第6巡り 魔導仕掛けと初仕事
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どうぞ、よろしくお願いします!
夜にウルルとの会話を楽しんだ翌日。
朝の始業時間を聞いていなかったが為に、早起きをして制服に着替え、職場の方に降りて行ったのだが……まだ、誰も来ていなかった。
このお店は迷路の様な路地裏を進み、抜けた先にたる空き家の集合地帯を更に進んだ場所にポツンと存在している。
ウィズダさんの作り上げた結界のせいで、ここに辿り着くのは難しいらしいが……そこまでしなくても人なんて来る気配が無い。
僕だって裏路地を通って、出た先に空き家ばかりの場所があれば引き返すだろうし。
「いつ始まるのかな……午前中に教えると言われたし、ここで待つべきかな? それとも店内の掃除でもしておくか?」
何もせずに、ただこの部屋で立って居るよりは掃除の一つでもしていた方が心象が良いだろうと思い、掃除用具を取りに一度外に出てからすぐ隣にある物置小屋へと向かった。
「ん~~~っ……ふぅ、今日は良い天気だな」
暖かな日差しに髪をそっと揺らす程度の心地よい風。思わず身体を伸ばしたくなるのも仕方がないくらいに、気持ちが良い天気。
物置小屋は施錠されていないらしい。中には特に貴重品が無いとも聞いているし、そもそも人が来ないらしいからな。
「えっと……箒は……っと。ん? 何だこの箱」
それほど大きく無い物置小屋の奥に、一つだけ目立つ程に大きい木製の箱が置いてあった。小さい子供なら隠れたりするときに使うかもしれない大きさで、大人だって座れば蓋が閉められる横幅と深さがありそうだ。
「開けてみても……良いのかな? たいした物は無いって言ってたし……」
好奇心で死ぬ事はこの世界ではよくある事だ。だが、不思議とこの箱を開ける事に躊躇いは無かった。むしろ、早く開けないといけないとすら感じている。
箱の蓋は特に固定されている訳ではなく、持ち上げる事は容易であった。蓋を箱に立て掛ける様に置き、恐る恐る中を除き込んだ。
「ひ、ひ…………人?」
眠らされているのか、それとも息をしていないのか、とても静かに膝を抱える形でそこに居た。
下を向いている為、顔は分からないけど髪の長さから女性だと思われる。水色の綺麗な髪だ。
「ど、ど、ど……」
混乱して上手く喋れない状態だが、とりあえず蓋に手を伸ばした所で背後に人の気配を感じた。
ゆっくり、本当にゆっくり首を回して振り返ると、そこには副店長であるニオンさんが出入口を塞ぐように立っていた。
「みーたーなぁ~~~」
「ひぃっ!! すいません、すいません、誰にも言いませんから命だけは!! 命だけは助けてください!!」
必死に懇願した。もしや、この人は“元”従業員で何かの失敗をした事でこうなったのかとも考えた。
僕が頭を下げて、思い付く限りの謝罪の言葉を並べていると、ニオンさんが小さく笑いだした。
「トウジ、トウジ!! すまない、冗談が過ぎた。落ち着きたまえ……それは生身の人間じゃない。聞いたことくらいはあるだろう? 色んな機械仕掛けが発明されているこの世の中で勇者が創造した十体の特別な機械である『魔導仕掛け』を!!」
機械仕掛け。又は、カラクリと呼ばれるソレは、今やそれほど珍しく無い。簡単かつ特定の動きをする仕組みは、重たい扉だってボタンを押すだけで開ける事が可能になった。
珍しく無いだけで、設置するのは高価だし職人さんもそれほど多くは無い。
そして、その中でも人型の機械。かつての勇者が考案し、その時代の技術を集めて完成させた、世界に十体しか無いと言われる魔導仕掛け。通称『万能家政婦』
魔導仕掛けというだけあって、動力は極めて純度の高い魔石だ。それで半永久的に活動出来る事から、半精霊機械とも言われている。
「学校で習ったのは、勇者が老衰した後に世界のどこかに消えていったという話でしたが……」
「うむ。うちの店長が拾ってきたんだがな……どうにも起動しない。純度の魔石だけじゃ足りないらしい」
だから、ここに保管されていたのか……良かった。本当にヤバいお店なのかと思ってしまったが……本当に良かった。
「でも、それならウィズダさんが何とかしそうですけど……?」
「まぁ、確かに。最初は少しバラバラになっていたコイツをここまで修復したのはウィズダだ。だが、起動しない理由が解らなくて、それの原因も見当がつかない。お手上げってやつさ」
「ウィズダさんに分からないなら、仕方無いですね」
「トウジ、色んな角度から試してみたい。何か思い付いたらやってみるといいさ。起動が出来れば戦力の足しになるだろう」
勇者が造り上げた魔導仕掛け。その力を知っている者がどれだけいるかは分からないが、きっと強い力を持っているだろう。その戦力が手に入るなら、観光でも危険はグッと減るし、万能家政婦なら炊事洗濯とかも任せられるかもしれない。
「あっ、遅くなりましたが……おはようございます、ニオンさん」
「おはよう。さ、基本的な接客は学校で習っただろうし、店のルールでも説明しようか」
箱の蓋を閉めて、一応、最初の目的であった箒を手に、ニオンさんの後を追ってお店に戻る。
物置小屋の扉を閉める前に、もう一度だけ気になって箱を見つめた。
気のせいかもしれない……いや、気のせいではあるのだろう。
――その箱の中にいる者から寂しさが伝わってくるだなんて、そんなのは空想が過ぎる。
でも、もしかすると本当に……。
