第9巡り 仕事の終わりと打ち上げと
はははー、少しおサボりしてたらストックがもう無くなっちゃったですね(笑)
とりあえず、よろしくお願いします!
マグネットという新しくオープンしたサイトにも掲載しました!
争いとはほぼ、無縁の生活を送ってきた。
村に住んでいた時は、畑を荒らす獣を退治する大人の姿を見た事がある。
学校の時は護身術を……あまり身に付かなかったけれど、人と対峙して訓練した事もある。
――だけど、今目の前で行われている戦闘は……そのどれよりも苛烈で怖くて、命懸けだった。
キョーカさんの攻撃は太い手足と毛皮で阻まれていた。体勢を低く保って、相手の動きをよく見て回避しているが……攻撃のチャンスが少なくなってきている様にも思える。
「ホッホッ……若いってのは可能性の塊じゃの」
「まだまだだが……柔軟性はあるし、よく動く。でも、筋力が圧倒的に足りてねーな」
テリアスさんとモロル様が冷静に分析しているが、僕はそれどころじゃなかった。ハラハラとして、心臓の音がどんどん大きく速くなっている。
(僕に……何か出来る事は無いのか!?)
あの戦闘に入り込める程の戦闘技術が無い事は、誰よりも自分が知っている。お客様を優先して守らなければならない事も分かっている。
だけど、このままだとキョーカさんの体力が持たないかもしれないな。何かしなければという気持ちが溢れてくる。
「ハァァッ――!!」
「グガァァァァ!!」
熊の鋭い爪がキョーカさんを掠める。対してキョーカさんの攻撃は通じていない。
「テリアスさん! な、何か……何でも良いのでキョーカさんに助言とかありませんか!?」
「無いな。アイツは巨腕熊の弱点くらい知っているだろう。が、どうしようも無いと言った感じだろうしな」
「うぅ……僕はどうすれば」
何か出来る事があればしたい。けど、怖い。恐ろしい。
魔物が出れば逃げるようにしてきた。命を優先にしてきた。冒険者とは逆の生き方をしてきた。
花や植物、動物の知識はあっても、魔物の知識はほとんど無い。今、キョーカさんが戦っている魔物の弱点だって知らない。
『トウジ……強く…………想いを』
ウルルが何かを語り掛けて来る。このヒスイ湖に来る前よりも、また少し大きくなった気がするウルルは頭の上でおとなしくしている。だけど、しっかり語り掛けてくる。
「想い……って?」
『トウジ……想い……力になりたい』
ウルルが僕の力になってくれると言っている。
強い想いをウルルが汲み取って、その想いに応えてくれるらしい。
あの魔物は怖いし、今だって足は動かない。けど……僕は一人じゃない。戦っているキョーカさんが居て、ウルルが居てくれる。
直接戦う事は出来ないけど、助ける事はできるはず。
「僕はキョーカさんを助けたい。それに、あの魔物にこの湖を好きにさせる訳にはいかない!! ウルル、僕に“止める力”を!!」
『うん……うん……トウジ、受け取って』
不思議と、攻撃する力は望まなかった。だが、それが正解だとウルルが言ってくれた気がしている。
――そして、ウルルから想いが贈られてくる。
それをたしかに受け取った僕は、今もなお傷付きながら剣を振るうキョーカさんを見て言葉を紡いだ。
「この場所なら……僕達の力は強くなる!! 『水精よ、縛りの力を』!!」
すぐ後方にあるヒスイ湖から、幾つもの水の柱が鞭の様に撓りを見せながら巨腕熊へと飛んで行く。
両腕、両足、首。五ヶ所に何本もの水柱が巻き付いて、締め上げ、動きを阻害する。普通の水なら弾かれて、振りほどかれて終わりだろうが、この水は水精の操る水であり、その強度も当然変わってくる。
「トウジ!?」
「キョーカさん!! 長くは持ちません……後はお願いします!!」
この水の縄を振りほどこうと、巨腕熊の抵抗は益々強くなっている。魔素的には余裕があっても、その内限界はやってくる。
だが、この数秒さえ余裕があれば……キョーカさんなら。
「ありがとうトウジ、この仮は何かで返すわね。すぅ……はぁ。これでも、くらいなさいっ!!」
剣を両手に高く跳び、巨腕熊の脳天を狙い思いっきり剣を振り下ろした。
斬り付けるよりは、叩き付けるといった感じに当てた瞬間に低く鈍い音が聞こえて……水柱から伝わっていた、巨腕熊の抵抗していた力がどんどん無くなっていった。
キョーカさんが着地と同時に距離を取って、安全圏にまで戻って来たタイミングで水をヒスイ湖に戻すと、あれだけ強そうに見えた魔物が……地面へと倒れていった。
「キョーカさん! 血! 血!」
「大丈夫よ……このくらいの流血はよくある事なんだから。ふふっ、慌てすぎよ」
(でも、腕や肩口から血を流しているのに大丈夫な訳無い……ど、どうしたら良いんだったっけ!?)
