第4巡り 考察と実験と制服と
よろしくお願いします!(´ω`)
連れて来られた部屋には実験道具が所狭しと並べられていた。
壁の至るところにはメモ用紙が貼られており、棚に本がぎっしりと詰まっており、机や床の上にも沢山置いてある。
(ウィズダさん専用の部屋というのが一目でわかるな)
「ちょっと、待っているのです。まずは簡単な事から始めて、何が出来て何が出来ないのかを調べる為に考察するのです」
「それって……どのくらい掛かりますか?」
「考察し終えるまで分からないのですよ」
それまで僕は、ずっと待機していなければならないのだろうか?
かと言って、僕の為に実験をしてくれるのに、早くして下さいとも言えない。僕に出来るのは考察が早く終わってくれる事を祈るだけだ。
「……終わったのです」
「え、はやっ!?」
紙と羽ペンを用意して、物凄い勢いで何かを書いてはいたが……もう終わるとは、流石に驚きだ。本当に考察が終わっているのか疑問になるが、黙々と準備に取り掛かるウィズダさんを見ると、信じざるを得ない。
これも知識を集めているが故に無駄を省いて可能となったスピードなのだろう。
「まずはお茶を用意したのです」
「あっ、ありがとうござ……痛い!?」
ウィズダさんがいつの間にか手に持っていた鉄製の細長い棒で、ガラスのコップに向けて伸ばした右手を叩かれた。
お茶から視線を外してウィズダさんを見ると、右手に持った棒を自分の左の手の平に何度も当てながら、半目を僕に送っていた。
(えぇ……まさか、飲んで良いやつじゃ無かったのか!?)
いきなり何も説明されずにお茶を用意されたら、僕じゃなくても実験用の液体ではなく、飲料と判断するだろう。さっきまで戦闘をしていた事もあるし……。
「実験をするのです」
「はい……すいません」
「まずは浄水から始めるのですよ」
右手を擦りながら謝って、ウィズダさんから実験の内容を説明して貰う。
部屋にあった黒っぽい板に、石灰を固めたらしい物で文字や絵を書きながら、まずは水について詳しく教えて貰う。
ウィズダさんもこの知識は、過去に勇者様がこの世界に喚ばれた時に所持していた教科書という文献から学んだらしい。
(というか、内容が難しくて全然理解が追い付かないぞ……)
「……つまり、濾過によって得られた水が“浄水された水”と言えるのです。それが、スキルによって可能となれば凄い事なのです。理解はでき……少しずつ理解できたら良いのです」
「す、すいません……」
面倒な行程を飛ばして、スキルで同じ効果を出せる事が可能なら凄く便利という事しか解らなかった……。
絵をみれば、どういう行程で汚れた水が綺麗になるか理解も少しは出来るが如何せん……言葉で説明されると難しい。H2Oやら、何やら……やはり勇者様、それに勇者様の居た世界の人達は凄かったんだなと思わされる。
「とりあえず、このお茶を浄水させるのです」
「はい……あ、でも、どうやって? 絶えず発動しているスキルでは無いですから触っただけでは変わらないでしょうし……」
「おそらく、魔法と同じ使用方法なのです。魔素を使って汚れと認識した物を取り除く……そして、魔法にはイメージが必須。だから、絵を使ってまで教えたのですよ。私の考察通りならですが」
あの短時間の考察でここまで見通していた事に驚きを通り越して、少し怖さを覚えた。肉体的な恐怖ではなく、精神的に。この人は何を知っていて何を知らないのか……敵に回したら一番怖いタイプに思えて、濾過を知るより先にウィズダさんを知らないといけない様に思える。
「ウィズダさん……世界を滅ぼそうとか考えてませんか?」