そこまで考えたが頭を振って、僕は扉をソッと閉じた。
◇◇◇
「店の料金設定だけど、うちのお店は知っての通り『秘境』を主に案内している。その分、他の店よりも高額な代金を支払って貰う。だいたい、この紙に目安は書かれているから大丈夫だろう」
受け取った紙には、最短一週間からの案内価格が記載されていた。食事代から始まり、通行税や雑費、諸経費を含めた料金になっているみたいで、たしかに高額だ。
僕の様な平民の半年分の給料で、ようやく一週間で往復出来る場所に行ける。危険が伴う事を考えると……そりゃ、お客様は少なくなる訳だ。
料金分以上の価値はあるのかも知れないけど、半年分は難し過ぎるだろう。
「お客様がいらっしゃったら、学校で習った通りに……名前、住所、希望の観光場、日程と、各種同意したという記名を紙に書いて貰い、料金の一割を預り金として受け取れば良いんですよね?」
「うむ、十分だ。だが、危険の多い所へ案内する店である以上、普通の店よりも客に記名して貰う書類は多い。それはあの棚にあるから忘れない様に」
「承知しました」
棚には、書類が分かりやすい様に一人分ずつ袋に小分けされているみたいで、整理されている。意外とマメな仕事をする人が居ると思った。この細かさは、消去法的にニオンさんだと思うけど。
(ウィズダさんは何となく違うだろうし、キングさんは見た目的に……な)
「何か質問はあるかな?」
「そうですね……。お客様がニオンさんの担当する場所を希望していて、予定する日付的にニオンさんに他の仕事が入っていた場合とか……どうすれば良いんでしょうか?」
「……ふむ。従業員の少なさが故の弊害だな。まぁ、そんな事は滅多に無いが、その場合は先着順だ。相手が誰であろうと先着順で対応するといい」
なるほど。あと、何か聞いておいた方がいい事がある気もするが……ピンと来ない。こういうのは後から思い付く事もあるし、分かんない事があったら聞いていく事にしよう。
「そうだ……、晩は皆で食べるが、朝と昼は各自としている。店の開店は朝の九時からで、閉店はその日の気分だ。まだ開店までは時間があるし、ゆっくりとしているといい」
「そう……ですね。では、少し職場にある書類等の確認をさせてもらいますね」
「勤勉なのは良い事だが……ウィズダに捕まり易くなるから気を付けろよ」
これで教えられる事は終了なのか、ニオンさんは自室に居ると一言だけ言って去って行った。
最後に大変ありがたい忠告をいただいたので、そのウィズダさんの起きて来ない内に、店にある書類等の確認をし始める事にした。
学校で教えて貰った様な契約書、同意書がほとんどではあるものの、秘境案内所ならではのモノもあった。従業員として、ちゃんと目を通して覚えておかないといけないだろう。
新人とはいえ、お客様からしたらそんな事は関係無いからだ。
「それにしても……予約表が真っ白なのは不安しかないな」
ふと、壁に設置してある月の予定表が目に入り、そんな事を思った。
他のお店に自分を売り込みに行った時に見た予定表。だいたいのお店は毎日数件の予約があった筈で……たしかに従業員が多いから可能となっている量ではあるが、この店にも、週に一件は対応可能な人数は確実にいるのだ。
なのに、予定表は白。事情があって結界を張っているらしいが、解いた方が良いのでは? と、切に思ってしまう。
「書いて貰った書類の保管場所はここだったな……」
書類を読み終えた後に一人予行練習をしていると、いつの間にか開店時間の三十分前になっていた。
だが、まだ誰も来る気配が無い。ニオンさんもどこかへ行ったっきり戻って来ないし……。
「店の中でも掃除しておくか……」
窓や入り口の扉を開けて空気の入れ換えをしながら、箒で床を掃いていく。本当は濡らした布で拭く所までやりたい所だが、時間的にそこまでは出来なそうである。
――そして開店の五分前。未だに誰も出勤はしていなかった。
◇◇◇
「お客様が来ないからって流石に……遅すぎやしないだろうか? こんな時にお客様が来でもしたら……」
「おー、やってるかぁ?」
「おや? まだ開店前だったかね?」
「い、いらっしゃいませっ!!」
お、お客様が来てしまった。いや、落ち着け落ち着け。滅多に来ないだけで今日は来る事だってあり得る話だ。
粗暴な言葉遣いの頭に布を巻いた男性と、もう一人は所々に穴が開いているローブを着た落ち着いた声の初老の男性。帽子を被って紳士が極まっている雰囲気だ。
この店に辿り着くという事は……きっと凄い人なのだろう。丁寧に接客しないと後が怖そうだ。
「どうぞ、お座りください……本日はご予約でよろしかったでしょうか?」
カウンターの席に座ってからが始まりだ。緊張する、緊張するが、今のところは大丈夫の筈だ。
さっき見た通りに予定表は白。予約なんて入ってないからそうに決まっているが……一応は流れで接客していく。
「そうだ」
「かしこまりました。では、こちらの紙に必要事項をお書きください」
とりあえずは目的地や日程を書いて貰う。その後に色々と話し合いで決めて行くのが観光案内の接客のやり方。どうしよう……先生が練習相手ではない本番。緊張する。
「ほら、書けたぞ」
「ありがとうございます。拝見させて…………きょ、今日ですか!? しかも、目的地はお任せ!? あっ……し、失礼致しました」
予想外の予約に思わず声を抑えきれ無かった。頭を下げて非礼を詫びたが……これ、どうすれば良いのだろうか?
