第7巡り 到着!ヒスイ湖
お待たせしました!
よろしくお願いします!(´ω`)
「ふぁ~あ……何よ、準備して来いだなん……て」
「あ、おはようございますキョーカさん」
店の奥から防具に身を包み、帯剣している眠そうな感じで登場したキョーカさん。だが、僕が接客中だと知ると固まってしまった。気持ちは分かるけどね。
「彼女は専属の冒険者で、今日も護衛をお願いするキョーカさんです。キョーカさん、こちらはお客様のテーリアス様とモーロル様です」
「テリアスとモロル? ……どこかで聞いた名ね」
「……テーリアスだ」
「モーロルじゃよ」
(いきなり名前を間違えるとか!! くっ……キョーカさんは冒険者。少し粗暴なのはこっちでフォローするしかないかっ)
名前を間違えるキョーカさんに冷や汗を掻きつつも、お客様には少しだけ時間を頂いて、簡単に打ち合わせをする事にした。やって貰いたい事や注意して欲しい事はけっこうある。
「キョーカさん、馬車の操縦は出来るんですよね?」
「えぇ、必須科目ですもの。なに? 馬車でも使うの?」
今日の行き先は広く深い湖がある場所の予定。歩いても行けない事はないのだが、日帰りという事で馬車を使うことにした。
ダンジョンへ行く時などは乗り合いの馬車が出ているのだが、当然のように水場へと向かう馬車は無い。自前か借りるしか無いのだ。今回はお店の馬車を使って良いという事で、なんとか助かった。
「そう……でも、私は場所を知らないわよ?」
「場所はその都度教えます。それで、キョーカさんには他にもして欲しい事がありまして……」
まだ、何かあるの? とでも言いたげな目を向けられているが、やって欲しい事はまだある。
例えば、昼に食べる軽食のお店。例えば、持っていた方が良いアイテム。
念のために回復薬を数本は持っていくが、そこは冒険者の経験を頼りにしたい。緊急事態への対応は僕よりもキョーカさんの方が凄いはずである。
「ふーん……ま、良いわ。私の方が頼りになると言うのなら仕方がないわね! とりあえずメモするわ!」
「そ、そうです! キョーカさんしか頼れませんから、お願いします。湖に着いてからの計画は任せてください」
(なるほど……キョーカさんの扱い方が少しだけ分かった気がする。基本は下手に出ておけば大丈夫かな)
それからお客様に対しての応対の仕方について話……お願いして、打ち合わせは終わりだ。
お客様に待たせてしまった事を詫びて、馬車を取りに行ってくれたキョーカさんを待つ為に外に出る。
一人だと緊張しっぱなしだったが、キョーカさんが来てくれた事で、少しだけ落ち着けた。それを考えると……頼りになるのは間違いじゃなかったな。
◇◇◇
「ふむ、そろそろ私も移動するかな」
先ほどトウジが部屋に来た時は上手くやれるか心配にもなったが……接客については楽しそうにしていたから大丈夫だろう。
テリアスの楽しみに、せっかく家族同然になった可愛いあの子達を付き合わせて私も心苦しいが……慣例だと諦めて貰うしかない。
「副店長、居ますかい?」
私がお越しに行こうかと思っていたが、どうやら起きてはいた様だな。それだけ楽しみだったのかな。かく言う私も、今日は少しばかり早起きをしていたが。
「キングか、出発の準備は出来たのか?」
「抜かりはねーですぜ! 湖なんて普段は行かないですし、念のためウィズダが場所の確認に行ってましたが、たった今帰って来た所です」
日焼け防止の為に鍔の広い帽子とマントは欠かせない。私くらいにもなると、太陽の光にだって耐えうる事は出来るのだが……やはりピリピリとするからな。無いに越した事はない。
部屋の扉を開けて、キングと合流した後は裏口から出てウィズダとも合流する。
レーズとゲーイ……ランドルフとジョセフィーヌは計画を知っていて楽しみにしていたものの、残念ながら“仕事”が入った。店の仕事ではなく、裏の仕事。内容が内容だけに、残念ながら流石に断れ無い。
「うむ……では、そろそろ行こうか」
「副店長、鍵はどうするのです?」
「平気だろう。何かあればすぐに帰ってくれば良い」
おそらく今日も人は来ないし、戸締まりはしない。まぁ、仮に盗人が来ようものならウィズダの持つアイテムに反応があるから大丈夫だろう。
ウィズダのお陰で便利になっていくと思いながら、私達は店を後にした。
◇◇◇
「出発するわ」
「お願いしますね。お客様、今から案内を開始いたします。本日は天気も良く、観光日和としては最高と言っていいでしょう……私共も精一杯、頑張らせていただきます。では、目的地までの道程は、馬車でごゆるりとお寛ぎ下さい」
お店に辿り着くのは難しいのに比べ、お店から街中へ向かう分には簡単だ。どういう原理かはまったく分からないけど、簡単な分には問題無い。
