第11巡り お詫びデート?
お待たせしました!
よろしくお願いします!
「あいたたた……全身が痛いや」
掃除もして、ウルルが腕の上で遊んでいるけど僕自身は動きたく無かった。だから、とりあえずは動かなくても出来る事を……と思って、過去の資料やウィズダさんが纏めた考察記録を読んでいた。
相変わらず誰も出社はしないし、お客様が来ないのは助かるけれど。
「ウィズダさんの考察記録……これちょっと社外秘というか……危険な道具の作り方とかだし、悪い人達に盗まれでもしたら」
「それは大丈夫なのです」
声がした方に顔を向けると、やや草臥れた感じのウィズダさんがそこには居た。
「大丈夫なんですか? それと……ウィズダさんの方も大丈夫なんですか?」
「考察記録の方は盗まれて悪用されても、シラを切るから大丈夫なのです。私の方も別にいつも通りなのです」
完全に大丈夫じゃない……読んだ限りだと、最悪の展開だと辺り一面が焼け野原になっちゃう道具だ。
疲れ気味なのは逆に似合ってる感じがある。ウィズダさんが大丈夫というのなら、大丈夫なのだろう。
「とりあえず何か飲み物でも用意しますね、座っててください」
「甘いのを所望するのです。トウジは知らないでしょうが、甘い物は頭の疲労を回復させるのです」
そうなんだ、流石はウィズダさんだな。そうだ、ついでに聞いてみようかな。
「あの、筋肉痛に効くヤツって何か知りませんか? 先日のトレーニングで体が痛くて」
「ふむふむ……方法は複数あるですが、とりあえず増血の実を食べて全身を温める方法が無難なのです。もっと早く治したいならオススメのクスリがあるのですよ……?」
「い、いえ! それは大丈夫です! 最初の方法を試させて貰いますね。すぐに飲み物を用意してきます」
甘い果実をすり下ろし、ウルルの力を借りて液体を一口サイズに形を整えていく。液体である筈なのに丸の形から崩れない。試しに1個だけスプーンで掬って口に入れると、舌の上で形は崩れて、喉の奥へと消えていった。味に問題は無くて、ちゃんと美味しい。
どんな原理なのかと聞かれれば、精霊の力とだけしか答えられないけど、きっとウィズダさんの好奇心は刺激出来る筈。
「お待たせしました。リゴンの実をすり下ろして丸くした……飲み物です」
「ほうほう! 私はリゴンが好きなのです……しかもこれはゼリーなのですね、面白いのです」
(あれま……これはゼリーというのか。新しい事を思い付いたと思ったけど、少し残念だな)
ウィズダさんがスプーンでゼリーと呼ばれたソレを突っついてプルプルを楽しんでいる。
それに触発されたのかは分からないけど、ウルルも負けじとプルプルし出した。可愛さならうちのウルルの圧勝に違いないだろう。
「ウルルも食べてみるかい?」
『食べる……プルプル……美味しい……』
よほどプルプル動くのが気に入ったのか、食べた後もプルプルと動いていた。
ウィズダさんもしばらく観察した後に、味を確かめて何かをメモし出した。きっとまた、何かが閃いたのかもしれない。このタイミングでの閃きという事は、巻き込まれる可能性が大いにあって不安ではあるけど、危なく無いのなら楽しみってのも少しはある。
「では、私は仮眠を取るのです……店番をしっかりするのですよ」
「あ、はい! と言っても……来るかは分かりませんけどね」
ウィズダさんが部屋へ戻った後は、また少しだけ静かになった。
せっかくだから先ほど教えて貰った事を早い内に試しておこうと、僕はキョーカさんの部屋へと増血の実を貰いに向かった。
◇◇◇
「はい、これ……皮は剥いて、色が変色する十秒以内に飲み込むのよ?」
「わ、分かった。ありがとうございます」
「そ、それと! 明日は予定を開けておきなさいよねっ! いい!? 分かった!?」
縦に首を何回か振って、ようやくキョーカさんも満足そうな顔をみせた。増血の実の食べ方にルールがあった事への驚きよりも、明日にお詫びをさせられるのかと不安な気持ちの方が、勝ってしまった。
僕に出来る事なんてあまり多くは無いんだけど、その数少ない出来る事を全部やらされそうで筋肉痛が悪化しないか心配でもある。
「部屋に行きたい所だけど、一応……職場の方に戻ろうか」
『プルプル……プルプル……楽しい……』
「楽しそうだね、ウルル」
ウルルの観察日記でもつけたら楽しいかもしれないと、そんな事を考えながら職場の机にまで戻って来た。それでさっそく、キョーカさんから教えて貰った様に素早く皮を剥いて実を飲み込んだ。
「っうがぁ……にっがぁ~」
逆三角形の様な形をした実の皮を剥くと、白っぽい楕円形の果実があった。見た目は美味しそうに見えたのだが、その実……味はめちゃくちゃ苦かった。舌に触れた瞬間に口の中に苦味が溢れ出て、飲み込んでも苦味が薄れる事は無く、逆に増していった感じまである。
クスリで美味しい物というのはあまり聞いたこと無い。これも例外じゃなかったと言うわけだ。
増血の実を摂取した後は、体を温めれば良いらしい。これも目処は立っている。風呂に浸かるのも手の1つだが、僕にはウルルが居る。体温調節なんて簡単な事だろう。
「ウルル、軽く温めておくれ」
『分かった……任せてプルプル……』
ウルルが僕の手の上に乗ると、じんわりと体温が上がっていく気がしてきた。ゆっくりと少しずつポカポカしてくる体は、疲れを飛ばすだけじゃなく、眠りを誘発する効果があるようだ。
――知らぬ間に僕は眠っていて、気が付いたらお昼の時間はとっくに過ぎて、夕方に差し掛かっていた。