「ほっほっほ……構わんよ。新しく入った子だね? 制服が良く似合っておるよ」
「お褒めの言葉、ありがとうございます。自己紹介が遅れました。昨日、入社しましたトウジと申します。えっと……テーリアス様と、モーロル様でございますね」
紙に書いてある名前を見て二人の名前を知る。僕が初めて接客した人達だ……たぶんきっと、忘れないだろう……たぶんだが。
「それで……この本日という事は」
「日帰りだ。可能だろう?」
料金設定の紙には一週間からの分しか載っていない。
そこで、先程のニオンさんから聞きたい事を問われた時にどうしてこれを聞いておかなかったのかと、後悔の波が押し寄せてきた。
(くそぅ……後回しというか、思い付かなかった僕がダメダメだなっ!!)
そもそもの話。観光場所は基本的に馬車で向かったり、一泊したりするのが基本だ。その為、こんなに空いている店であっても、例え日帰りの計画だとしても、予約は最低でも三日前にするものだ。
必要な許可を申請したり、必要な物資を用意したり、楽しんで貰うためのナニかを考えたり。今は郵便の配達は転移魔法の使える方達によって高速化しているが……当日に申請して通行の許可が出る事は無いと言っていい。
つまり、日帰りで可能な『ダンジョン』も『森』も無理という事だ。それに、夜景だって夜からが本番だしお客様の都合に合わない。
「少々お待ち下さい。すぐに上の者に確認を取って参ります」
◇◇
すぐにニオンさんの私室に向かい、部屋の扉ををノックする。
「すいません、ニオンさん! トウジです」
「入っていいぞ」
部屋に入ると、僕の部屋とほとんど同じ造りで……入居してまもない僕と同じくらい荷物の少ない部屋だった。
椅子に座り、何かを書いているニオンさんに、さっきまでの事を話して、どう対応すれば良いか教えて貰う。
「そうだな……料金については相手に予算を聞いて、そこから少しだけ少ない額を貰っておけ。場所はお任せなのだろう? トウジ、“お前の好きにして良い”」
「よ、よろしいのですか?」
「あぁ、お任せとはそういう事だ。お前だって案内した時の楽しませ方を考えたりしているだろう。それを試せばいいさ。心配するな、何かあった場合の責任は私が揉み消そう」
揉み消す……そうとう物騒な言葉が聞こえてきたが、一番頼もしく思えた。
しかも、好きにして良いというのなら……存分にやらせていただこう。都合が良い事に、日帰りで行ける場所ならいくつか在る。
他の先輩達に仕事を回さなくて申し訳無い気持ちも少しはあるけど、せっかくのチャンスだしな。
「分かりました。では、“行ってきます”」
「キョーカを連れて行くんだぞ。必要なら馬車は店のを使って良い……これもキョーカなら操縦出来るだろう」
お客様の所へ戻る前にキョーカさんの部屋に訪れ、部屋の前で準備してからお店に来て下さいと丁寧に伝えた。部屋の中から聞こえてきた声が寝起きで不機嫌そうだっから……仕方ないよね。
台所に差し掛かった所でお客様にお茶も出してない事に気付いて、お茶を入れてから戻った。流石に僕の魔法では淹れられないから普通にだ。
「お待たせ致しました。お茶をどうぞ……失礼ですが、ご予算の程をお聞きしてもよろしいのですか?」
希望する条件を詳しく聞いて、話し合い……キョーカさんがやって来る前に、お客様と僕とで意見が纏まった。
これで、もうすぐすぐ出発可能な所まで準備が整った。
後は、キョーカさんとの打ち合わせと初仕事の緊張を解すだけである。
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