軽食等のお店選びはキョーカさんに全て任せている。僕が伝えたのは街の南から出てくれという事だけ。
残念な事に学校に通う為にこの街へ来てからというもの、水場と学校間の道、それと必要な道具が売ってあるお店くらいしか知らない。今後は時間的な余裕もありそうだし、街を探検してみようとは思っているけど。
(こうして見ると……けっこう便利な世の中だ。勇者様の時代はもっと不便だったらしいけど)
地面は均されて歩きやすいし、建物も頑丈。たまに強盗や怪盗みたいな悪い人も出るみたいだけど、最近は防犯道具も売り出されているらしいから、夜中だって安心して寝られる様になっているみたい。
勇者様が発展させてくれたお陰らしいから、ホント……勇者様様って感じだ。
「まずは、この店よ」
「ここは……道具屋ですか。大きい店ですね……お客様、少々お待ち下さい。必要な物を買って来ますので」
「おう」
「わしらはゆっくり待つでな、そう慌てんでも良い」
馬車を店の前に停めて、キョーカさんが事前にメモしてくれた紙を手に、僕が買いに行く。街中で安全とはいえ護衛を外す事は出来ない。
店に入ると、大小さまざまな物が売ってある。店内は広く、何がどこに売っているのか……初めて来る僕にはまったく分からない程だ。だが、お客様を待たせる訳にもいかないし、店員さんを探さないと。
(えっと……あのエプロンの人が店員さんかな?)
「あの、すいません」
「はいはい、いらっしゃいませ~」
振り返ったその人は優しそうな顔付きのお姉さんで、着ている緑のエプロンには店の名前が書いてあった。良いデザインだな。
その人も僕の制服とバッチを見て、何かを察した様だ。大きなお店だし、一般客以外のお店関係の人もよく訪れているのかもしれない。
「何かお探しですか?」
「はい、このメモに書いてある物が欲しいのですが」
キョーカさんには予算も伝えてある。その上で厳選してくれた物資。つまり、最低限は必要な物。売り切れとかじゃ無ければ良いんだけど……。
「増血の実、ロープ、ナイフに空の袋……分かりました。すぐにご用意致します。その鞄はまさか、魔法鞄ですか?」
「あ、はい。お店のを借りてきたんですけど、高価ですから置き忘れとか無いようにしないとですね」
魔法鞄は空間魔法というレアな魔法を扱える人にしか作れない。普通の鞄の容量を大幅に上げる事が可能だが、需要が多すぎるのに対して供給が追い付いていないらしい。
その為、値段がつり上がって、今や金持ちの道具の代名詞だ。
今、僕が身に付けているこの肩掛けは、お店に置いてあった物で、何と言うか……あるかもとは思っていたが、実際にあるのを目にすると、僕が使っても良いのかと躊躇いが勝ってしまう。
「雇っている冒険者の方が信用できるなら、預けておいた方が良いかもしれませよ? 一個ですら大金に変わる物ですからね。持ち逃げ……なんて事もあるかもしれないですから、信用出来るかの見極めが必要ですけど」
(確かに……僕が持っておくよりは、キョーカさんの方が安全かもしれないな)
魔法鞄は見た目こそ普通の鞄と変わらない。鞄の大きさ以上の物の出し入れさえ気を付ければ問題は無いと思うが、置き引きや窃盗をする者が皆無では無い。平和にはなったとはいえ、悪徳貴族や悪逆無道の魔族は存在している。……念には念を入れておいた方が良いかもしれない。
「あ、その……冒険者を雇っているって分かるんですか?」
「買われる商品が冒険者の方が買う物ですからね。血を流した時の増血の実や、ロープとナイフの組み合わせは特に」
「増血の実って使った事無いですね」
知識としては知っている。怪我を負って血を流した時の応急処置や病院等でも使われているらしく、その果実や果汁が体内でその人に適合する血に変化するというもの。
元々は獣人の国に在ったらしく果物として食べていたが、その効果を魔族が発見し、大量に栽培し始めたのが人族という話だ。
関係性の改善にも役立った素晴らしい果実なのである。
(ん? そう言えばウィズダさんから血がどうとか言われた様な……)
「ま、使った事が無いならそれに越した事はないと思うよ。えっと……ロープはこれで、ナイフはこれで……うん、サイズもこっちで選んで良かったかな?」
「大丈夫ですよ、むしろお願いします」
何かを思い出しかけた所で、お姉さんが品物を集めてくださった。金額的にもありがたい値段で、無事に買い物は終了だ。さて、戻りますかね。
「ありがとうございました~」
「また、来ますね」
店を出るとキョーカさんが気まずそうな、手持ちぶさた感に溢れた状態で馬車から降りて待っていた。けっこう早めに戻って来たつもりだったが、お客様と三人にしたのが駄目だったのかな?