それに慌ててみるものの、特にお客様は来ていないだろう。来ていたら流石に誰かが起こしてくれた筈だから。
そして、慌てて立ち上がったのにも関わらず痛みの薄い両足に少し感動を覚えていた。
◇◇◇
――翌日。
筋肉痛による体の痛みや倦怠感が無くなり、何となく爽快な目覚めではあったのだが、今日はキョーカさんに僕の1日を渡すという事になっているのを思い出して、少しだけ緊張していた。
「そういえば何時集合なんだろ?」
いつもと同じように、少し早めに起きてはいるが……キョーカさんが迎えに来てくれるのか、僕が行くべきのかも分からない。
とりあえず、着替えを済ませて職場で待機しておけば大丈夫だろうと、身支度を整えて行動を開始した。
と、思った矢先――――――仁王立ちのキョーカさんが職場で待機していた。
「遅いわよ!!」
「ご、ごめんなさい! ですけど、何時に集合か教えて貰ってなくて……」
少しの沈黙。キョーカさんは目を右往左往させながら、一言だけ「忘れてたわ!」と言ってこの件を流した。
別に怒られ無いなら……とホッとしている自分も居る。
「キョーカさんは私服なんですね、何だが新鮮です。それで……今日はどこに行くんですか?」
「トウジってこの街の出身じゃないでしょ? だから今日は、私がいろんな所を案内してあげるわ!」
「ほ、本当ですか!? それは助かります!」
田舎からこの華やかな王都にやって来たものの、学校と水場の往復くらいで学生時代は終わってしまっていた。だから、どこにどんな店が在るのかもうっすらとしか知らなかった。
それをキョーカさんが教えてくれるらしい。もっと、危険な場所に連れて行かれるのかと思っていたし、嬉しくて驚いている。
「じゃあ、準備は良いかしら? さっそく行くわよ」
「はい!」
キョーカさんの横を並ぶ様にして街の方へと出掛けて行く。現在地は街の北側の端っこで、北側は主に城の警備施設や貴族の住宅街、高級店が並んでいる。
だから、僕達が向かうのは街の南側だ。こっちは冒険者ギルドが在ったり、商店が建ち並ぶ場所、鍛冶職人が店を構えていたりして、主に一般的な市民が利用する。
だが、良い腕を持つ鍛冶職人はこの南側に集まっていると聞いたことがある。北側にも店はあるが、頑固な職人と貴族の価値観はズレがあって、よく問題になっているらしい。
「まずは、朝食からにしましょう! 良いお店があるわ!」
「出来るだけ安い所でお願いしますよ?」
「ケチケチするんじゃないわよ! トウジだって、机の上に置かれていたでしょ?」
確かに……初仕事を終えた次の日の何時かは分からないけど、机の上にお金の入った袋とメモ書きが添えられていた。
――『固定給とは別に仕事で得た利益の一部は、案内した者へと配る事になっている。所謂、ボーナスというやつだ』
と、おそらくはニオンさんからであろうメモがあった。だから、お金は無い事も無い。けど、節約しておかないと、いつお客様が来るか分からないし、もしかして来ない可能性もある。出費は必要最低限にしておきたかった。
「ほ、ほら! いきなりお金が必要になるかも知れないじゃないですか?」
「大丈夫よ! その時は冒険に行きましょ!」
僕は出来るだけ無駄遣いはしないように気を付けて、今日を乗り切る事に決めた。
冒険なんて、そんな命懸けを出来るほど僕は勇敢じゃないし……モンスターってめちゃくちゃ怖いし……薬草の採取くらいならやれるかもしれないけどさ。
「そんな事よりほら、早く行かないと時間なんてあっという間よ!」
「ま、待ってくださいよ~」
◇◇
軽やかに走っていくキョーカさんを追っていくと、街中を目的地まで運んでくれる通称『運び屋』と呼ばれる、有料馬車が停まっている所にやってきた。
有料馬車はその名の通り、目的地までの距離に応じた賃金を払わなくてはならない。が、料金としては全然高くは無い。だいたいリゴンの実1つ分の値段だ。
そして、無料馬車は冒険者がダンジョンに行くために乗る馬車や特定の場所へと向かう馬車などがそれに当たる。
馬車組合でやっているのが有料で、国が用意しているのが無料という訳だ。
「すいません、中央広場まで!」
「はぁ……はぁ……速いよキョーカさん。馬車を使うなら走らなくても良かったんじゃない?」
中央広場と言いつつも、その場所はやや南側に位置しており、休日は人の行き来が激しくなる場所だ。今日は世間的には平日だから、幾らかマシだとは思うけど。
「あいよ、お二人様ですね! いやぁ~デートですかい? 羨ましいもんですなぁ~」
「で、で、デートなんかじゃないわよ! こここれは、お詫びなんです!」
「そうですかい? まぁ、乗ってくだせい。すぐに出発いたしやすんで!」
思えば、この運び屋さんも案内業といえるのではないだろうか? キョーカさんとの会話の始め方だって自然だったし、切り替えのタイミングも上手かった。何が観光案内に役立つか分からないし、そういう見方で回ってみるのも良いかもしれないな。
「ちょっと! トウジもキッパリと言いなさいよねっ」
「いや、別にデートでも良いんじゃない?」
「な、何言っちゃってんのよ!? トウジのくせに! トウジのくせに!」
右に座ったキョーカさんの叩きが痛いのだが、少し調子に乗ってしまったし、甘んじて受けておこう。普段は怖いキョーカさんも、私服で慌てている姿は少しだけ年相応の可愛さがあった。
誤字脱字その他諸々ありましたら報告お願いします!