第8巡り 花とボートとその正体と
まだ次を書いてないけど……投稿!
よろしくお願いします!(´ω`)
湖の周囲には人が二、三人並んで歩けるだけの道がある。
そこを、僕を先頭にしてテーリアス様とモーロル様がに並び、一番後ろをキョーカさんが歩いている。
「ほっほっ……風が心地好いのぉ~、お主も楽しまんか」
「これからが本番だろうよ、バテるぞ爺さん」
優しい風がそっと吹いて、僕たちの間を通り抜ける。
キラキラと光る水面や自然の豊かさ、心を静めてくれる風や花。だが、人気は無い。こうして歩いているよりも、ダンジョンでモンスターと戦う冒険者を見学する方が人気が出るのは分かる。分かるが、そもそも分野というか……目的が違うのだ。水場はリラックスしたり、何か考えたい時には丁度良い。それを、地味の一言で終らせる今の観光業界を何とかしていきたい。
(ま、そんな簡単なら既に誰かがやっているよな……)
水場を案内する人が居ない訳ではない。僕だって案内されたから水場を好きになったのだ。その人の事はあまり覚えては居ないけど、いつかは会ってお礼が言いたい。水場を案内してくれてありがとう……と。
――その時、ちょっとだけ強い風が吹いた。髪が流される程度の本当に少しだけ強い風。
「…………っふぅ。風のイタズ……ラ……あっ!」
「どうしたのよ、トウジ。何か見付けたの?」
その通り。ここに水場に数年通っていた僕でも初めてみたモノだ。
風が教えてくれたそれは、『花』――花の名前はラーブルといい、水辺に年中咲いている花だ。
「この花は、その季節によって花の色が変わります。白、青、緑に紫。色鮮やかで贈り物としても人気な花なんですよ」
「まぁ、青色のやつ見たことある気はするわね……。でも、そんな声を出すことなの?」
水辺を探せば何処にでも在るラーブルの花達。その中で、たった一つだけ、いつ咲くのか、何処に咲くのか分からない花がある。水を与え忘れて枯らさ無い限りは、ずっとずーーっと……咲いている色がたった一つだけある。
「それがこの赤い花です。この花は珍しいもので、高価でやり取りされるんです。ですが、私と致しましては贈り物として誰かに渡す事をオススメ致します」
「ほうほう……確かにわしも野生の赤い花を見たのは初めてじゃな」
「おい案内人。聞くが……何故、贈り物とする? 高価なら売った方が得だと思うんだが?」
確かにこの花一本で三ヶ月は慎ましく暮らせると思う。貴族の方が高く買いつけたり、オークションに掛けられるから値段がつり上がる。
それでも、贈り物とする事を僕がオススメする理由はちゃんとある。
「誰か大切な方がいる場合になりますが……それは花言葉に秘密があります」
「花言葉~? あんた、そんなのにも詳しいの? 貴族の女でも滅多に居ないわよ? 冒険者は野草の効能さえ知ってればいいし」
(いや、大切な事だけど思うけど……僕にとっては花言葉だって大事な教養なんだよね……)
お客様に花の名称や花言葉を聞かれる事もあるだろうと思って、勉強はしていたのだ。いずれは、この場所も他の水場もカップルや夫婦達の人気スポットになって欲しいと思っているからだ。
「えぇ……っと、この花はお世話し続けたら枯れる事がなく、そして、この広い世界の何処に咲くかも分からない事から……」
――大切な人に贈る場合『あなたを愛し続けます』という一途な愛を表現します。
本で得た知識をお客様へと伝える。勉強しておいて良かった……それに、結構覚えるのにも時間が掛かったけど、こうして知識をちゃんと本番で使える自分へと昇華できて良かった。
「少々お待ち下さい……えっと、こうしてこうして……」
そこに在った三本の花を、土を掘り返して根を傷付け無いように取り出し、買っておいた布の袋に土と一緒に入れる。
せっかくの花。抜かずにその場所で咲き続けて貰いたい気持ちもあるが、一生に一度かも知れないのだ……僕の勝手な気持ちで悪いけどお客様に持ち帰っていただこう。水場へ観光に来ると、こんなサービスも受けられるという話題性が広まるのを信じて。
「お待たせ致しました。こちらの袋に赤のラーブルを入れております。お帰りの際に、私からのプレゼントさせて頂きますので」
「ほっほっほ……これは婆さんも喜ぶかもしれんのぉ!」
「金に困ったらありがたく使わせて貰おう」
(ま、まぁ……テーリアス様の使い方も、知らない誰かが必要としているかも知れないし……まぁ、ね?)