「すいません、お待たせ致しました。キョーカさん、これで大丈夫?」
「……えぇ、大丈夫よ。ほら、早く乗りなさいよ」
「あ、待った」
馬車へ戻ろうとするキョーカさんを呼び止めて、魔法鞄を預けた。これで安全だと戻ろうとした時に、今度は僕の方が呼び止められた……物理的に。肩をグイって……ちょっと痛い。
「あ、あんた! これ、どういうつもり!? この鞄……分かっててやってるの!?」
「ん? あぁ……はい! やはり、こうした方が安心かと思いまして。押し付けてしまう感じで悪いとは思いますけど……キョーカさん、お願いします」
(魔法鞄を預けるのはキョーカさんでも不安になるのかな? だとしたら少し申し訳ない気持ちが出てくる……けど、お願いしておこう)
「私、いつの間にそんなに頼られ……(ブツブツ)」
とりあえず馬車に乗って進み始めたが、時たまキョーカさんが一人言を言っている気がする。凄く気になるが、僕もお客様と会話をして移動時間を退屈にさせないようにしなければならない。
軽食を買うときも、街を出てからも、キョーカさんは何かを考えているみたいだが、方角を教えたらちゃんとその通りに進んでくれる。一応、問題は無いみたいだ。
「ほっほ……私はこれでも昔は仕事人間でのぉ、婆さんにもよく怒られたわい」
「立派な事だと思いますよ……ですが、奥さんは寂しがっていたのかもしれませんね」
何気ない会話でも、お客様の事を知るための大事な情報だ。楽しい会話を提供しつつも、僕は少し神経質にならなければいけない。一番気を使うのは、情報を集めていると悟らせてはいけない事で、バレると一気に距離が出来てしまう。
だから、会話を楽しむ事を九割九分のメインとして、会話の中から使えそうな単語を少しだけ選んで覚えておく。これは、話すのが巧かったリークから教えて貰った事だったりする。
「ト……トウジ、ここからどう進むのかしら!?」
「二つに別れてる道を左にお願いします。後はそのまま林道を真っ直ぐ行くと着きますから」
この先は左右を木々に覆われた道を行く。ちゃんと、湖までの道は街ほどでは無いにしても整っている。
「ここからは少しの間ですが……自然の景色をお楽しみください」
日の光が木々の葉を鮮やかに照らして、風がそれらを揺らしている。馬車から見るその光景は、心を落ち着け、穏やかなものにしてくれる。
――青々とした葉の匂い。頬を掠めていく風達。
ここだって十分に観光するに値する場所だと思っている。ワクワクする派手さは無いが、人と自然の繋がりを感じられる良い場所には違いない。
沈黙は二度起こった。
一度目はこの林道で、テーリアス様もモーロル様も景色を楽しんでくれた時。
そして、二度目はその林道を抜けた先にある湖に着いたその時。
まるで宝石の様にキラキラと光る水面。森と湖との調和された空間。静寂な空気が作り出す神秘性。いつ来ても変わらぬ綺麗な景色がそこには在った。
「ここは、ヒスイ湖と呼ばれています。近付いたらお分かりになると思いますが、水深の深さが“見て分かる”のです」
馬車を降りて、皆で湖に近付く。野鳥の声や水中から飛び出す魚、宙を舞う蝶達が出迎えてくれている様に見えた。
ここに来るのは一月振りだけど、出迎えてくれたのなら本当に嬉しい事だ。
「凄い……綺麗な湖ね」
「おぉ、たしかにそうじゃのぉ。ここまで透明度が高い湖が近くに在ったとは驚きじゃ!」
驚かせられたなら、それが一番嬉しい。水場に関しては、何よりも知って貰う事が大切だからだ。キョーカさんまで楽しんでいるみたいだが、まぁ……それでも良いか。
こんなにも美しい景色を、この世界の人達は知らないのだ。昔は知っていたのかもしれないが、時代の流行りというのには逆らえず、取り残されてしまっている。
これは、僕の壮大な野望の大きな一歩となるだろう。ここはたしかに湖が主役ではあるが、周辺を歩けば綺麗な花だって咲いている。
「では、少し湖の周りを歩いて行きましょうか」
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)