第2巡り 死の呪文
ほ、ほのぼの系の予定ですから……
1話2話切り……いや、3話までは切らないでくださぁぁぁぁぁい!!(懇願)
よろしくお願いします!
『秘境案内人と観光案内人の主な違いは、資格の有無にあります。観光案内人になる為には、皆さんの様に学校へ通うか、お店で下積みをして五等星の資格を手に入れる必要があります。ですが……秘境案内人には資格が必要ありません』
学校の授業で先生がチラッと言っていた事を思い出していた。
秘境とはえてして危険な場所に在る。だから、秘境案内人になるような人物は、冒険者であったり、兵役経験があったり……とにかく、武芸に自信のあって秘境に魅了された者にしかなれないと教えられた。
『観光地になっている場所でさえ、魔物が居るのです。秘境となると、魔物の強さが段違いに跳ね上がり、死者数の割合が高いのです。ですから……問題は無いと思いますが、間違って秘境案内所に就職をしないように気を付けなさいね』
(あぁ……先生、ごめんなさい。僕は先生と会うことはもう、無いかもしれません)
秘境案内所という言葉を聞かされてから数秒、数刻の間に思い出して、絶望して、諦めていた。
焦っていたとはいえ、契約書も良く読まずにサインをしてしまった自分が悪いのは分かっているが、嘆くくらいは許して欲しい。
「あぁぁ……もう、僕は僅かな人生をどう楽しむかを考えないといけないのかっ」
「トウジ。お前の秘境案内所に対しての見解はよく分かった。だから最初に言っておこう……我々の案内所から従業員からもお客様からも死者は出ていないと」
ニオンさんの一言に、僕は顔を上げてニオンさんを凝視していた。
先生から教えられた話によると、腕に自信があっても死ぬ。お客様を連れながらだと尚更厳しい条件となり、到着すら難しいらしい。
なのに、死者が一人も居ないとはどういう事だろうか? 驚きと、そんな問いかけを瞳に乗せて凝視していた。
「まぁ、単純にうちの従業員は強い。それと……」
「それと……?」
「お客様が全然来ないのよんっ! ホント、暇でしょうがないわぁ~」
(そりゃ、死者数は居ないですよねぇ!!)
まさか、この女の人も従業員なのだろうか?
女の人とニオンさんを交互に見て、そんな事も思う。
どうやってお店を生計させているのか、給料はどうなるのか、普段は何をしているのか。とにかく、聞かなければならない事が一気に増えた。
もし仮に、給料が全然支払って貰えない場合には、契約書を破棄する事が可能になる。勇者様が定めた規則らしい。
(少しだけ、希望が出てきたかな!)
「あ、安心してくれたまえよ。給料はしっかりと支払うから。しかもお店の上の部屋は従業員の為の部屋だから、住み込みでお金は貯まる一方さ。さぁ、今度こそ中に入ろうか……従業員を紹介しよう」
「あ……はい」
自分でも情けないと思う程に弱々しい返事をしながら、建物の中へと足を踏み入れた。
(先生、お父さん、お母さん、妹よ。仕事は少なく、死者数も無く、給料は支払われ、住み込みで働ける理想の職場を手に入れました。ただ、夢にまで見た観光案内所ではなく、秘境案内所ですが)
◇◇◇
店内は何処にでも在りそうな感じだった。
受付があって、順番待ちをしている時の待機場所があって、受付の少し奥には作業場所があった。その更に奥にある、扉が二階へと上がったりする通路のある場所だろう。
一通り見渡すと、ついさっき外で聞いた喧騒の正体であろう二人の男女と目が合った。
目が合って、しっかりと視えている筈なのに、その景色の中に居る二人が違和感の塊にしか思えず、目を疑った。
「獣人の最強種に……森の智嚢……」
溢れんばかりの野性味と肉体を有した獣人の男性。目が合うだけで萎縮してしまう。
それに、今もその瞳で観察しているだろう眼鏡を掛けた女性。全てを分析されてしまいそうで、萎縮してしまう。
(ど、どうしよう。吸血鬼のニオンさんでも珍しいというのにっ! この方達まで居るとなると、パニックになりそうだ!)
