間。
服を着せてからというもの、見た目は完全に美少女メイドになってしまった。
魔導人形には一切敬意を示さないはずの、ボウイのまわりの反応を見ても明らかだろう。
そんな彼女がスカートを奪われ、泣きそうにしている所など見つかった日には、ただではすまない。
それにまだ小等部の幼い女の子まで、一緒になって剥いてしまったとわかれば、ボウイは下手すれば退学どころか、変質者として牢屋行きである。
少年はわたわたと石板を操って、なんとかスカート丈を元に戻した。
……しゅるるるる……。
とメイドのすべやかな生脚が、幼女のぷりんとしたおちりが、元通りに覆われていく。
ナデナのワンピースは、彼女のくるぶしを覆うほどの丈があったはずなのだが、途中で彼女が立ち上がってしまったせいで……。
『座標』がずれたのであろう、太ももの付け根のちょっと下あたりで、ピタッと成長が止まってしまった。
膝上どころか、太ももがほとんど露出したミニスカートになってしまった。
新たなるトラブルの到来を予感させたが、本人はうって変わって大喜び。
「わあっ!? ほんとうにワンピースみたいでかわいいっ!? わあいわあい! ありがとう、おにいちゃん!」
「あっ、ああっ、ダメだよナデナちゃん! そんな格好でそんなに飛び跳ねたら、見え……! わあっ!?」
少年はもう、とにかく見ないようにするだけで、いっぱいいっぱいであった。