◇◇◇
散歩を続けている。もちろん、意味もなく宛もなく歩いている訳では無くて、湖に来てその周辺を散歩するだけ……そんなのは流石に僕だって退屈だと思う。
湖。僕達は湖に来ているのだ。ならば、その湖を体験しないで何が観光だろうか?
「もうすぐ、ボート乗り場に着きますが……あっ、管理人さん!」
「おやおや……トウジ君。今日も掃除かね?」
「今日はお仕事です!」
僕の発言に驚いた顔を見せてくれる。まぁ、普通にこの場所に誰かを観光するとは思っていなかったのだろう。それか、こんなに早く誰かを連れて来ると思っていなかったのかもしれない。
管理人さんは一応、顔見知りだ。この場所の管理人ではあるが具体的には何かをしている訳では無い。
年齢的にも、広いこの湖を掃除して回る体力は無いだろうし……というか、掃除なら僕がしていたからな。
「そうかそうか……トウジ君も仕事か。時が流れるのは早いねぇ。この湖は私よりトウジ君の方が詳しいだろう……好きに案内して構わないからね?」
「ありがとうございます。それでは、少しだけボートをお借りしますね。キョーカさん、お客様をあのボートまでお願いします。“ちょっと、準備をしますので”」
準備……と言っても管理人さんへの説明とウルルとの最終確認だ。
ウルルとは色々と話して考えている事を共有しているが、本番前の最終チェックは入念にだ。
「ウルル、大丈夫そう?」
『役に……立つ! あのボートなら……大丈夫!』
確かにそうだな。ウルルは水精。水の扱いに関して言えば何の心配も問題も無いか。むしろ水そのものと言っても良いくらいだ。
ぴょんぴょんと跳ねるウルルを頭に乗せて、僕もボートがある場所へ向かった。普段なら漕ぐ為のオールを持っていくのだが、今日は……今日からは必要無くなった。
「お待たせ致しました。管理人さんからの許可も取れましたので、出発したいと思います」
横幅が約一メートル、長さが三、四メートルのボートに乗り込む。これを手漕ぎで進まないと行けなかったら、キョーカさんにも手伝って貰わなかったら無理だっただろう。
「おや? その頭の可愛いのは……精霊様かな?」
「はい! ご紹介します。この子はウルルと言って、今日はこのボートの操縦者でもあります。私の友達でもあります」
『友達! トウジ……友達!』
(可愛いなぁ~ウルルは……っと、いけない。これからが本番で、ぶっつけ本番。頑張らないとな)
「さて、皆様。この水面からは水中がよく見えますが、これはありふれた景色で、綺麗ではありますがそれだけでしょう。ですから考えました。どのようにすればお客さんに楽しんでいただけるのかと! その考えは、ウルルが居る事で更に幅を広げました。ではご案内致しましょう――――湖の『水中』へ!」
ボートはゆっくりと進みながら静かに、静かに沈んで行く。
騒いでいるのは、キョーカさんだけである。
ボートの縁が水面を下回った。
◇◇◇
「「うわぁ~! うわっ……うわぁ~~!!」」
お客様をそっちのけで僕とキョーカさんは盛り上がっていた。
ここは“水中”。つまり水の中だ。三六〇度、視力の限界まで透き通った水の色で包まれている。
原理はとても簡単で、ウルルが水を操っている。真上に極小の空気穴アリ……そのお陰で苦しく無い。