「副店長にゲーイか。それで、そいつは何だ?」
「あら、やだわぁ~。ジョセフィーヌと呼んでって言ってるでしょ?」
やはり、この女の人もここの従業員なのかな? 今、本人が言ってる名前と違う名前で呼ばれていた気がするが……本能がジョセフィーヌと叫んでいる。従おう。
「キング、ウィズダ、紹介する。こいつはトウジ……今日からうちの従業員となる。トウジ、男の方がキングで女の方がウィズダだ。お前が思っている通りに少し珍しいが、気にするな」
「初めまして! 僕は、トウジって言います。ついさっき卒業したばかりの新米ですが、どうぞよろしくお願いします! 担当場所は水場と森を少しです」
自己紹介をし、下げた頭を上げたら目の前に迫っていた。
いつの間にこんな近距離まで移動したのか……僕には認識すら出来なかった。軽く頭を下げて上げる間に、音もなく移動する技術を見せられただけだが、もう既に二人は規格外の存在何だと思わせられた。
「ほぅ……そう言えば昨日も一人連れて来てたよな? 去年も一昨年も人なんか取らなかったのに、珍しいな」
「キングのクセに、よく一昨年の事まで覚えていましたね。これは新発見。メモしておかなくては」
売り言葉に買い言葉。二人がまた言い争いをし始めた所でニオンさんが拳骨で黙らせた。
「あのぉ……ニオンさん? キングさんが店長何ですよね? 拳骨とかしちゃって良いんですか?」
「あぁ? 俺は店長なんかじゃねーぞ? 順番で言えばお前らの次に新しいしな」
「えっ…………えぇ!? そ、そんな事ってあるんですかっ!?」
キングさんの種族は、人族で言うなら王族の様なものの筈だ。所謂、上に立つ側のお方。現に、店長や社長がキングさんと同じ種族というのは珍しく無い。誰かの下につく方がよっぽど珍しいだろう。
(それに、さっきも言ってたが……僕の前に新しく入った人が居るのか?)
「トウジ、この店の店長は人間だ。お前と同じな。後で紹介しよう。お前達も……ジョセもちゃんと挨拶を」
「じゃあ、改めてだ! 俺はキング。経緯を簡単に言うなら、店長に負けて軍門に下った。だが、そのお陰で強くなってる最中だぜ? 困った事があれば助けてやるから、遠慮せず言えよ。そうだな……昼よりは夜の方が好きだな」
「私はウィズダ。知っての通り、フクロウ種。あぁ……君の言いたい事は想像がつくのですよ。『どうしてフクロウ種は賢いのか』……ですね? 私に言わせれば、私が賢いのでは無く、知識欲の薄い他の種族が愚かなのですよ。君も知識を求めるのですよ?」
「最後は私ねぇ~。トウジ君、騙しちゃったみたいでごめんなさいねぇ~。私はジョセフィーヌ。これても双子なのよぉ。店長に拾われてここに居るけどぉ~。今も副業はたまにしてるわぁ~。よろしくねぇ~」
あぁ……駄目だ。理解は出来た。だが、整理が出来ない。自分だけが凄く浮いている感じがしてならない。
そうだ……メモ帳に書いておこう。書き出せば少しは落ち着くかもしれない。
(というか、店長さん凄いよ……どんだけ濃い人達を従業員にしているんだろうか)
「おっ、メモを取るとは感心するのですよ。ついでに、私が森を追われる事となった爆弾のレシピをプレゼントしてやるのです」
「おいっ! それはおめぇが、三等星のバッチを剥奪されたやつだろ!? 封印しておけよ!」
この店から今すぐ逃げ出したい。逃げ出してこの街から離れたいと思ったが、二秒で捕まると悟った。慣れるしか……ないのかな。
メモ帳の最後に、この店のヤバさを僕なりに書き記して他の従業員を教えて貰おうと、ニオンさんにお願いした。
きっと、普通の人は僕しか居ない。そんな確信が何処かに在った。