その時に買っておいた増血の実の事を思い出して、急いでカバンを取ってきてキョーカさんに食べさせる。肩や腕はかすり傷みたいで本人も大丈夫と言っているが、魔法で出した綺麗な水で土を洗い流して、過剰なくらいに布を巻いておいた。
応急措置としては、これで十分な筈だ。
「ったく、冒険者ならこれくらいの傷は何とも無いんだから」
「で、でも……痛いでしょ? その、ありがとう。キョーカさんのお陰でお客様はちゃんと無事でした」
前国王のモロルさんはともかく、テリアスさんならあの魔物だって楽に倒せてたかもしれない。だが、今は僕達のお客様である。無事に守り通すという使命を果たせて、ちょっとだけホッとした。
「キョーカ、まだやる事が残っているだろ? それをやるまでが冒険者の仕事だ」
「分かっているわ。トウジ、あんたは解体に耐性とか無さそうだし、あっちを向いておきなさい」
「あ、うん」
「なら、わしと向こうに行くかね?」
モロル様が誘ってくれて、一緒に歩き出す。
湖のすぐ手前で立ち止まり、モロル様がそこに腰をおろした。隣に座って良いのか? とか、言葉遣いは大丈夫だっかのか? とか、思い返して逡巡する。
「気を張る事は無い。今は客と店員なのだからな」
「……では、失礼致します」
隣に座った所で緊張する事には変わらない。無知は本当に怖いが、それは知ってしまった時に感じる事だと思う。知らなければ良いことだって世の中にはあるのだと僕は思った。今度……ウィズダさんに言ってみようかな。
「改めて、今日はありがとう。わしも観光はたまに行くのだがな……今日みたいな体験は初めてじゃ」
「これは……大変申し訳ない事なのですが、私も今日が初仕事でして……その、つまり……」
「初めての試みという事じゃな? よいよい、何事も初めてはある。むしろ、一番初めに体験出来て光栄じゃよ」
良かった。偉い人は食事から何から、誰かが試した後でやるものだと思っていた。危険は無いと思っていたが……後から誰かに怒られたりしないだろうか? 怖いんだけど……。
「そう言っていただけると嬉しいです。私は平民ですから、観光案内の世界で活躍するには地道に……それでいて発想を膨らませていかないといけなくて。まぁ……それが難しいんですけどね」
「ホッホッ……わしの妻や息子達にも教えておこう。まぁ、あの子達はダンジョンとかの方が好きなんじゃけど」
(ですかぁー。まぁ、そうですよね……でも、広めてくれるだけチャンスは……うん)
モロル様との会話を楽しんでいる。
僕から話す事よりもモロル様が話す内容の方が濃いし深いし面白い。だが、僕が話すちっぽけな日常の話でさえも楽しんで聞いてくれていた。
器の大きさが……なんて言葉で纏めたく無い程に優しい人だと思った。
「おーい、旦那ぁ!」
少し離れた後方……骨を断ち切る音やテリアス様の何かを指示する声を聞きながら会話をしていると、聞き覚えのある声が割り込んできた。キングさんだ。
だが、振り返るとあまり見たくは無いモノが視界に入ってしまうだろう。振り返る事は無く声だけを拾おうとしたら、僕の隣にウィズダさんとニオンさんが現れた。
「ここは良い場所なのです。自然が美しい……」
「トウジ、ご苦労様だ。まずは騙していたことを詫びよう」
ウィズダさんは景色を眺めてニオンさんは頭を下げてくれている。話的にもウィズダさんは後回しで構わないだろう。
「いえ、まぁ……驚きましたけど、モロル様にも楽しんで頂けたみたいですから満足です」
「そうか。テリアスの悪ふざけは今後もあるかも知れないが……騙す様な事は今回限りだ。安心してくれ」
ニオンさんは優しく微笑んでそう言った。
ニオンさんがそう言うならそうなのだろうと、自然に受け入れられる。この人の瞳からは虚偽では無いと伝わってくるからだ。
「ニオン殿、お店の経営は大丈夫なのかね?」