「最終的には……冗談なのです。自分の価値観や常識で計れないのが怖いです? それは良い兆候なのですよ。私が知識を集め始めたのも“知らないが、怖い”からなのです」
(ウィズダさんも、今の僕と似た気持ちになった事があるのだろうか? 知らないが怖い……ウィズダさんと居るとその意味がよく分かる)
「変な事聞いて、すいませんでした。イメージを固めたいので、もう一度……濾過について教えて貰えませんか?」
「ふっ……勿論、良いのですよ。何度でも何度でも、理解できるまで教えるのです」
それからもう一度だけ講習を受けた僕は、無事にお茶を綺麗な水に……美味しい水へと浄水する事が出来た。
この結果を得て、ウィズダさんはまた考察をし始め、次の実験の準備に取り掛かった。
◇◇◇
「ふむ……浄水については色々な結果が得られたのです。纏めたので読むのですよ」
「ありがとうございます! えっと……」
――――――――――――――――――
・浄水
・お茶、泥水、塩水……水溶液を水に
濾過する事が可能。
・浄水する為には液体に触れる必要が
有る。
・強酸類は未確認
・分離する事は不可能と見る。
(食塩水の塩が消えた為)
――――――――――――――――――
「どう思ったです?」
「えっと……海でこのスキルを使ったらどうなるのか、少し気になりますね」
この国から南に進めば海があるらしい。僕が元々暮らしていた場所はもっと北の内陸部だし、海には行った事がない。だが、流石に海についての情報は調べてある。何やら塩水らしい……どういう原理かは知らないけど。
「確かにどうなっていくのかは気になるですが……塩が減り、つまり浮力が減って海の長距離移動が厳しくなる。他にも色々と考えられるですが……とても混乱を呼ぶ実験なのです」
(ちょっとした思い付きが……そして、このスキルがそんな結末を生んでしまうのか!?)
「先に言っておくですよ? このスキルを使えば、人が簡単に死ぬです。傷口に触れて血を水に変えるだけでいいのですから」
「――――えっ」
自分の手を見つめた。
ウィズダさんから言われた事が出来ると、自分でも理解してしまった。
それと同時に、今この瞬間にそれに気付けて良かったとも思っている。知らなかったじゃ済まされないスキルだから。人を殺めてからじゃ遅いのだから。
「自分の力を正しく使えない者の事を――悪。と、人はそう呼ぶ」
「ぼ、僕は!! そんな事しませんっ!!」
僕の力は水場を綺麗にする為にある――と、続けて言おうと口を開く前にウィズダさんが手で僕を制した。
「分かっているのです。ですから君にはスキルの使い方を学んで貰っているのですよ。それに……君のもう一つのレアスキル『水質変化』に期待が出来るのです」
そう言って不敵な笑みを浮かべたウィズダさんは、水魔法で用意した水をコップに注いでこう言った。
――水を血に変え、その血を水に変えるのです!!
◇◇◇
ウィズダさんに言われた事を自分なりに考えて実行しようとしても、当然ながら、上手くはいかない。
今回は黒板での説明も無くやれと言われている。正直、出来る未来がみえない。ウィズダさんはウィズダさんで、また紙に何かを書き続けている。
「さっきみたいに水に指を容れてイメージしても血にならないし……イメージ不足かなぁ?」
気持ちを切り替えて、まずはお茶からやってみようとイメージを変えた。
結果――できた。
「お茶!! ウィズダさん、お茶なら出来ましたよっ!」
「どれどれ……ふむ……」
一口だけ飲んだお茶入りコップをすぐに戻し、何かをメモし始める。何も言わないから何も分からない……書き終わるまで待つしか無いのかな?