真上を見ると空が揺れている。日の光がキラキラと……美しい。
左右を見ると水中の静寂を感じられ、たまに綺麗な色をした魚が泳いでいるのが見える。
(あぁ……水に包まれるというのはなんて落ち着くのだろうか!! ここから魚釣りなんて良かったかも知れない)
水中船とでも言おうか、このボートはウルルの力で進んで行く。いつまでも惚けている訳にも行かない。案内という案内はもう無いけれど、何かしなければいけない。
「コホン……失礼致しました。これが、お客様方のご希望される内容に対しての僕の答えでございます。ここからは少し水中散歩となりますので、お寛ぎくださいませ」
「あぁ、凄いのぉ。水中散歩とな……乙なものじゃないか」
「おぉ、確かに……精霊だってそいつの力だ。ふっ……中々に面白く美しい景色だ」
良かった、褒められた。今の自分に出来る事をやったつもりで、それをお客様に喜んで貰えた。案内人という立場からすると、こんなに嬉しい事は他に無い。
どうせなら、考えているサービスを試させていただこう。
「ウルル! 魚を!」
『まか……せて!』
水中の流れを操り、ウルルが魚達を運んできてくれる。
一本の道がソコには在るかの様に、大小様々な魚達が目の前を、右を上を左を通っていく。
僕達は地上じゃ決して観ることの出来ない『魚の舞』に、視線だけじゃなく心までもが奪われていた。
何となくで分かる。今のウルルはこの人数でこのボートの大きさだから問題なく力を発揮してくれているけど、もっと大きな船だと難しいだろう。
だが、それは後で考えよう。今は、この景色を一秒でも長く感じていたい。
「おい、テーリアスよ……良いのでは無いか? わしはこの子達なら大丈夫じゃと思うがの?」
「そーだな……まぁ、面白い発想だし好きな物に特化しているのは嫌いじゃない。後はもう一人の方かな?」
いきなりよく分からない会話をし始めた二人、テーリアス様はおもむろに頭に巻いていた布を外し、モーロル様ボロボロのローブを外した。
「その首飾りの紋章……あ……あなた様は!!」
僕がテーリアス様の髪……“黒髪”に目を奪われている間に、キョーカさんはモーロル様に頭を垂れて片膝を着いていた。
「トウジ、貴方も早く!!」
「あ、えっ……うんっ!」
よく分からないままにキョーカさんと同じポーズをとってみたが……何が起こっているのか全く分からない。ウルルが頭の上で跳ねているのだけがいつも通りで……少しだけ落ち着く。
「頭を上げると良い。わしはもう退位したのだからな」
「ほら、“トウジ”“キョーカ”説明してやるからお前らも座れ」
状況がすぐに飲み込め無いのが僕の欠点かもしれない。荒事が多く、どんな事態にもすぐに対応しなければならない冒険者という職業に就いているキョーカさんは、もうちゃんと落ち着いているみたいだ。凄いな。
「騙すような真似をしてしまった事をまずは謝罪しよう。それに、トウジ君……水場と聞いて期待していなかった事も謝らせて欲しい。申し訳無い……素晴らしかった」
「あ、ありがとうございます?」
素晴らしいの一言が貰えた。僕としては満足だが、キョーカさんは何だか落ち着いて無いみたいだ。トイレでも我慢しているのかな? その点も今後は考えていかないといけない……かな?