◇◇◇◇◇◇
私がこの店に騙されて連れて来られたのは昨日の事。
冒険者育成施設を首席で卒業して、いきなりDランク冒険者として華々しいデビューを飾る予定が……全て狂ってしまった。
「狂うなんて、ホントに……自分が嫌になるわ……」
このお店は一階が営業する場所で二階は従業員の個室になっていて、ここで寝泊まりしていいらしい。宿にお金が掛からないだけマシだけど……私は早くこの店から出ないといけない。
(でも、その為にはあの吸血鬼から契約書を奪わないと……)
昨日、偶々お腹がすいている時に、紳士的な風貌の男性が現れてこのお店まで連れてこられた。
焼き菓子や美味しい紅茶を出して貰い、私が首席で卒業した事や、これから冒険者として“ソロ”でやっていこうと思っている事を話したら、提案をされたのだ。
『――なら、このお店で専属になった方がお金が貯まるし強くなれるけど、どうする?』と。
契約書によると、ここは“案内所”で、護衛が主な仕事らしかった。
私は目の前に居た紳士的な人が強いという事は直感的に分かっていたし、その人もこのお店の従業員だというから……強くなる事が最優先の目的だった私は契約してしまった。
「お菓子に釣られた訳じゃない……ホントにホントにそれは違うわ!」
誰かが聞いている訳でも無いのに言い訳をして、私はベットから降りる。
「案内所って言ったら普通、観光案内所でしょうよっ!! あの、優男! 良くも騙してくれたわねっ!!」
このお店は秘境案内所。それは施設でも習った事のあるやつだ。私達冒険者は、素材を採集しに出掛けたり、魔物の討伐にいろんな場所へと出向く。
その冒険者人生の中で、秘境に踏み入り、魅了された人物は秘境を求めてさ迷う『狂人』になってしまうらしい。
それほど美しい景色や場所ならば、私も行ってみたいと思うのだけど……まだ早い。私にはまだ経験も実力も足りていない。秘境は死地だと習った。
冒険者はEランクからAランク。未だに数えるしか居ないと言われるSランクに分類され、かの勇者様はSSランクらしい。そのBランクより上に居る人達ですら、危険と言う場所だ。私なんかが行って帰れる場所じゃない。
「剣も魔法も小さい頃からやって来たし、実力はある……と、思うけどまだ経験が足りてないのよね」
施設の先生は現役の冒険者の方だったけど、常に言っていた言葉がある。
『今は常識を教えているが、冒険者の日常は非常識だ』
まだ、私も冒険者としての知識を詰め込んだに過ぎない。それを知恵にしていかないといけないのが、今からだった。
「秘境なんて、その知識すらないのよ? どうすんのよ……私」
(あの力を制御出来れば、可能性はまだ……)
あの力は暴走し過ぎてしまう。制御の仕方も自分で調べたけど分からなかった。
親に反発して家で同然に逃げてここまで来てしまったけど……きっと、秘境に連れていかれて死ぬのがそんな私の最後なのかもしれない。
「……ん? 下が少し騒がしいわね。行ってみようかしら」
もしかしたら優男を殴れるかもしれないと、少し拳に気合いを入れて、その部屋を後にした。
◇◇◇◇◇◇
「ちっ、優男は居ないのね。 吸血鬼、契約書はあんたが持っているのでしょ! 返しなさいっ!」
奥の扉が開いたと思ったら、そこから結んだ赤い髪を揺らした女の子が、その瞳や声に似合った台詞を急に吐き出した。
契約書を返せという気持ちに凄く同情できる。
「……もしや、あの子が?」
「あぁ、そうだぜ。昨日レーズ……じゃなかった、ランドルフが連れて来たんだがよ……冒険者施設を首席で卒業したんだと。大量に甘いお菓子を食いながら話してたぜ?」
