01 いきなりメイドロボ
そこは、異星の雪景色のようであった。
そこに、ずらりと整然とならんだ少年少女たちが、湿った柔らかい足元をふみしめている。
床も壁も苔むした、全面緑色の広大なる室内。
まるで、長いこと洗っていない水槽に閉じ込められたかのようである。
このびっしり生えた苔の下にあるものが、石畳ではないことを知る者は、この空間にはいない。
「よぉーし、みんな揃ったかぁー?」
「せんせー! ラスト間際のヤツがいません!」
「ヤツは入り口のところにあった石像をずっと見てたから、まだそこにいると思いまーっす!」
「アイツ、まぁだ『ラスト・マギア』とか言ってんのかよ!?」
「もう今時、子供でも信じてねぇってのに!」
「相変わらずキモいよねぇ、行動っていうか、生き様が」
「もうほっとこうぜ、先生! 予備課のヤツなんていてもいなくても一緒だし!」
「うーん、それもそうだな……。校長、2年D組全員揃いました! お言葉をお願いします!」
遠から響いてくるシワがれた声。
それは建物の入り口にまで届いていたが、そこにいる少年は、始まりを告げる挨拶にもおかまいなし。
数千年ぶりに陽の光を浴びたような無数の立像の中を、行ったり来たりしていた。
「この像も、石じゃない! こっちのも、これも! どれも石のように見えるけど、違う材質だ! やっぱりここは『ラスト・マギア』の遺跡なんだ! しかも、これだけの像が欠損もなく残っているだなんて! きっとこの遺跡に『ラスト・マギア』があるに違いない! この像はきっと魔導人形の一種で、『ラスト・マギア』によって動いていたんだ……!」
少年はひとり感動しつつ、額の汗を無骨な頭冠の上から拭う。
ごついガントレットをはめた左手で、像に生えた苔を落としていた。
「ここにある像は、みんな胸がある! ってことは、女形のゴーレムってことか! でもゴーレムを女形にするメリットってなんなんだろう? ゴーレムって人間とは違って、姿形が美しいわけじゃないし……。顔の造型だって、のっぺりしてて……」
像の顔を覆っていた苔を剥がすと、タヌキの目のまわりのような、垂れた形に窪んだ目が現れた。
瞳のないそれが、突然、
……カッ……!
と見開くように、輝き始めた……!?
「うわっ!?」
ヘッドライトのようなひときわ強い光に照射され、まぶしさに肝を潰した少年は飛び退く。
しかし眼光を宿したのは、眼孔だけではなかった。
顔にツヤのような光が走ると、それによって清拭されるように、ボロボロと苔が剥がれ落ちる。
「えっ、えっ、ええっ!?」
少年が目を白黒させている間に、あれよあれよという間に、像は磨きあげられたような肌の輝きを取り戻していく。
飾り壺のように、くびれたボディは純白。
ポーズをつけるのを忘れた、白磁の像のようでもあった。
「なっ、なにが、起こってるの……!?」
その答えは、すぐに出た。
「この度は、パラダイスカイ社の『ラスト・マギア』をご利用いただき、誠にありがとうございます」
白き像が少年に向かって、鈴音のような声を奏でつつ、
「『ゆりかごから墓場まで、戦争から平和まで』をモットーに、すべてをあなた様にお届けさせていただきます」
ぺこりと、頭を下げたからだ……!
「ええっ!? う、動いたっ!? それに喋ったっ!? なっ、なになに、いったいなんなのっ!?」
引っこ抜かれんばかりに目と舌を飛び出させる少年。
しかし像のほうは至って落ち着いている。
彼女は両手を前に組むと、高級ブティックの店員のように会釈をしてきた。
「わたくしは『コエ』と申します。ラスト・マギアのAMRです。こんな旧型のわたくしを選んでくださり、身に余る光栄でございます。このコエ、一生涯もってあなた様にお尽くしさせていただきたく存じます」
「あ……あむ……あむ……る?」と、口をぱくぱくさせる少年。
「はい。AMRとは、アシスト・マシナリー・ロイドの略で、ラスト・マギアのご利用をお手伝いさせていただく対話型インターフェースの総称です。先ほども申し上げましたように、旧型ではありますが……」
コエはそう言いながら、考えるように小首をかしげる。
「稚拙ながら、現時点での環境で近いものを挙げさせていただきますと、『ゴーレム』のようなものでございます」
「あ……ああ。キミ、ゴーレムだったんだ、それなら……」と少年は納得しかけたが、
「って、ゴーレムは喋らないよ!? 動きももっとギクシャクしてるし! き、キミ……まるで人間みたいじゃないか!」
「そんな、人間の方々と同じだなんて、滅相もございません。しかし、わたくしどもはラスト・マギアのシステムで動作しておりますので、動作のスムーズさと対話によるインターフェースにつきましては、多くのお客様にご好評を頂いております。それに、旧型のわたくしをもそんなに褒めてくださるだなんて……身に余る光栄でございます」
恐れ多いといった感じで、膝を折るコエ。
少年は混乱しっぱなしだったが、ひとつだけ確信できたことがあった。
「これが……『ラスト・マギア』……!? ひいひいおじちゃんの代から、ずっとずっと探し続けてきた、失われた古代魔法の……!?」
「左様でございます。『ラスト・マギア』はその名の通り、最後の魔法でございます。これさえあれば、なにもいらない……。『ゆりかごから墓場まで、戦争から平和まで』、何でもお届けすることをモットーに、パラダイスカイ社が開発いたしました、統合的スマートライフシステムです。あの、ところで、誠に申し訳ございませんが……」
「な、なに?」
「ラスト・マギアについての詳しいご説明は、初期セットアップを行なっていただいたあと、引き続きさせていただくという形でもよろしいでしょうか?」
「初期セットアップ?」
「はい、いままでのお話の最中に、アップデートプログラムの確認と適用は終了しておりますので、あとは、わたくしと『デヴァイス』をリンクさせ、ご使用になる方の情報を登録するだけでございます。あなた様の生体情報を頂ければ、より多くのことにお答えできるようにもなりますので……。あの、お時間も取らせませんので、初期セットアップを行なってもよろしいでしょうか?」
少年は聞きたいことはたくさんあったが、コエの声がすがるようだったので、仕方なく頷く。
すると、コエの表情がぱっと明るくなる。
相手は人形だというのに、思わずドキリとしてしまうほどの笑顔であった。
新連載です。6話あたりまで読んでいただけると、大体どんなお話かわかっていただけると思うので、そこまで読んでいただけると嬉しいです。
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