「お店に居る時に名前を聞いて……まさかとは思っていましたが、これはどういう事にございますか?」
いつも乱暴な口調のキョーカさんが物凄く丁寧な言葉を使っている。やはり、キョーカさんは……。
「まて、落ち着け。とりあえずトウジがまだピンと来てないみたいだから先に改めて自己紹介をさせろ。俺が“テリアス”でこっちの爺さんは『前国王』の“モロル”様だ」
「何がモロル様じゃ。お前に“様”を付けられると虫酸が走るわい!」
――――『たぶん、聞いたことはあると思うよ? テリアス……こう言った方が良いかな?『秘境狂いのテリアス』と』
ニオンさんに教えて貰った事を思い出した。テリアス…………店長の名前だ。
「店……長? それに、前……国王……陛下?」
声が震える。
黒髪の鋭い瞳をしたこの人が店長。いや、二人の素性が分かったとしても何も解決していない。いったい、なぜ二人がこんな場所に居て、僕に案内されているのだろう?
「トウジ」
「は、はい……」
「もう一度言っておく。お前の案内は精霊の力を使ったものだが、新しい形だ。とても面白かった」
褒めの言葉は何度受け取っても嬉しいものだ。僕は頭を下げてお礼を言う。何かの事情があってお客に扮して居たのだろうが、そんな事は僕にとって些細な事だ。お客様なら自分の全力をもって案内する、案内人に大事な事はそれだと思うから。
「そして、キョーカ。お前も新人だからトウジと同じ様に試したいと思っている。だが、坊主の実力を見る機会はこの静かで魔物の少ない湖じゃ無理だから…………」
テーリアス様、改めテリアスさんにボートを陸に上げるように言われ、僕達は水中から浮上して陸へと戻って行った。
「よし……キング! あれを解き放て!!」
(キングさんが来てるのか!? 待てよ……という事は、もしかしたらお店で知らなかったのは僕達二人だけって事か?)
「今、キングに指示を出してとある魔物を解き放った。こちらに来るようにキングに誘導させているから、少ししたら来るだろう。キョーカ、死ぬなよ?」
「どんな魔物を連れて来たって言うのよ……これが店長のする事なのかしらっ!?」
キョーカさんの言いたい事はよく分かる。僕も店長の意図が分からずにいるからだ。何が目的なのかハッキリしない、想像もつかない。きっと、凄い考えがあるのだろうとは思うけど……。読めない。
「トウジ、キョーカとペアならお前も戦わなくてはならない。これは案内をしている最中の出来事だ。わかるな?」
「は、はい! お客様は守り通します。ウルルも居ますから」
少し離れた所から音が聞こえてくる――木を薙ぎ倒しながらも近付いている音だ。
戦いに慣れていない僕でも、流石にこれは分かる。“木を薙ぎ倒せる魔物”が弱い訳がないと。
どの程度の強さかは分からない……でも、弱くない事は確実だ。これはキョーカさんの実力を見ると言っていたが、最悪の場合を想定しておかないといけないかもしれない。
そんな決意も、二メートルを越える身長、腕や足は僕サイズ、鋭利な爪を持ち、破壊する事に特化した魔物を目の前にしたら消え去っていた。
(あ……こんなの勝てない。逃げないと……逃げる方法を探さないと!!)
恐ろしい魔物を前にパニックに陥った僕は、逃げようと考えだした。水の壁を作って林道へと逃げ込む。ボートを使って水上に避難する。
「巨腕熊か……Bランクって所かしらぁ!!」
「まっ……キョーカさん!?」
キョーカさんがあの魔物を前にして恐れずに立ち向かって行った。あれが、冒険者というならば命がいくつあっても僕には出来ない職業だ。
正直に言うならば、馬鹿だと思った。逃げるのが正解では無いのか……と。死んだらどうするのか……と。
キョーカさんが逃げを選ばなかった時点で、僕も逃げる選択肢は無くなった。いくら敵が強そうであったとしてもだ。だって、そうだろ?
「僕は……貴女が居なかったら安心して案内が出来ない!! だから……だから!! 守りと援護は任せて君は、ソイツを倒してくれ!!」
「行くわよ!! トウジ!!」
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