名前が二つある……きっとジョセフィーヌさんの双子の片方なのだろう。
という事は、俺もあの子も双子に騙されたのか。なんか、親近感が湧いてくる。
「おや? 起きたのかい、キョーカ=エイカップ」
「ん? キョーカ=Aカップ?」
誰にでも逆鱗というのは在るだろう。
僕の場合は、綺麗にした水場にゴミを捨てる人を見た時だ。滅多に人に怒る事は無い僕だが、その時は凄く怒る。
他人の逆鱗なんてものは知る機会は少ない。
だから、もし逆鱗だと知らずに触れてしまっていたとしても、謝る時間くらいは与えられても良い筈だ。
――けして、ノータイムで剣を突き付けられる事にはならないと思っていた。今さっきまでは。
(怖い怖い怖い!! 今にも脅し文句の一つや二つは飛んで来そうな眼光だ……)
「あんた……ぶっ殺すわよっ!」
「ひぃぃっ……す、すいません! すいませんすいません!」
脅し文句の領域じゃない。目が本気だ。
武芸の才能が無い人間に、この状態でその言葉は凶悪過ぎる。
確かに、聞き間違えた僕が悪いのかも知れないが、『エイカップ』と『エーカップ』だ。仕方ない部分もある……そもそも、かの勇者様が女性の胸のサイズを表す言葉を残したのが悪いと思う。
それに、これも昔らしいが、女性冒険者に向かって『お前はDランクだが、あっちはB』なんて言い出した最初の冒険者も悪い。
よし、土下座しよう。秘境にも行ってないのに死ぬのは嫌すぎる。
「すいませんでした! この通りです……」
「貴方が誰かは知らないけど、次に同じ事を言ったら本当に斬るわよっ」
(別に、Aカップでも良いと思うけど……ひっ、睨まれた)
命の危機を感じて、思考を放棄する。怖すぎる。やっぱり、この店にはヤバい人しか居なかった。
騙された同士、歳も近そうだから仲良くなれそうだとか考えてた自分が少し甘過ぎた。
「ふんっ! それで、契約書を渡して欲しいんだけど! 私はまだ死にたく無いの!」
「安心したまえ。今すぐに秘境へとやるわけじゃない。幸い、うちの店は暇だ。訓練の時間はあるぞ? 金も入って訓練も出来る。何か不満があるか?」
ニオンさんの言葉にキョーカさんが押し黙る。
条件だけを聞くならば、悪くないと僕だって思う。だが、即答しないと言うことは、決め手に欠けるという事だろう。キョーカさんが、何を求めてるのかは知らないけど。
「三食、それにおやつ付き」
「「えっ?」」
俺とキョーカさんの声が同時に口から漏れ出た。
俺の純粋な疑問から出た声色とキョーカさんの声色は違った気もするけど、気のせいだろう。
「三 食 お や つ 付 き」
「……そう。そこまで強くなれると言うのならしばらくは居てあげるわ。でも、私がここを見限ったら……契約書は返して貰うから、良いわね? 副店長」
「あぁ、それで十分さ。君の能力には期待してるよ」
(キョーカさん、もしかしてただの食いしん坊なんじゃ? たしか、この店に連れて来られた時もいっぱい食べてたらしいし)
何か意味ありげな言葉を吐いたニオンさんから顔を逸らして、地面に正座している俺を一瞥してから、キョーカさんはその場を立ち去ろうとした。
少し不機嫌そうなキョーカさんを、笑顔のままのニオンさんが呼び止める。僕とキョーカさんを交互に見て、口を開いて言葉を紡いだ。
「あぁ、そうそう。キョーカとトウジ。君達にはペアを組んで貰うからそのつもりで」
――副店長、死の呪文も覚えていたのですね。
僕はこの店に来てから既に何度もしている現実逃避と命の覚悟を、またしてもしなくてはならなくなった。
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