「バカ店長が変な思い付きさえしなければ……という前置きが付きますが、問題はありません。客単価が高いですからね」
「トウジ、どうやってボートを水中へ沈めたのです? 早く教えるのです……というか、もう一度行くのです」
「いやぁ~その、ははは……」
モロル様とニオンさんが大人な会話をし始めた所で、ウィズダさんとの会話へと切り替える。
だが、こっちも少し相手をするのが大変そうで、どうしようかと思っていた時に助け船がやって来た。
「トウジ、終わったわよ。それと、私達は合格ですって! 何となくイヤになるわよね……あんたもそう思うでしょ?」
「僕は……そうですね、けっこう楽しかったですよ?」
僕の回答が不満だったのか、キョーカさんの顔が不満げに歪む。
共感して欲しかったのかもしれないが、危険があったとはいえ楽しかったのは事実だ。
「おーい、早く帰って店の裏で肉焼くぞ~」
「おっ、そいつは良いな! トウジ、キョーカ早く帰るぞ」
テリアスさんが袋を掲げて焼肉の提案をしてきた。
きっとあの袋には先程の魔物の食べられる部分が入っているのだろう。キングさんもどうやら気分が高揚しているみたいだ。
来る時と同じように、僕とキョーカさんとテリアスさんとモロル様は馬車で帰り、他のメンバーは先に帰って準備を進めてくれる事となった。
この計画の大雑把な枠組みはテリアスさんが考えたらしく、最後の焼肉まで考えていた事を思うと……なんだかんだ、楽しい事が好きなだけの人に思えてきた。
まだ、何を考えているのかとかは全く読めないけれど、それは同じ店で働いていれば分かるだろう。今は気にしなくても良いと思っている。
「わしも参加して良いのか? テリアスよ」
「あぁ、もちろんだ。爺には協力して貰ったからな。ま、帰りが遅くなっても俺達は責任取らないけどよ」
「今日は婆さんへの贈り物もあるから大丈夫じゃろう……のぉ、トウジ君」
きっと赤いラーブルの事だろう。奥さんに贈るというのが、一番素敵な使い道かも知れないな。何はともあれ、役に立つのならそれに越したことは無い。
「えぇ、きっとお喜びになるでしょう。では、帰る頃には夕方になりそうですし……そろそろ出発致しましょう」
帰るまでが案内人としての仕事と自分に言い聞かせ、馬車に揺られてお店まで戻っていく。
ヒスイ湖に滞在した時間はあまり長くはなかったが、中々に濃い時間を過ごせたと思う。試したい事を試せたし、キョーカさんやウルルとまた少し成長出来た。
次はいつ案内出来るのか分からないけど、次もまた別の事を試してみたいと思っている。
(ありがとうヒスイ湖。また、来るからね……)
その想いを胸に抱き、初仕事の達成感をしみじみと感じていた。
◇◇◇
「さぁ、お前等!! どんどん焼いていけ!」
「うぉぉぉ!! 俺は食うぜぇぇ!」
「おい、脳筋……それは私が育ててた肉なのです! 許さないのですよ……!!」
店に戻ってからすぐに、焼肉を始めた。
待ってましたとキングさんが勢いよく食べ始め、焼く係りになってくれたニオンさんが困った顔を浮かべている。
「あらぁ? 美味しそうな、か お り」
「ふむ、僕達もお呼ばれされて良いかな?」
ジョセフィーヌさんとランドルフさんも加わって、あの熊から取れた肉がどんどん消費されていく。
キョーカさんも今日は冒険者らしく豪快に食事をしている。僕は皿にどんどん盛られる肉を消費するので手一杯だ。
大人がよく仕事終わりの……という事を言うが、その気持ちが今なら理解できる気がする。頑張った後のご褒美は何よりも心を満たしてくれるのだ。
「おら、トウジ……食ってんのかぁ?」
「テリアスさん……お酒入ってます?」
「バカ野郎! 店長と呼べ、店長と!! 俺が店長だっ!!」
完全に酔っている店長に絡まれても、僕に対処は難しい……だが、ニオンさんが目を逸らし、他の皆も目を逸らした事で道は完全に塞がれてしまった。
「ふははははっ、お前の水精はまだヒヨッ子だなぁ! 俺の闇精はもっと成長してるぞー? おぅ……」