「君も飲んでみるといいですよ」
「では……ブーーッ!!? お茶じゃなくて水ですね、しかも何故か不味い……」
どんな変化が現れたかを表現するならば、水なのに茶葉の苦味だけが混ざってうま味が皆無な感じ。本当に一言、『不味い』で説明が済む。
ウィズダさんがメモを取り始めたのは、この不味さを生成してしまったからだろう。この失敗までも興味の対象になるとは……。
「では、トウジ。今度はお茶を口に含むのです。味を確かめながら水を……そうです。それでもダメなら君の水精を頼るのです。ダメじゃなくても頼るのです。水精の観察……ハァ……ハァ……」
「だ、ダメですよっ!! いくらウィズダさんでも、ウルルには手を出させませんからっ! なんか……怖いですしっ!」
僕の友達をウィズダさんの実験に参加させない為にも、ここは決めるしか無い。お茶を一口だけ含み、その味、香り、温度、舌触りを脳に刻み込む。飲み込んだあとの感覚まで確かめてから、新しく用意した水にイメージとスキルを魔素を通じて送り込む。
『浄水』『水質変化』。水を変えるその力は僕にとって、いや……世界にとっても強大過ぎる。
だけど……でも、それでも、この力で誰かを救えたり、誰かを幸せに出来るのならば、この力と向き合うのが僕の宿命なのだろう。
ウルルが水場を綺麗にするために与えてくれたであろうこの力を、僕はきっと――いや、必ず使いこなしてみせる。
「あぁ……美味しいお茶です」
「うむ。君の力は人を殺すですが、多くを助けられる力を秘めているのです。さて、君はどうするのです?」
(答えはもう、出ている。僕は……僕はこの力を――)
「水場を観光スポットとして人気にしてあげる事。それに役立てます!! 今はそれ以外に考えて無いですから」
「えぇ、それならばそれで良いのです。大事なのは、成長しても何かが変わっても初心を忘れない事ですよ」
部屋の扉が数回ノックされた後、返事を待たずにニオンさんが入ってきた。手には何かを包んでいる布をぶら下げながら。
「失礼するよ、実験は進んでいるかな?」
「副店長!! 聞いて欲しいですよ。トウジが居れば様々な問題が解決する上に、色んな実験が可能になるです! これは滾りますです」
(なん……ですと!? まだ、何か企てている事があるのか!? 正直、いつか大変な事になりそうで怖いから実験には関わりたく無いんですけどっ!?)
「それは良い報せだな。トウジ、君の制服を持って来た。サイズは合っていると思うが……一応着てみてくれ」
包みを解くと、中には綺麗な白いシャツと黒いズボンに黒いベスト……それに、青いローブという制服一式に綺麗なバッチが一つ入っていた。
「トウジ用に青いローブを用意したんだ。キョーカは赤いローブ。他の者も持ってはいるのだがな……最近は全然着てないのだ、悲しい事に」
「それは、仕事が来ないのだから仕方が無いのです」
(どんだけ仕事が無いのだろうか……そこだけはずっと不安なままだ)
流石に女性の前で着替えるのは、躊躇らってしまうというか紳士的では無いだろう。部屋を出てから人気の無い場所を探し、それでも待たせてはいけないと、急いで着替えてすぐに戻った。
「どう……ですかね?」
「うんうん! 凄く似合っているとも、立派な案内人にしか見えないよ!」
褒められる事なんて余り無かったし、少しだけ照れる。頬だけではなく、顔全体にうっすらと熱を感じる程に。
「そ、そうですかね……ありがとうございます。それでこのバッチは何ですか? これもお店の従業員の印みたいな……?」
「そうとも言えるかな」
「それはですね、私が作り上げた物なのです。周囲一帯に張り巡らした結界を通って、この店に辿り着く為のアイテム……貴重な物です盗難、紛失には気を付けるのですよ」
このバッチが言っていたアイテムなのか……。これが無いと自由に外出も出来ないし、本当に気を付けなければならない一番の貴重品だ。
一番外側のローブに付けておくと不安があるし、一つ内側のベストに付ける事にした。これで見た目も綺麗なバッチだ。盗難の心配は少し軽減するだろう。
「ウィズダ、実験の方は一段落ついているのかい? ついているのなら、トウジを部屋に案内したりしておきたいのだが?」
「終わってます! はい、もう……今日は終わってますよ!! キリが良いので、終わりですっ」
ウィズダさんに聞いた質問だが、せっかくのタイミングだし、今日は終わりにさせて貰おうと僕が答えた。
ウィズダさんが答えると、深夜まで終わらなそうな気がするから……というか、絶対に終わらないだろう。試したい事を全て試しそうで怖い。
有意義な時間だし、感謝はしているけど、詰め込み過ぎは良くないだろう。僕は体力がある方じゃない……つまり死んじゃう。精神的にも。
「まぁ……良いのですよ。時間は沢山あるのですから……ふふっ。私は考察を纏めるのです」
「休む事を忘れるなよ、ウィズダ。では、トウジ……店の中を案内して、最後に君の部屋を教えよう。ついて来てくれたまえ」
「あ、はい!」
本を読み漁りながらメモを取り始めたウィズダさんを背に、僕とニオンさんは部屋を後にした。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!(´ω`)
今回もほのぼのでしたねっ!