「あっ……店長も精霊と契約していたんでしたよね!? すいません、その辺のお話を……」
「………………すぅー……んぁ……すぅ……すぅ……」
(えぇ……店長、まさか酒に弱いのかな? いや、えぇ……)
店長がイスに座ったまま、静な寝息を立てて眠り始めた。
せっかく何かを聞けると思ったから少し残念だが、起こしてまで聞く……とはなれなかった。
ニオンさんが『やっぱりか……』と言いながら布団を持ってきて、店長の手にある酒瓶を奪った
「悪いね、酒が入ると誰かに絡んではすぐに寝るのさ」
「そうなんですね……まぁ、大丈夫ですよ」
「では、そろそろわしも帰ろうかの。迎えを待たせておるでな」
きっと門限は大幅に越えてしまっていたのだろう。それでも一緒に食事までしてくれたモロル様には感謝している。
玄関まで僕とニオンさんでお見送りに行き、そこで袋に入れたまま贈り物の花を渡した。
「帰ったら植木鉢にでも埋めてください。後は少しの水を毎日与えれば枯れることはありませんから」
「分かった。ありがとうトウジ君、頑張るんだよ?」
深くお辞儀をして、迎えの馬車が離れて行くまでその体勢のまま動かなかった。
頭を上げるとニオンさんが一言だけ労いの言葉を掛けてくれて、その言われた『お疲れ』の一言には『よく頑張ったね』という意味が含まれているというのは聞くまでも無いだろう。
「あ、そうだニオンさん。これ……テリアスさんの分の赤いラーブルなんですけど……」
「ほぅ、ならこれはお店にでも飾るとしようか。二本も見付けるとは……幸運だったね」
「正確にはもう一本あるんですけどね。これはキョーカさんの分です」
そう言った時に、何故ニオンさんが含みのありそうな感じで笑ったのかは分からない。けど、珍しい花を三本も見付けた事を凄いと、思わず笑ってしまっただけだろう。
「その花を早くキョーカに渡してくると良い、あぁ……ちゃんと“これからもよろしく”という気持ちを伝えるんだよ? 君達はペアなんだから」
「そう……ですね!わかりました」
その後、何故かめちゃくちゃ顔を赤くしたキョーカさんに叩かれたのだが、花だけはきっちりと持っていかれた。まぁ、渡せたから良いんだけど……何でだろう?
『まだ会ってから日が浅いけど、これからもよろしくお願いします。この花はその気持ちを込めて贈らせて貰いますね』
別に変な事は言ってない筈だ。ニオンさんのアドバイスも取り入れた訳だし……本気で怒ってた訳じゃない……よね?
何故叩かれたのかに気付いたのは翌日。ふっと何かを思い出すかの様に赤いラーブルの花言葉が頭に浮かんだ。
慌ててキョーカさんの部屋に向かって、“誤解”を解こうと思ったのに……隙間分だけ開いた扉から見えたキョーカさんと、机の上に飾られている“その花”を見て何も言え無かった。
自分の部屋に戻って、どうしようかと考えるだけ考えてみたが……良い考えは何も思い付かなかった。
「これもニオンさんのせいだ……」
何となくこのモヤモヤを誰かにぶつけたくてニオンさんを選んでみたが、自分がしでかした事というのが頭から離れる事は無かった。
「ど、どうしようか……いや、あれは三人分あったからで! そう、あれは別にそういうヤツじゃないから! うん! 大丈夫。大丈夫……これも、言い訳とかじゃ無いし?」
その日は特に仕事も無く、ご飯の時以外はキョーカさんとも顔を合わせなかったが……少し照れ臭さと気まずさが混ざった空気になってしまっていた。
――うん。これはちょっと誤解を解いた方が良いかもしれないな。
僕は仕事の有無に関わらず、ペアとして気まずさがあってはならないだろうと……部屋に訪れる理由すらも言い訳をしてキョーカさんの部屋へと向かい、扉をノックした。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)